第22話 二人ソロ探索
土曜日の某ダンジョン。
少し山に入ったところにあるとは言え、第一層の草原フィールドは、あちこちでスライムを倒す探索者で溢れていた。
歓声と雄叫び、そして悲鳴が響く。
とはいえ相手はスライム、死に至るような怪我人はまず出ない。
よほど運の悪い怪我で、せいぜいが体当たりによる骨折である。
まあ、襲われることには違いないが、それはダンジョンに入った探索者の宿命だ。
そして、そんな被害者が、ここにも一人。
「あわ、あわわわわ」
数体のスライムに囲まれ、ワタワタしている少女がいた。
見るからに、ノービスだ。
分厚い眼鏡に栗色のひっつめ髪、プロテクターの上に白衣を羽織っている所を見ると、研究職だろうか。
周りには背負っていたと思われる荷物が散らばっている。
通りかかった明石屋ヒナタは、さてどうしたモノか、と少し迷ったが、結局、助けることにした。
腰の剣を抜き、スライムを雑に倒していく。
ヒナタのレベルなら、この階層のモンスターは瞬殺だ。
魔術も使わず、あっという間にスライムを全滅させた。
「失礼。ピンチに見えたので助けたが、よかったか?」
尻餅をついている少女に、ヒナタは手を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
その手を取り、少女は立ち上がった。
白衣が雑草まみれだ。
それは自分で叩き落としてもらうとして、ヒナタは、地べたに放置されたリュックの周りに、散らばった荷物を集めていく。
リュックの大きさといい、荷物の量といい、かなりの重さになりそうだ。
荷物の殆どは、キャンプ用品だ。テントもある。
「見たところ、ソロでの探索か。他に仲間はいない……よな?」
念のため、ヒナタは周囲を見渡した。
「は、はい」
少女は、コクコクと頷いていた。
「ノービスの間は、募集を掛けてどこかのパーティーに入った方がいいぞ。ソロ探索は専門職についてからの方がいい」
「それは、はい、分かっているんですが……」
少女はションボリした。
うん、まあ、あまり人付き合いが得意そうなタイプには見えない。
パーティー仲間を作ればいい、というのは、それができる人間の発言である。
できない人間も、いる。
それは、ヒナタにも、分かるのでそれ以上追求することはなかった。
「……とりあえず名前を名乗っとこう。明石屋ヒナタ。ソロの魔法剣士だ」
礼儀として、ヒナタは胸元のタグを見せた。
「あ、わ、私は如月ルナです。職業はまだノービスです」
「ありゃま」
知ってる名前が出て、ヒナタは思わず声が出た。
通っている学校の有名人だ。
格好とか全然違うけど、言われてみれば、確かに彼女だ。
容姿端麗、文武両道、品行方正その他、色々と四文字熟語が似合う才媛で、実家は世界レベルで知られるIT企業。
正直、どうしてヒナタのいる学校に通っているのか不思議な存在だ。一応進学校ではあるけれど。
「はい?」
「いや、こっちの話。……で、どうする? 外に出るなら送るし、奥に向かうならアレだろ? ソロ探索のキャンプ目的だろ?」
「どうして、分かったんですか!?」
「装備を見れば。あとは最近、流行ってるからな」
アニメとか情報バラエティー番組とか、そういうのに影響される人は多い。
ルナも、その一人ではないかと推測したのだが、当たっていたようだ。
「目的地は、目と鼻の先だ。近さでいえば、そっちになる」
距離的には歩いて五分といったところか。
草の刈られた広場には、いつものように色とりどりのテントが張られているはずだ。
「じゃあ、お願いできますか! あ、と……この子も連れて行かないと」
ルナは、少し離れたところに転がっていた、金属製の小さなバケツのようなモノを持ち上げた。
「ロボット?」
「はい! 私の発明品です! 護衛代わりです!」
えへん、とルナはロボットを抱えたまま、胸を張った。
ロボットはバケツを引っくり返した上に、お椀を引っくり返したような頭部が設置されている。
手足は細く、まるで傘の骨みたいだな、というのがヒナタの感想だ。
