第5話 罰ゲーム


 昼休み。


 人の視線を避けるように教室を出た俺は、何となく人のいなさそうな校舎裏の、自転車置き場の前に来ていた。

 程よい段差があったので腰を掛け、持ってきたおにぎりとパンを袋から取り出す。


 今は静かに過ごしたい。そうだな、風の音とか、校舎から微かに聞こえる青春の喧騒とかに耳を傾けて――



「いやぁ、私、常々思うんだよね」



「……なんだよ」


「ねぇ、知ってる? フランス人の初体験の平均年齢は女子が14歳、男子が13歳なんだって」


「何が言いたいんだよ」


「つまりさ、これが欧米との差なんじゃないか――ってね」


「……はい?」


 言いたいことが全然分からない。


 それでも現川は何か真理を悟ったみたいな表情をして続けた。


「だから私たちは、私たちは……もっと性の営みをするべきなんじゃないかってさ!!!」


「それを俺に言ってどうすんだよ」


「こんなの恥ずかしくて林太郎にしか言えないよっ!!」


「教室でデカい声で喋ってるだろいつも」


「私だって女の子なんだよ? 堂々と性の営みだなんて……はしたないわ」


「言ったの現川な?」


 はぁ、せっかく優雅なひと時を過ごそうと思っていたのに、現川のせいで台無しだ。


 現川を巻ければよかったんだが、教室を出てから何故かべったりと張り付かれていてどうしようもできなかった。

 正直な話、これはこれでいいんだけど。


「で、小谷鳥ちゃんとの進捗具合の程をお聞かせ願いたい!! どこまでしたの⁉ キスした⁉ おっぱい揉んだ⁉」


「揉んでないから。ってか知ってるだろ? 俺と小谷鳥は偽の恋人。それにまだ一週間しか経ってないんだから」


「フランス人は13歳なんだよ⁉ 焦れよ!!!」


「日本人は日本人だ!」


 性に関しては世界に目を向けてるのか現川は。


 だったらまずは自分が貢献しろって話だ。こないだも告白されていたのに断ったみたいだし、言うだけ言って彼氏を作る気は現川にはないみたいだ。


「で、上手くいってるの? その偽の恋人関係っていうのは」


「上手くいってるんじゃないか? 正直俺はもっと面倒なことばっかあると思ってたけど、意外にそんなことないしな。付き合ってるって言っても、形だけだし」


「形だけでも、関わってるうちに好きになっちゃうんじゃないのぉ? そうなったら色々大変だよ~?」


「大丈夫だって。そもそも俺は、お淑やかな女の子がタイプなんだ。小谷鳥はお淑やかから最も離れた人物だろ? 野蛮と言うか、好戦的と言うか……」



「なかなか挑戦的なことを言うわね、冬ノ瀬君?」



 背筋がひゅんっ、と冷える感覚が走る。


 ブリザードでも来たんじゃないかと思うくらいに空気は一変し、ギギギと音を立てて後ろを振り返るとそこには仁王立ちした小谷鳥がいた。


 額にピキピキと血筋を浮かばせていて、見るからに怒っていらっしゃった。


「他の女と二人きりで彼女の愚痴。いいご身分ね」


「ま、待て小谷鳥。これはなんというか、その……だな」


 まずい、何も言い訳の言葉が見つからない。


 隣に座っていた現川は、尋常じゃないほどの量の汗を顔ににじませ、気まずそうに俺のことを見ている。


「(お、お前もなんとかしろ!)」


「(私は何もできないよ! か、彼氏なんだから自分でなんとかして!)」


「(責任を俺に押し付けるなよ! ひ、ひとまず謝罪だ。土下座で命乞いをだな……)」


「(ダメだ、逃げる!)」


「(は⁉)」


 現川はばっと立ち上がり、ギュッと拳を握って小谷鳥に面と向かう。


「わ、私はもうお邪魔だよね? あ、あとは若いお二人さんにお任せして、ドロンします! 羽目は外しすぎないようにすること! これ、約束だからぁぁぁぁ!!!!」


「現川⁉」


 言うだけ言ってその場から去っていく現川。あっという間に背中は見えなくなり、小谷鳥と二人取り残されてしまった。


「随分と可愛い人ね」


「お、おう」


「へぇ? 肯定するのね、彼女の前で」


「偽の彼女だろ?」


「肯定するのね、偽の彼女の前で」


「言葉の訂正をお願いしたわけじゃないんだわ」


 訂正しても何故か俺が浮気をしているみたいな雰囲気が出ているし。


 ここ最近小谷鳥は、こんな風に形だけの恋人関係のはずなのに彼女面をして俺をいじることにハマっているらしい。

 つくづくひねくれてるというか、性格が悪いというか。


「これは冬ノ瀬君に罰が必要ね」


「罰? なんでだよ」


「他の女に彼女の悪口を言った罰よ」


「え、えぇ」


 字面だけ見れば俺のやってることかなり悪い気がするけど、偽の恋人だし事実小谷鳥は野蛮なんだよな。


「今日の放課後、空けておきなさい」


「え? でも用事が」


「空けておきなさい。以上」


「お、おい、小谷鳥?」


 俺の呼びかけに一瞥もくれず、そのままてくてくと歩いていってしまった。


 一人自転車置き場の前に取り残され、ようやく穏やかな風を感じる。


 でも、全く心は穏やかではなかった。





     ◇ ◇ ◇





 放課後。


 一応恋人である俺たちだが、普段は一緒に帰るわけではない。俺が放課後に部活があるし、小谷鳥は真っ先に帰宅する。


 しかし今日は小谷鳥が俺の教室の前で待ち伏せしていて、否応なしに連行されてしまった。


「今日部活休むって先輩たちに言っておく!!! 行ってらっしゃい林太郎ぅぅ!」


 現川にもニコニコで送られて、前を歩く小谷鳥について歩く。


「どこ行くんだ?」


「黙ってついてきなさい」


「えぇ……」


 そんな調子で学校を出て、商業施設の多い駅前に向かって歩くこと十分。

 

 商業ビルの最上階であるレストランフロアの一角で、小谷鳥はようやく足を止めた。


「す、スイーツパラダイス?」


「そうよ。今日は私に付き合いなさい」


 ふんっ、と鼻を鳴らしてずかずかと小谷鳥が店に入っていく。

 

「二名で予約していた小谷鳥です」


「こちらへどうぞ」


 店員さんに案内され、まさに男子禁制と言わんばかりの店内に入っていく。


 心なしかいつもツンケンしている小谷鳥が頬を緩ませているように見えた。しかもあからさまにキョロキョロして目を輝かせている。


 こいつにも年相応な一面があるんだな、と思いながら小谷鳥を見ているとふいに振り返られギロっとにらまれた。


「私の顔、ジロジロ見ないでくれる? 気持ち悪い」


「俺、一応彼氏なんだけどな……」


 再び不機嫌そうな表情に戻った小谷鳥を横目に、肩を落とす俺であった。

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