第20話 魔女見習い、錬金術師になる
「マイ、アンタは魔術師禁止! 他の職業になりなさい!」
「えぇっ!?」
姉のアイに言われて、忍野マイは探索者となりノービスからクラスチェンジする際に、錬金術師となった。
もちろん、ある程度経験を積めば、いずれまた職業を魔術師に転職させることはできる。
けれどまあ、錬金術師でもいいか、とマイは思うことにした。
錬金術師は、薬を作ることができるからだ。
忍野家は魔術師の家系だ。
少し前までは、魔術師は秘匿された存在であった。
が、現代にダンジョンが出現して、状況は変わった。
探索者という存在が現れ、その職業の中に魔術師がある。
ならば、こちらも隠すより公にした方がいいだろうと、魔術師達の中でも方針転換した者が多く出た。
忍野家も、その一つだ。
姉のアイもマイも、やや裕福な一般家庭の子であると同時に、魔術師としても育てられた。
姉のアイは、母親譲りの美貌に加えて優れた素質を持ち、既に火と雷の精霊と契約を結んでいた。
一方のマイはどちらかといえば、父方祖母に似てしまった。
それなりに整ってはいるが地味な顔立ちで、何だかいつの間にか土の精霊と契約してしまっていた。
両親は、無意識か姉のアイを溺愛し、マイに対してはどこか扱いがおざなりであった。
代わりに、マイの世話を焼いたのが、自分に似たこともあるのだろう、祖母のエヴァだった。
近所に住むエヴァの家は古い薬屋を営んでいて、マイはよくここで遊んだり、宿題をしたりしていた。
同時に、魔術師としての修業も、エヴァが手ほどきをしていた。
土から椅子を作ったり、小さな畑を耕したりといった具合だ。
また、薬屋というのは仮の姿であり、エヴァは魔女としての薬作りも行っていた。
こちらもまた、幼いマイはよく手伝っていた。
修業というよりは、祖母の手伝いという意味合いが強かったが、仲良い師弟関係だった。
一方のアイは、祖母の家の様々なハーブが入り交じった匂いが嫌いで、滅多に近付くことはなかった。
祖母自体がその匂いを纏っていたので、存在そのモノを避けていた節もあった。
なので、祖母のエヴァが『ワルプルギスの夜』と呼ばれる、魔女の集まりに行ってみないか、という提案があった時も、魔女見習いとして同行したのはマイだけであった。
後にアイはその話を聞いて「どうして誘ってくれなかったのよ!」と荒れたが、祖母を避けたのは彼女自身である。
『ワルプルギスの夜』は魔女達の集会であり、各地の魔女の交流や研究の発表が行われる。
魔女は様々な世界から、訪れる。
それは、地球だけとは限らないのよ、と祖母のエヴァはマイに教えてくれた。
集会場は異界の一つで、常夜の世界だった。
幼かったマイには、ものすごく大きなオマツリ、という記憶がある。
エヴァもまた簡易的な屋台を作り、そこでいつも作っていた薬を販売した。
薬の他、入浴剤やハーブティーの茶葉なども並べ、驚くほどよく売れた。
そんな中でも、マイの印象に残った出来事が一つあった。
屋台を訪れた、草色のローブを羽織った若い魔女が、茶葉を指差した。
「えっと、この茶葉はどんな効果があるのかな?」
「お、お、おいしいお茶です!」
マイは緊張して、少しズレた答えをした。
効能の質問だったのだが、マイが聞かれたのは初めてだったし、内容は吹っ飛んでしまった。
クスクスと笑い、エヴァが若い魔女に答えた。
「この子が手伝ってできた茶葉なんですよ。効果は疲労回復と、ちょっといい夢が見られます。こちら、試飲のお茶になります。よければ、どうぞ」
エヴァが差し出したサンプルを口にして、若い魔女は感動に目を見開いた。
「これ、すごく美味しいです! じゃあ二瓶、お願いしますか?」
「ありがとうございます。サービスでハーブの種も少し、おつけしますね。マイ、準備してくれるかい?」
「う、うん!」
「わ、ありがとうございます。マイちゃんも、頑張ってね」
「は、はい!」
若い魔女は、手を振って去って行った。
ここに来るのは、魔女か魔女の見習いだ。
マイはこれまで、祖母のお手伝いという意識しかなかった。
