第9話 プチ旅行②
平日の昼間。
人もまばらな海岸沿いを小谷鳥と歩く。
「ほんと、妙なことになったわね。学校サボって冬ノ瀬君と海に来るだなんて」
「そうだな。学校サボって海来てることもそうだけど、一番は小谷鳥と二人なのが驚きだ」
「そうね、そこが全く持って唯一の修正点かしら」
「修正しようとするな」
それにしても、まさかこんな日が来るとは。
小谷鳥とはもしかしたら不思議な縁があるのかもしれないな。
そもそも、小谷鳥との始まりとして俺が偶然通りかかって彼氏にされたんだから、すごい偶然の重なりだ。
臭いことを言うようだが、これを運命と呼ぶ人がいるのかもしれない。
……まぁ、それを帳消しにするかのような相性の悪さではあるが。
「そういえば学校に連絡入れてないな。さすがに無断欠席って言うのは後々面倒だし、今からでも連絡した方が――」
「私はもうしたわ」
「え、いつの間に?」
「えぇ。さっき現川さんから連絡が来てて、それでちょっと学校に行けないから先生に伝えて欲しいとお願いしたわ」
「マジか、じゃあ俺も伝わってるのか」
「いや、私だけみたいよ」
「なんでだよ!」
現川は俺と同じクラスのはずなのに、なんで他クラスの小谷鳥の欠席を報告してるんだ。
第一、付き合いの長さからして俺に先に連絡をよこすってもんだろ。
……ってか、いつの間に現川とメール取り合う仲になってたのか。
その点においては、自分がキューピットなので嬉しかった。
「じゃあ俺は後で電話するか」
「そうして」
その後、学校に電話したところ先生に「え? 現川に聞いてるが」と返され全力で振り返ると小谷鳥がふんっ! と鼻を鳴らし、ツンとしてそっぽを向いた。
あぁそうだ、忘れていた。
こいつは病的なほどにツンデレだったんだった。
でもさすがに、それくらいは素直に伝えような。恥ずかしいなら、感謝しないでやるから。
◇ ◇ ◇
その調子でぶらぶらと歩いていたが、小谷鳥が「もう12時を過ぎているのに、ご飯を食べないとはどんな特殊な訓練をしているの? そういう性癖?」とまたまたツンなことを言ってきたので、目についた海鮮丼屋に入ることにした。
海の家テイストな店内はなかなかに趣深く、実に海辺にあるお店らしい。
窓際の海が見える座敷の席に案内された俺たちは、対面に座って早速注文を済ませた。
「いい景色ね」
「……お、おぉ」
「何よその不思議なものでも見たような顔は。私を怒らせたいの?」
「いやいや、小谷鳥が純粋に何かを褒めるって俺の中では夏に雪が降るようなものなんだよ」
「なるほど、冬ノ瀬君が私のことをどう認識してるかよくわかったわ。でもこれだけは知っておいて。私はちゃんと、いいものはいいと言うわ。嘘はつかない」
「もう嘘なんだが?」
「もちろん、例外はあるわ」
「例外しかない場合その例外は果たして例外と言えるのだろうか」
「うるさい」
「はい」
そうこうしているうちに注文した海鮮丼が運ばれてきた。
色とりどりの海鮮丼に、思わず「おぉー」と感嘆の声が漏れてしまう。
それは小谷鳥も同じようで、俺と同じように声を漏らしてからすぐにハッとして咳ばらいをした。
取り繕うまでが、やっぱりツンデレだよな。
「いただきます」
「いただきます」
すきっ腹に絶品飯がどんどん入る。
これは美味い。それにやっぱりここで食べることに付加価値があるな。
食べ物に目がない小谷鳥は、一口食べるごとに「んーっ!」とわずかに声をあげ、目をキラキラと輝かせていた。
こういう一面をもっと外に出していけば、同性からも好かれると思うのだが。
「はい、これサービス」
ことん、とおばちゃんがラムネを二つテーブルに置いた。
「あんまりにもべっぴんなお姉ちゃんが、美味しそうに食べるもんだからさ」
「あ、ありがとうございます」
「いいのいいの!」
満足げに笑うおばちゃんに、頬を赤く染めてぺこぺこする小谷鳥。
これまた珍しい光景にほっこりしていると、おばちゃんの視線が今度は俺に向いた。
「兄ちゃん、こんな可愛い彼女、手放しちゃいかんよ?」
「あはは、もちろんです」
「調子に乗るな」
「いった~」
小谷鳥から足を蹴られる。
そんな俺たちを見てガハハハ! と笑いながら、おばちゃんは厨房に戻っていった。
ぶすーっとしながら、箸を進める小谷鳥。
「今日は海に沈めて帰るから」
「こっわー」
おばちゃん、可愛い彼女じゃなくて、怖い彼女ですよ。
◇ ◇ ◇
お店を出た俺たちは、何やら小谷鳥が行きたいところがあるらしく、小谷鳥の先導で歩いていた。
海から少し遠ざかり、市街地へ。
三分ほど歩くと急に人気が多くなり、お店が立ち並ぶ商店街のような通りに出た。
「もしかして、まだ食べんのか?」
「そうよ。まだまだ私、お腹が空いてるもの」
「部活終わりの野球部じゃん」
「年頃の女の子に言うセリフじゃないわよ、生涯童貞」
「年頃の女の子が言うセリフじゃないですよ、小谷鳥さん」
会話はさておき、この通りはいわゆる食べ歩きができる場所であり、お店の多くがテイクアウトできる飲食店だった。
「さ、行くわよ。ついてきなさい」
まるですべての店をしらみつぶししていくかのように、小谷鳥は次々とお店を見つけては入っていった。
両手には食べ物がいっぱいで、何なら俺も小谷鳥の分を持たされている。
彼氏が彼女の荷物持ちをするのはラブコメでは定番だけど、これじゃあラブコメなのかフードファイトものなのか区別がつかない。ジャンルどうしよう。
「ほら、歩くのが遅い。ただでさえそのぬぼーっとした顔が生気を奪うのに、行動までだらしなかったらどうするの? 人間、近くの人間に影響を強く受けるものなのよ?」
「だったら俺から離れろよ」
「それは無理な話よ。だって私たち、形式上は恋人じゃない。それにほら、冬ノ瀬君って私にぞっこんでしょ?」
「事実無根過ぎて小谷鳥に俺の言葉が正しく伝わってるのか心配になってきた」
「たまに日本語がおかしいときがあるわね」
「やっぱり正しく伝わってなかった」
「ま、先に言っておくわ、ごめんなさい。今私、恋愛に興味がないの。いや、というより今も過去も未来永劫、冬ノ瀬君に興味がないの」
「ここにきて畳み掛けられる俺の心情を察してくれ」
「どんな現代文の問題よりも難しいわ。作問ミスよ」
「だまらっしゃい」
俺としては小谷鳥との会話で少なからず消耗しているのだが、戦いを楽しむ戦闘民族かのように余裕で微笑んで見せる小谷鳥。
スイーツを食べてる時と同じくらい、俺を貶してる時が楽しそうなのはなぜだろうか。
俺はスイーツということか? いや違うか。
「ほら、早く行くわよ。まだまだ回り足りないの」
「……はぁ、仰せのままに」
ふふっ、と悪魔的に微笑んだ小谷鳥の後ろを、足取り重くついて行く俺だった。
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