第24話 湿地帯の新米警官達

 そのダンジョンのフィールドは、薄い霧の籠もる湿地帯であった。

 木々は枯れ果て、踏みしめる地面の土も湿り気が多めだ。

 そんなダンジョンを、佐々木ダイキは進んでいた。

 目的地はもう一つ先の階層、吸血鬼とその眷属の根城となっている黒い城である。

 霧の中を進んでいると、奥から怒声が響いてきた。

 どうやら、他の探索者がモンスターを討伐中のようだ。

 なるべく邪魔にならないように、慎重に進むと、やはり、かなりの人数だった。

 このフィールドのモンスターは全て、アンデッド系だ。

 ゾンビ、スケルトン、ゴーストを相手に、探索者達が武器を振り回し、魔術を放っている。

 パーティーではなく、もう一つ大きめの探索者グループ、いわゆるクラン規模ではなかろうか。

 年齢は皆、二十代ぐらい……三十代以上はいないようだ。

 いや、一人いた。

 四十代、長身のロングコートの男は、ダイキの顔見知りであった。


「あれれれれ、鴨野さん」

「よう。仕事か?」


 鴨野の方もダイキに気付き、軽く手を上げた。


「依頼で素材採取です。でなきゃ、こんなところわざわざ来ませんよ」

「違いない。俺だって嫌だ」

「……護衛任務っぽいですね」


 他の探索者と違い、鴨野はただ立っているだけだ。

 とはいえ、時折指示を飛ばしているので、何もしていない、という訳ではない。


「全員、警察関係者だ」


 戦っている探索者は、十数人いる。

 これは、大捕物だ、とダイキは思った。


「……逃げるにしても、もっとマシな逃亡先があるでしょうに」

「逃亡犯の捕り物じゃない。それならもっと、ベテランを連れてくるだろ」


 言われてみれば、そもそも犯罪者の逮捕目的なら、鴨野が指揮をしていない。

 鴨野は元警察関係者ではあるが、現役ではないのだ。


「確かに皆さん、お若い。……あー、もしかして死体慣れですか」


 ダイキが察すると、鴨野は苦笑いを浮かべた。


「正解だ。現場で吐くとかありえないからな。ここで耐性を付けさせてる」


 確かに、ここは死体が沢山だ。

 それも、脳みそやら内臓がこぼれていて、いわゆるはいない。

 死体に慣れるには、うってつけの場所ではある。


「まあ、襲ってくる死体相手に、吐いている場合じゃないですよね。……ただ、臭いは別口で吐きそうになりますけどね、ここ」


 腐乱死体の臭さと、沼地独特の臭いが混ざり合い、ダイキは慣れているとはいえ、決して香しいとは言い難い臭いが漂っている。

 しかも湿気も強いので、身体に染み込みそうな錯覚を覚えるのだ。


「それも、慣れの問題だな」


 そこで鴨野は言葉を切り、戦っている探索者達に声を掛けた。


「あー、お前達、ゾンビ系は基本、頭が弱点だ。砕くか首を刎ねろ。そうでなきゃ、原形留めないぐらいバラバラにすることだ。他はいくらダメージを与えても、動き続けるぞ」

「警察よりも、猟奇殺人犯の心理に詳しくなりそうですね」


 そんな声がしたのは、ダイキの胸元からだった。

 懐から顔を出したのは、黒い子猫だ。

 ただし、普通の子猫は人間の言葉を話さない。

 これは、ダイキの同居人であるエレナ・ヴォルフの分身体である。本体は今頃、商店街で食材の買い出し中だ。


「おや、ヴォルフ嬢も一緒だったか」


 そしてエレナの素性については、鴨野もある程度、知っていた。

 なので、この程度のことで驚くことはなかった。


「余所のダンジョンにお邪魔するので、監視役です。手伝うことはありません」

「エレナさんに手伝ってもらうと、修業にならないしねえ」


 子猫は、その頭部からニュルリとスマートフォンを出現させる。

 監視役であり、同時に動画撮影役でもあった。

 動画は配信することもあるが、基本的にはダイキの探索後の研究と反省用である。

 この子猫の分身体は、その気になれば戦うこともできるが、それはあくまで外の世界か自分の領域に限られる。