「攻撃するには小さすぎる気がするが……?」
そもそも、攻撃手段が分からない。
この足の細さでちゃんと歩けるのか? とも思う。
「あ、今回のこれは、正面に防御フィールドを発生させることに特化してるんです、壁役ですね。あと、足は一応ありますけど、移動手段は浮遊です。腰部分にプロペラがあって……ドローンのようなイメージですね。エネルギーには魔石を使います」
「マジか。俺の知らない間に、世の中こんな進んでたのか」
ヒナタも探索者関係の情報はそこそこネットで拾っているつもりだったが、思ったよりアンテナの精度が低いのかもしれない。
「あ、私の趣味の発明ですし、まだ全然表には出てません。でも、ゆくゆくは、いくつかの探索者の職業っぽいロボットを作りたいと思っています」
「探索者としては新米そのモノなのに、その若さでこんなの一体いつから考えてたんだ……?」
普通に考えたら、こんなロボットを作るよりも、探索者仲間を作るだろう。
そっちの方が絶対、手間が掛からない。
ということは、探索者としてはノービスでも、研究者としてはかなりキャリアがあるのではないだろうか。
「えっと、作り始めたのは一ヶ月ほど前ですね」
「早ぇ!」
巷の研究者って、一ヶ月程度で防御フィールド展開するロボット作れるの!? とヒナタは戦慄した。
「その……前々から探索者に興味はあったんですけど、できればソロでやりたくて。探索者資格が取れるようになって、でもソロだと人は誘えないし、どうしようかなって考えて……」
「考えた結果が、これか」
やっぱり発想がおかしい。
というか、ロボットを作る、という選択肢が普通の人にはないだろう。
「お、おかしいでしょうか……?」
「考え方は間違ってないと思うが、思い付いてからロボット完成までの過程が色々おかしいと思う。まあ、長々とここで話しててもしょうがないな。まずは、広場に行こう。案内する」
「ありがとうございます」
ヒナタは深く考えるのはやめて、広場までルナを送ることにした。
広場に到着して、ルナはテントの準備を始めた。
他のテントからは、ほどよく距離があるが、一応ヒナタは周辺を警戒する。
思ったより手早く、テントの組み立ては終わったようだ。
魔物除けの香炉も、ちゃんと炊かれている。
「基本的なことは、一人でできるんだな」
「はい。それはもう、練習してきましたから」
ルナはちょっと誇らしげだ。
これならまあ、一日キャンプぐらいは大丈夫だろう。
警報ブザーも荷物にあったようだし、万が一、よからぬ考えを持つ男が来たとしても、自衛はできるだろう。
「分かった。探索者は、なるべく互いに干渉し合わない。だが、助け合いも大事だから、何かあれば呼んでくれ。俺はあっちにテントを張る」
「分かりました!」
知人になったとは言え、ルナからすれば、ヒナタはほぼ見知らぬ男性探索者だ。
ほどほどの距離感を取るべきだろう。
本来なら、今日はもっと深い階層まで潜る予定だったが、まあこういう成り行きもあるだろう、とヒナタは少し離れた場所にテントを張ることにした。
このダンジョンは、外の世界と連動しているのか、昼夜の概念が存在する。
時間的にはまだ、昼下がりといったところか。
……つまり、ルナがヒナタに助けを求めてきたのは、彼がテントを張り終えて一段落がついてすぐのことであった。
「……すみません。機械類が全部壊れてたのは、想定外でした」
ルナが、申し訳なさそうに、頭を下げた。
調理器具もルナの手製らしく、フライパンも手持ち鍋も、それぞれに加熱機能が組み込まれている。
これはつまり、コンロもガスボンベも必要なく、その分荷物が減らせるという訳だ。
これが製品化されるなら、探索者だけではなく、一般的なキャンパーも助かるだろう。
ただ、耐衝撃性はもっと高めるべきだろうな、とヒナタは思う。
他、ランタンもそうだが、椅子やテーブルも展開機構が働かず、無用の長物と化している。
このダンジョンのスライムの中には、弱い雷属性の攻撃を仕掛けてくる奴もいたから、最初の戦闘に混ざっていたのかもしれない。
