第23話 現代にダンジョンが現れた理由……?

 ある日の佐々木家。

 山と森に囲まれた、古い日本家屋である。

 その居間で、佐々木ダイキとエレナ・ヴォルフはコタツを囲んでいた。

 家主である、ダイキの祖父イツキは、書斎に籠もりきりになっていて、今は二人しかいない。

 ニュースを流しているテレビを眺めながら、ダイキはふと思った事を口にした。


「そういえばさ、何でダンジョンって出現したんだろう」

「どうしたんですか、急に」


 みかんの皮を剥いていたエレナが、その手を止めた。


「急にじゃなくて、前々から不思議には思ってたんだけど、ニュースでダンジョン関連の話題が出てるから、ふと思い出したんだよ。エレナさん、知ってる?」


 テレビでは、沖縄のリゾート地にダンジョンが現れたというニュースが流れていた。

 ということは、どこかのダンジョンが攻略されて消滅した、ということでもある。

 地球上のダンジョンの数は決まっており、一つのダンジョンが消えるというのは、新たなダンジョンの誕生を意味しているのだ。

 ちなみにダンジョンには様々な種類が存在し、人の形をしたダンジョンもある。

 エレナ・ヴォルフがその一人であった。

 当然、ダンジョン関連の情報には詳しい。


「知っていますよ。私、ダンジョンマスターですから」

「え!? じゃあ、教えてくれる?」


 ダイキの頼みに対し、エレナは首を振った。


「残念ながら、幾つかの政府と契約していました、これは機密情報になっています」

「えぇー。じゃあ、しょうがないか」


 ダイキはあっさりと諦めた。


「ずいぶんと、諦めるのが早いですね」

「いやだって、今のを聞いた上でエレナさんから聞き出したら、契約破ったことになるだろ。それが俺のせいになるのは、嫌だし?」

「そうですか。実はダンジョンの出現に関しては、大した理由はないのですが、やはり黙っておきましょう」


 みかんを食べながら、エレナが言う。


「大した理由じゃないのなら、逆に気になってきた」

「駄目です。契約破りになりますから」

「うわー、本当に気になってきた」


 しかし、エレナが答えてくれることはなかった。

 ニュースは次の話題に移っていた。

 京都府に新たな観光スポットができ、自然を利用したレジャー施設ができたのだという。

 名物の一つに、バンジージャンプの施設が紹介されていた。


「バンジージャンプというのは、元はとある国に伝わる成人の儀式だって話は知っていますか?」


 ズズッとお茶を啜りながら、エレナがそんなことを言い出した。


「あー、何かどこかで聞いたことがある。エレナさん、興味あるの?」

「まったく、一切、全然、興味ありません」


 少し、間があった。

 しばらくして、恐る恐る、ダイキが口を開いた。


「……エレナさん、もしかして、高いところ苦手だったりする?」

「バンジージャンプには興味ありませんね」

「高い所は?」

「煙と何とやらは高い所が好きと言うではありませんか。賢人は無闇矢鱈に、高い所に上ることはないのです」

「ジャットコースターとかは」

「これ以上続けるなら、探索のランクを二段階ほど上げます」


 エレナが、怖い笑顔を作った。

 今すぐにでも、この場にダンジョンを展開しそうだ。

 よし、この話題は避けよう、とダイキは思った。


「すみません。やめます」

「よろしい。話は変わりますが、今語った通り、成人の儀式というのは日本以外にも存在します。ライオンやらサメやらを倒して、初めて一人前という国もあるとか」

「今の俺ならちょっと挑戦してみたいけど、普通は無理でしょ」


 逆にいえば、普通じゃないところなら、可能なのかもしれない。

 あと、今のダイキの身体能力なら、ライオン程度なら、相手にできる。

 サメはちょっと自信がない。

 水中戦や海上戦の経験は、あまりないのである。

 川や海が舞台のダンジョンもあるというから、いずれは挑戦したいとダイキは思っていた。


「ウチのダンジョンには、マンティコアというモンスターが存在しますが、これを倒せば一人前……ということで、挑戦してみますか?」

「有名なモンスターじゃん! 死ぬ!?」


 マンティコア。

 人の顔に獅子の胴体、蝙蝠の羽とサソリの尾を持つ怪物である。