「自分の領域ではないので、ロクに力も出せませんし。そういえば、鴨野さんの相方は今日はお休みですか」


 子猫が言及したのは、鴨野の使い魔である、見かけは秋田犬の血を引く雑種、犬神のあかりのことだ。

 今日は、この場にはいないようだ。


「ええ、こういう環境ですので、鼻が馬鹿になると」

「それは確かに……犬にはキツい環境ですね」


 そう、前述の通り、このフィールドはとても臭いのだ。


「そういう訳で、アイツは今日は休みです。まあ、基本ここにはゾンビとスケルトンとゴーストぐらいしか出ないから、俺一人で充分ですがね」


 鴨野は、高位の魔術師だ。

 探索者としても強いが、古くから日本の闇の世界で活躍してきた家系の人間である。

 こんなところのアンデッドに後れを取ることは、決してないのだ。


「腐乱死体と白骨死体は分かりますけど、幽霊は慣れとかいります?」


 ダイキの疑問に、鴨野は軽く肩を竦めた。


「死体相手にするんだから、霊体にも耐性があってもいいだろう。というか、ダンジョンが出現してから、裏の仕事も色々とホンモノが明らかになってきてな」


 例えば祟りや呪殺、魑魅魍魎に悪鬼羅刹の類も、今の世界だとと認識されつつある。

 眉唾物のオカルトもまだ多いが、それでもホンモノはのだ。

 なるほど、と子猫が頷く。


「警察の仕事ですと、ホンモノの怨霊や、呪われた家とかに関わることもある、ということですか」

「一昔前なら迷信扱いでしたけどね。いいことなのか悪いことなのか判断しづらいところですが、対策が取れるなら取った方がいいでしょう。……警官がよくないモノを家に持ち帰って、家族が巻き込まれるとか、その類の悲劇は少なくとも、減りますしね」


 経験があるのだろう、鴨野は渋い顔をした。

 同情するように、子猫が目を細めた。


「本当に、お仕事お疲れ様です」

「それは、俺じゃなくて、アイツらに言ってあげてください。俺は建前上は護衛ですが、本当に、ほぼただの付き添いに近い」


 鴨野の視線を、ダイキも追った。

 今も、現役の警察官でもあるという探索者の彼らは、集団でゾンビやズケルトンを破壊し、ゴーストを祓い続けている。

 連携の取り方も悪くない、とダイキは見ていて思う。


「まあ、ここクラスの相手は、鴨野さんじゃ相手にならないですしね。手伝っちゃ駄目な奴だ」

「だからといって、油断する気はないがね……っと、魔石回収班。いいぞ、そうやって連携して、、まだ消えきっていない死体は沼に放り込んじまえ」

「はい!!」


 ゾンビ達は倒されてもしばらくは、死体が残っている。

 いや、元々死んではいるが、とにかくすぐに消滅しないのだ。

 通常のモンスターとは、死の概念が少し違うのだろう。

 結果、消滅したゾンビ達からドロップされる魔石が、消えていないゾンビの身体に埋もれてしまうことがあるのだ。

 待てば回収出来るが、それよりも足場が悪くなる弊害の方が大きい。

 腐った身体や血が、滑りやすいのだ。

 それらを、魔石回収の担当班が持ち上げ、沼へと放り投げていた。


「まだ撤収時間は先だから、ペースは維持しろ。張り切りすぎて怪我をしてもつまらんし、打ち上げにも参加できんぞ。ちなみに打ち上げ会場は『牛魔王』の焼肉食べ放題だ」


 鴨野の激励に、探索者達は悲鳴を上げた。


「鬼か!?」

「外道!」

「人でなし!」

「褒め言葉と受け取っておこう」


 ハッハッハ、と鴨野は笑った。

 ちなみに『牛魔王』の一推し名物はホルモン系である。


「それじゃ俺達は先に行きますんで」

「ああ、気を付けてな」


 このまま長居をしてたら、自分達の探索が進まない。

 そう考え、ダイキ達は、鴨野と別れたのだった。

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