今分かっているのは、せっかく用意したそれらの道具類が使い物にならないということだった。
「今回は、特別サービスにしておいてやる。安心しろ、無料だ。教訓としては、機械がない状況で全部やれるようになるべきだろうな」
「はい……」
袖すり合うも多生の縁。
少し遅い昼食と同時に晩飯の仕込みも、ヒナタは手伝う事にした。
ヒナタの道具類は基本一人用だが、二人分の料理ぐらいは普通に作ることができる。
「悪いな。失敗と反省も、本来なら君一人のモノだったんだが」
まな板と包丁で食材を切りながら、ヒナタは謝った。
「え、ど、どうして謝るんです!? 謝るのは、どちらかといえば私の方ですよ?」
鍋の中身が焦げないように、お玉で掻き混ぜながら、ルナが戸惑う。
ヒナタは手を休めないまま、話を続けることにした。
「ソロの楽しさってのは本来、全部一人でやるところにある。成功も失敗も全部、自分のモノだ。飯作って黒焦げになったとして、それは誰のせいにもできない。次はもっとうまい飯を作ろうって気になるだろ? 君はソロで探索したくてここまで来たのに、そういうソロの楽しみの機会を今、俺が奪ってる。ちょっと悪いことしてるって気になるんだよ」
誰かと一緒にいたら、その誰かの失敗はその人のせいにできる。
他にも人がいての失敗は、個人の、または連帯での責任にすることもできる。
ソロはそれができない。
全部自分の責任で誰のせいにもできない。
そして、それがソロ探索のいいところだ、というのがヒナタの考えだ。
「それは……確かに。一人で過ごしたいという私の目的が、潰れていますね。いえ! すごく助かっているんですけど!」
鍋をグルグルと掻き混ぜながら、ルナが言う。
「でもまあ、広い意味で言えば、ダンジョンにソロで挑んだけど、俺に助けられてしまった、っていうのもソロ探索者としての経験にはなっただろ。悪いことじゃない」
「で、ですね!」
結局この日と翌日、ヒナタはルナに付き合い、ダンジョンを出るまで行動を共にしたのだった。
月曜日。
学校でのヒナタは、基本地味を装っている。
そこそこ親しい友人はいるが数人程度、その数人にしたところで親友と呼べるような深い付き合いの人間はいない。
髪は整えていないし、眼鏡は伊達だが外側からは目が見えないぐらいに瓶底になっている。
そんなヒナタの教室での席は、最後方の窓際だ。
今は休み時間。
廊下の方に目をやると、ちょうど通り過ぎようとする女子の一行が目に入った。
中心にいるのは、如月ルナだ。
ダンジョンで出会った時のような分厚い眼鏡は掛けていないし、栗色の髪も背中に流している。
ちょうど、ダンジョンのヒナタと逆の格好だ。
もちろん、白衣は羽織っていない。
ルナも、周りの女子も、陽キャと呼ばれる集まりとも違う、上品さが漂っていた。
何だか、ヒナタとは、住む世界が違う感じがする。
なんて考えていると、不意にルナがこちらを向いた。
目が合った。
「あ」
おいやめろ、と口にするより早く、ルナが教室に入ってきた。
そのまま、ヒナタと一気に距離を詰めてきた。逃げようにも、後ろは窓である。しかも三階。
ルナが、ヒナタの両手を包み込むように握ってきた。
「いっ……!」
「明石屋さん! 同じ学校だったんですね! 先日はお世話になりました!」
「あ、ああ」
目立ってる。
メチャクチャ、目立っている。
教室の生徒も廊下の生徒も、みんな、ルナとヒナタに注目していた。
「……なあ、ここで俺達の関係知られたら、君は今後、ソロ探索できなくなるんじゃないか?」
「あ……」
ルナは、学校中に知られている人気者だ。
絶対、付いてこようとする友達は現れるだろう。
状況を理解したのか、ルナの顔が蒼ざめた。
「何とか凌ぐから、口裏を合わせてくれ。あと、今回はサービスじゃないから今度、何か奢れ」
「た、度々すみません……」
さて、この窮地をどう脱するか。
ヒナタは、懸命に知恵を振り絞り始めるのだった。
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