 おっそろしく強いモンスターとして知られていて、今のダイキではとても敵う相手ではない。


「いずれは撃破してもらいましょう。楽しみにしています」

「えええええ……頑張ろ、俺」


 怪物とはいえ、実体のあるモンスターだ。

 霊体よりはマシなはずなので、修業あるのみであった。

 そうこうしている内に、ニュースは次の話題に変わっていた。

 どこかの政治家の発言が、実はディープフェイク、つまりAIによって作られたそっくりなCGによるねつ造だった、という内容だった。

 嘘といえば、とダイキの頭に思い付くモノがあった。


「そういえば、アメリカの有人月面着陸が嘘だったとか、そういう話があるんだってね」

「あくまで、月面着陸したというのはアメリカの主張ですからね。ずいぶんと、古い話題ですが」

「エレナさんは、どう思う? ちなみに俺は、普通に着陸したと思ってるけど」


 そもそも、そんな嘘付いてどうするんだ、とダイキは思う。

 まあ、嘘だと主張する人達にも言い分はあるのだろうけれど、ダイキにはちょっとよく分からない。

 ダイキの問いに、エレナは頷いた。


「それが普通の人の感覚でしょう。こういうのは疑っていたらキリがありません。地球が丸いっていうのだって、宇宙飛行士や学者の人達が言ってて、水平線や日の出日没など、人々が妥当と思われる根拠の上で成り立っているんです。実際に、地球が丸いというのを、実際に見た人は殆どいません」

「そりゃ確かに。そういうのは、一般庶民には分からないよねえ。宇宙に行けるのは、いつになるやら」


 できれば、自分の目で地球が丸いのを確かめてみたいと思う、ダイキであった。


「ダイキさんが寿命で死ぬまでには、実現してくれるといいですね」

「できれば、火星に移住できるようになるまでは、長生きしたいなあ」

「それはまた、先の長い話です」


 エレナの言う通り、おそらく自分の寿命が尽きる方が先になりそうな話であった。


「その前に、有人探査か。あれってまだ、実現していないだっけか」


 ダイキが言い――何故か、間があった。

 テレビの音声だけが流れ、時計の針が動く音がやけに響く。

 そして。


「そういうことになっていますね」


 そう、エレナは答えた。


「? ああ、まだ計画構想段階だって、記事はあるか」


 ダイキは手元のスマートフォンを操作し、有人探査について調べた。

 火星に人が乗り込むのも、まだ当分先になりそうだ。

 でも、行だけなら何とかなりそうだけどな、とも思う。まあ、帰りは保証できなさそうだけど。

 そんなことを考えて、ふと時計を確かめると、結構な時間が経っていた。

 まだ、祖父のイツキは居間に戻ってこない。


「それにしても、爺ちゃん遅いな」

「確定申告でしたっけ。年に一回のことだから、何回やっても慣れないとか言っていましたね。税理士に頼むほどの額ではないから、と言っていましたが、個人的には頼んだ方がいいと思いますね」


 エレナのみかんも、もう五つ目だ。

 さすがに食べ過ぎではないかと、ダイキは思う。


「大人って、面倒くさいなぁ」


 そういうダイキも、いずれは大人になるのだが。


「納税の義務は、確かに。私は、全ての税金関係は免除されていますが」

「え、マジで!?」


 エレナの新情報であった。

 ダイキは驚いていたが、エレナはいつも通り、クールであった。


「マジです。ダンジョン関連の情報提供や、その他様々な援助が、その対価となっています。私の存在には、それぐらいの価値があるということですね」


 他、海外に移動する際の税関などの手続きも、簡略化されているのだという。

 それもこれも、エレナがワールドクラスに重要人物だからであった。


「ダンジョンが何故、出現したかとかも、偉い人達は知っているってことか」


 気になるなあ、と改めて思う、ダイキである。


「別に偉いとは思いませんけど、仕事としては重要なことをしている人が多いですね。ちなみにさっきも言いましたが、ダイキさんには教えられません」

「それは分かったよ。聞かない」


 ダイキはコタツに突っ伏した。


「ただし、ヒントは与えましたよ」

「え? いつ!?」

「秘密です」


 驚き身体を起こすダイキに、エレナは少しだけ笑った。

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