第11話 積極論理のワイダニット

「えっ、じゃああの時の『お仕事中なのにお酒飲んじゃいました~気分いっすね~』みたいな発言と『口が回っちゃ~う』的な態度は嘘? あ、あんなに真に迫っていたのに!?」

《どうでしょう。それ自体は本当かもしれませんね。前管理人のおかげさまでこの施設における飲酒風紀は終わってしまいましたから》


 管理人は天井を仰いだ。


「職員らの意識改革の必要性は一旦脇に置いておいて……問題は『なぜレディ・イリデセントがチャコルとの約束を破ったか』だ」

「管理人、それが僕の頭を悩ませている問題ですよ! 実験場からソレイユが離れるような事態になるなんて、僕は聞いてなかったんです!」


「実際のところ、刻一刻とフォルカンの命は彼岸へ押しやられている」

《フォルカンに危機が訪れてしまっては、彼女の父親の治療は望めませんね》

「実験場を開放したのはレディ・イリデセントだ。そうだな?」

《操作履歴は既に確認済みです》

「父親の調子が良くなって僕が必要なくなったってことですかね? それでも理解不能ですケド」


 管理人は脇を睨んで考え込んだ。指が唇に添えられている。


「だがこれはそもそも……なんだ。何かがおかしい。何か重要な事を見落としている気がする」

《ヒントが必要でしたらいつでも頼ってくださいね、管理人》

「いらん」

《軽口も返せないとは。これだからシングルタスクな生き物は不便ですね》

「助手さんもどうせ噛んでるんですよね? これでもしソレイユの命に関わることがあれば僕は助手さんのことを殺しますよ」

《殺すも何も、私は一介のプログラムに過ぎませんから、諦めることを推奨します》


 チャコルは得意げに前髪をかき上げた。


「いいえ、今まで僕らの前に立ちふさがってきた奴らは全員殺してきましたから。助手さんにだって『殺される』体験をさせてあげましょう。ここもソレイユの安住の地じゃないというのなら、いつだって出ていくための備えがありますから」

《管理人、聞きましたか今の発言を! 組織への反逆を仄めかしましたよ!》

「それを言うなら真っ先に議論されるのは助手さんであることを自覚した方が良いですよ……?」


 管理人は遂に問題点に思い至った。


「時系列か」

「時系列、ですか?」


「私とフォルカンの約束が交わされた。その後にレディ・イリデセントとチャコルの間でテストの失敗が約束された。だがテストにユニゾン・クランチャーを使うのはこの全てより前から決まっていたはずだろう。君に失敗を頼まれたからと言って彼女はその如何を左右できる立場にあったのか? インシデントはフォルカンとユニゾン・クランチャーが接触した瞬間に起こった。彼女の介入しうる余地はないように思える」


「僕はあまり詳しくそのクワガタのことを聞いていたわけではないので疑問に思わなかったのですが……確かに、管理人の話を聞くと妙ですね」

「レディ・イリデセントは初めからクロステストが失敗すると知っていたのか……?」

「じゃあ僕との約束において彼女は、実は何も支払っていなかった」

「彼女は元から『テストの失敗』を天秤に乗せて何者かと取引をしていたんだろう」


「そうでなければ、彼女が組織を裏切る理由が見当たらない。そして……取引相手になり得る人物はただ一人だけ! ですね!?」

「そうだ。そもそもこのテストの失敗を仕組もうと思うなら、ユニゾン・クランチャーに関して本部委員会が知り得る以上の知識を持っていなければならない。それが可能だったのはユニゾン・クランチャーの専属研究員だけ」


 管理人は端末を取り出して知り合いに電話をかけた。一コールで繋がる。


「頼み事だ」

『頼み事だじゃねえよ! さっきギアマスが滅茶苦茶に悪態付きながら出て行ったぞ! もうそっち着くんじゃないか、収容違反だろ!? 収集は着けたんだよな!?』

「まだ目途もついていない」

『何やってんだよー!』

「十二番サイトのドクター・ミラディという人間のことを洗ってくれ」

『あーもう!』


 電話口の向こうで激しいタイピングの音が始まって、管理人は内心で感謝した。


「私の部下、レディ・イリデセントと接触しているかどうか」

『してるねえ! 変装してるけど駅のカメラに並んで写ってるよ!』

「続けてドクター・ミラディが敵性組織のスパイである可能性は?」

『うわーあり得るかも! 少し前に休暇を取ってて、ハワイ土産を持って帰ったらしいけど、彼がハワイから帰ってきた形跡が無いよー!』

「なり替わっていると見て違いないな、敵は超能力者だ。助かった、では失礼する」

『今度なんか奢れよなー!!』


 管理人は電話を切り上げると、助手に呼びかけた。


「レディ・イリデセントが目指しているのは中央セクター、統括オペレーショナルルームだ」

《それどころか既に私の目の前にいるかもしれませんね》

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