第6話 意外な一面
「お、おぉ……」
テーブルいっぱいに並べられたスイーツの数々。
どれも美味しそうなのはそうなのだが、絶対にこの量は食べきれない。
ただまぁこの九割を持ってきたのは、目の前で押さえきれない笑みをぎこちなく浮かべている傲慢ガール、小谷鳥であり。
今は何から手をつけようか、フォークを持ったままテーブルをキョロキョロを見渡していた。
「ど、どれがいいかしら……」
「なんでもいいんじゃないか。どうせ全部食べるんだし」
「分かってないわね。こういうのは一口目に何を食べるかが大事なのよ」
「そういうもんかね」
かくいう俺は特別スイーツが好きではなく、食後のデザートという認識なためカレーを食べていた。
スイパラの楽しみ方は人それぞれだよな。小谷鳥はそんな俺を見て顔をしかめてるけど。
「よし、これにしよ」
ようやく決めたようで、近場にあったショートケーキをぱくりと頬張る。
にへら、と緩み切った顔でスイーツを堪能する小谷鳥が意外でしょうがなく、つい凝視していると、そんな俺の視線に小谷鳥が気づいた。
「な、なに見てんのよ」
「いや、意外にそういう可愛らしい一面があるんだなと思って」
「っ⁉ う、うるさいわね……」
表情が緩んでいることに気が付いていなかったようで、顔をぺたぺた触ってはなんとかいつもの仏頂面に戻そうとする。
純粋にスイーツを楽しむのはこいつにとって恥ずかしいことなのか。思春期かよ。
「でもなんで俺をスイパラに? 俺別にスイーツ好きなわけじゃないけど」
「それは……たまたま、私が行きたいタイミングで冬ノ瀬君がいたからよ。それ以外に理由なんてないわ」
すん、と澄ました表情でそう言う小谷鳥。
そういえばさっきからチラチラと周辺を見ているなと思い、何かあるのかなと俺も見てみる。
店内のほとんどが学校終わりの女子高校生たちでいっぱいだった。
友達同士で来てる人たちだったり、それこそ俺たちみたいにカップルで来てる人たちも……。
「あ、そういうことね」
「何よ」
「小谷鳥、お前友達がいなくてこういうとこ来づらいから誘ったんだろ」
「っ⁉ な、何を言い出すかと思えばそんな根拠のないことを……! 一体何を根拠にして言っているのかしら⁉」
「いやだって小谷鳥、友達いないだろ?」
「そ、それは……いないじゃなくて作らないだけよ。気の合う人がいなくて」
「じゃあいないじゃん」
「……冬ノ瀬君、今日は随分と饒舌ね。覚えておきなさい」
「あははは、心の準備しとく」
余裕さを見せる俺にイライラした様子の小谷鳥は、中和するようにスイーツをぱくぱく食べていく。
俺はそんな小谷鳥を見ながら、何故だか無性に穏やかな気持ちになっていた。
普段はあんなにツンケンしてる小谷鳥だが、やっぱり普通に友達は欲しいのか。
どこか勝手に小谷鳥のことを暴虐の限りを尽くす魔王のように思っていたけど、そんな小谷鳥でもスイーツは好きだし、友達は欲しい。
こういうのを親近感と言うのだろうか。
何にせよ、俺の中で勝手にだが小谷鳥との距離感が縮まった瞬間だった。
結局小谷鳥は、テーブルのスイーツをすべて食べた。
◇ ◇ ◇
放課後のチャイムが鳴り響く。
今日は火曜日。これから部活がある。
「おおぉい林太郎! 行くぞレッツゴ部活動ッ!!!」
キャピ―ん! という効果音をぜひとも入れたい感じに登場した現川。
「行くか」
のそっと立ち上がり、鞄を肩にかけて現川の横に並んだ。
「いやぁ今日は何しよっかね!」
「先輩たち、今日は確か進路説明会とかで来れないんだろ? じゃあ俺らだけか」
「ってことは、私たちは放課後の部室で二人っきり……ふへへ、いやらしいですなこれは!!!」
「いやらしいのはお前だけだろ」
「ふへへ!!!」
今日も今日とて現川は現川だな。
妙な安心感を抱きながら廊下を歩いていく。
俺たちの部室がある棟は、普段授業が行われている新校舎ではなく、向かいの旧校舎にある。
旧校舎は現在授業ではあまり使われておらず、ほとんどが空き教室か物置部屋。
だが、最上階である四階は文化部の部室になっていた。
と言っても、最近では部活に入る人が多いわけではなく、旧校舎に部室がある文化部は俺たちくらいだ。
何をするか話しながら歩いていると、見知った顔がちょうど職員室から出てきた。
「げ、冬ノ瀬君」
「ゴキブリ見たみたいな反応やめてくれない?」
今は一応小谷鳥の彼氏だろうが。
「ってか何してんだ?」
「日直の仕事よ。冬ノ瀬君は……って、こないだの」
小谷鳥が俺の隣にいる現川に目を向ける。
現川は緊張したようにぴんっと背筋を伸ばし、あせあせと話し始めた。
「こ、こんにちは! 現川うさぎです! 以後お見知りおきを!!!」
「現川うさぎ……あー、なるほど、そういうことね」
何かを察したのか、ちらりと俺に意味ありげな視線を向けてくる。
何が分かったのかよく分からないが、たぶん俺にとっていいことだろう。
すんとした表情はそのまま、小谷鳥は現川に視線を戻した。
「初めまして、小谷鳥沙耶よ。誠に遺憾ながら、冬ノ瀬君の彼女らしいわ」
「言うとしたら俺だから。なんで遺憾なんだよ。あと、彼女させられてる感出すな。立場が逆すぎるから」
「そう? 付き合って欲しいと懇願してきたのは冬ノ瀬君じゃなかったかしら?」
「どの世界線の俺だよ」
マジで綺麗に逆なんだよな。
いつもの感じで小谷鳥と言い合っていると、現川は何やら顎に手を当て俺たちのことを観察していた。
「なるほど、すでに林太郎のことを手懐けているとは……やるな小谷鳥ちゃん」
「なんで俺は飼われる対象なんだよ」
「現川さんこそ、よく調教してるわね」
「ちょ、調教⁉ 小谷鳥ちゃん……そ、それは私を性的に誘ってるととってもいいんだよねそうなんだよね⁉」
「……冬ノ瀬君、だいぶ変わった友達をお持ちね」
「自覚はしてる」
はぁはぁと吐息を漏らしながら興奮している現川は放っておいて、小谷鳥と話をする。
「そういえば小谷鳥、今から暇か?」
「暇じゃないわ」
「そうか。じゃあ今から部室行くんだけど、お前も来ないか? 如何せん今日は人が少なくてな」
「私の話聞いてた? 暇じゃないって言ったんだけど」
「聞くまでもなくお前が暇なことは分かってる。ほら行くぞ」
だらしない表情をした現川を連れて部室に向かう。
「ちょ、勝手に話を進めるのはやめなさいよ」
誰が言いますかそれを。
はぁとため息をついて、少し考えてから小谷鳥の方を振り返った。
「ほぼ俺にとってメリットがない恋人関係してるんだから、これくらい付き合えよ」
「ぐ……」
常識的な価値観を小谷鳥が意外にも持っていることを知っているために、小谷鳥は予想通り俺の言葉に顔を歪ませた。
やはりそこに関して思うところはあったようだ。
「はぁ、分かったわよ」
嫌々といった感じで俺の後ろをついてくる小谷鳥。
改めて、俺は部室に向かって足を進めた。
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