第11話 先輩たち


 旧校舎の人気のない四階。

 その隅に位置するこじんまりとした部室にて、男女四人が机を中心として、とあるゲームに興じていた。


「おい現川、早く引けよ」


「わ、分かってるよ林太郎! でも、今はそんなに軽く引ける場面じゃないでしょ?」


「悩んだって無駄だ。これは完全に運なんだから」


「うぅ……こ、これだッ!!!」


「はっ、やっぱりお前は強運の持ち主だよ」


「うがぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「次は私だよね~? 緊張するなぁ~」


「香住先輩、こいッ!!!!」


「う~ん、これ~! わっ、上がりみたい~」


「くそぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「ということは、俺も自動で上がりというわけだな?」


「違いますけど」


「なるほど、やはり頭を使うゲームだ」


「幼児でも楽しめるゲームです」


 わーきゃーしながらも、一人が抜ければトントン拍子でゲームは進み。


「はい、現川の負け」


「うがぁぁぁぁぁ!!!!」


 もはや定着しつつある叫び芸を披露しながら、手持ちのババを机に叩きつける。

 久しぶりにババ抜きをしてみたが、なかなかに面白かった。


「でも、四人だとちょっと少ないですね」


「そうだねぇ~。あと、もう一人くらいいたらいいんだけど~」


「じゃあ今度、小谷鳥誘ってみるか」


「いいね! ぐへへ、ババ引いて嫌な顔した小谷鳥ちゃん……ぐへへ」


「おい冬ノ瀬、お前がしっかり教育しないから、現川がこんなことに」


「こいつを生んだ覚えはないです」


 未だに妄想の世界から出てこない現川を眺める俺たち。

 眼鏡を掛けた先輩が、人差し指でくいっと眼鏡を戻しため息を吐いた。


「全く、これから二人がこの部を引っ張っていくというのに、これじゃあ誰も入部してくれないぞ」


 そう警鐘を鳴らすのは現部長で三年、夜見治史よみはるちか

 

 眼鏡がトレードマークで、見た目は完全に優等生そのもの。

 しかしそんな見た目に反してこの人は相当な馬鹿で、とにかくアホという見た目詐欺だ。


「一年も誰も入部してくれなかったし……これじゃあ猫山から落ちたトイプードルだ」


「先輩、そんなことわざはありません」


「そうか、やっぱりか」


 なんで適当にことわざっぽいことを言って当たると思ったんだ。

 思考がぶっ飛んでる。さすがは夜見先輩だ。


「治史はもう少し勉強しないとだね~」


 ゆっくりとした口調でそう言うのは、同じく三年、香住桜子かすみさくらこ

 

 おっとりとした美人で、ベージュのゆるっとした長い髪が特徴的。

 見た目通り穏やかな性格をしており、大抵のことは許してくれる頼れるお姉さんだ。


 さらに、香住先輩の特筆すべき点は家が超お金持ち。

 なんでも財閥の一人娘らしく、香住先輩専用の護衛部隊があるほどのリアルお嬢様なのだ。

 

「最近寝る間も惜しんで勉強してるんだがな」


「治史は昔から要領が悪いからね~」


「ハハハ! まぁな!」


「要領悪いは悪口だからね~」


「なんと⁉」


 この安心感ある会話からも分かる通り、この二人は10年来の幼馴染なのだ。

 今も同じ大学に行くため、必死に勉強しているらしい。夜見先輩が。


「そういえば話は360度変わるんだが」


「一回転して戻ってきたよ」


「最近、冬ノ瀬に彼女ができたらしいな」


「それ私も聞いた~。二年で一番可愛い子なんでしょ~? やるねぇ~」


「――ちょっと待ったあぁぁぁ!!!!」


 ここに来てようやく現実世界へと帰還した現川が話に割り込んでくる。


「一つ、訂正しなきゃいけないことがあります」


 真剣な眼差しで言い放つ現川。 

 纏う雰囲気がガラッと変わった現川に、思わず息を呑む。


 一体何を言い出すんだ。一体何を訂正するんだ――



「二年で、じゃなくて学校で、だッ!!!!」



「小谷鳥好きすぎだろお前!」


 別にそこはいいだろうに。

 でも現川にとっては些細なことではないらしい。


「あ、そうなんだね~。ごめんね調べ不足で~」


「ほう、それはすごいな」


「でしょ? ちなみに、私と友達ですから~! 友達以上、恋人未満的な??」


「なんで現川と小谷鳥のラブコメが始まりそうになってるんだよ」


「いいじゃんいいじゃん! これからは百合にシフトってことで!」


「さすがの方向転換に誰もついていけないっての」


「時代よ、私についてこい!!」


「なんか事故りそう」


 時代の先駆者が現川になったら、この世は一体どうなるのだろうか。

 もしかしたら幸福度が上がるかもしれないな。事実現川は、毎日楽しそうだし。


「あと、一つ訂正しておきますけど俺と小谷鳥は形だけの恋人関係ですから」


「形だけ? どういうことだ? 恋人関係は固形物だったのか?」


「香住先輩、補足お願いします」


「は~い」


 香住先輩が夜見先輩に補足説明を加える。

 意欲だけはピカイチな夜見先輩はうんうんと強く頷きながら話を聞き、ようやく理解できたようだ。


「でもなんでそんなことしてるんだ? 最近はそういう交際スタイルが流行っているのか?」


「そんなの流行ったら世も末ですよ。実はですね……」


 その後、俺は小谷鳥と出会った経緯も含め簡単に説明した。


「なるほどな」


「小谷鳥って子、なかなかにすごい性格をしてるね~」


「ほんとですよ」


 最近ではそれが小谷鳥の良さのように思えてきたが。


「それにしても、まさか相手が坂東とは」


「坂東先輩がどうかしたんですか? 俺あんまり知らなくて」


「坂東はうちの学年じゃ有名な不良だ。この町にある不良グループで幹部をしているらしいし、あまり関わるべき人物ではないな」


「そうだったんですか」


 夜見先輩が考えるように顎に手を当てる。


「どうしたんですか?」


「……いや、なんでもない。ただ、その、小谷鳥とお前が付き合ってるという事が裏目に出なければいいなと思っただけだ」


「裏目ですか」


「あぁ。まぁ所かまわず噛みついてくる奴じゃない。大人しくするのが得策だな」


「分かりました。そうします」


 夜見先輩のありがたいアドバイスを胸に刻んでおく。

 しかし、少し胸がざわつくような、嫌な予感が頭の中にあった。

 

 何も起こらなければいいけど。


 そんな予感を振り払うように、話題を変えてまた談笑を再開した。

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