この若い魔女のささやかな応援が、マイにとって初めて魔女見習いという自覚を抱くこととなったできごとだった。
姉ほどの素質はないが、マイはマイでエヴァの下で熱心に修業するようになった。
ハーブを育てたり、加工する技術を磨き、祖母からは魔女としての知識を授かったりしながら、数年が経過した。
状況が動いたのは、祖母の寿命であった。
その気になれば、魔女はかなりの長生きをすることができる。
ただ、祖母は夫だった故・祖父と同じように、定命で死ぬことを望んでおり、その寿命が尽きるのを受け入れていた。
マイに自分の魔女としての全てを伝えきれてはいないが、それらはすべて、書物にまとめてあった。
自分の遺産の殆どは、息子でありマイの父親に継がせることにし、またマイの姉であるアイにも金銭的な遺産を幾らか多めに分配するよう、遺言状を遺した。
アイへの金銭的な相続は、自分の家はマイに遺すように、という遺言に不公平感がないように、と配慮したものだろう。
ただし、薬機法やマイが未成年であることもあって、店としては経営することはできない。
マイが成人となるまでは、父親が祖母の家を法的に管理し、その後家をどうするかはマイに委ねるという形となった。
祖母が亡くなり、マイは祖母の家に一人暮らしをすることにした。
家は住まなければ寂れるからだ。
それに実家は歩いて戻れる距離にあり、実質大きな個室ができたような感覚に近い。
姉のアイは不機嫌そうだったが、祖母の遺産で高い衣類やバッグを買うことができたので、文句を言ってくることはなかった。
ただ、関係は少し拗れた。
というのも、祖母のエヴァがこれまで世話してきた、様々な人がマイの下に訪れることが増えたからだ。
政治家やその秘書、実業家、医者、弁護士等々。
エヴァの知人であり、もちろん彼らはマイのことを世話になった人の孫娘という扱いでしかなかったが、外から見ているアイからすれば、お金と権力を持った人達が次々と、マイの世話を焼きに来るのだ。
アイは、いい気がしなかったようだ。
……とはいえ、彼らに下心はなかったのは事実なのだが、エヴァが「よければ貴方の息子さんのお嫁さんに」などと、冗談を言ったことも複数回あり、マイの資質や人柄を確認しにきていた、という側面もあったので、アイの不機嫌の理由としては、まったくの筋違いという訳でもなかったりする。
マイの第一目標は、エヴァの家を継ぐこととなった。
成人すれば、改めて正式にマイの家となるのだが、この場合は祖母が営んでいた薬屋の再開である。
そのためには、まだ足りないモノが多い。
薬を販売するには、資格が必要となる。
魔女としても、祖母から託された、事典のような書物を読み込まなければならないし、経験も足りていない。
加えて言うなら、気になることがあるのだ。
ダンジョンには、この世界にはないハーブが存在する。
モンスターを倒すと、稀にドロップアイテムを落とす。その中にはポーションと呼ばれる、体力を戻し傷を癒す回復薬が存在する。
祖母エヴァの店を継ぐとして、自分なりの薬の販売も後々考えていかなければならない。
気は早いかもしれないが、できることはしておきたい。
ならば、ダンジョンの探索者登録はしておこう。
そう考えたマイに、姉のアイが告げたのが、冒頭の台詞であった。
マイは魔女である。
ならば、探索者としては魔術師になるべきではないだろうか。
そう考えるマイだったが、だからこそアイはその選択を阻んだのである。
魔女として、優れているのは自分である。
それは自他共に認める事実である。
実際、マイも認めている。
なのに、どうしてマイの方が優遇されているのか。
実際は両親からの愛情も、アイの方が注がれているし、その美貌で学校でも人気は高い。
しかしそれは周囲からの評価であって、アイの主観ではやはりマイの方が恵まれているのだ。家をもらうってどういうことよ!?
これ以上、マイを成長させてはならない。
本人にその自覚はなかったが、その危機感が、マイに魔術師として進ませることを阻んだのだった。
平原が広がる、フィールド型のダンジョンを歩きながら、マイは考える。
「……まあ、錬金術師も悪くないよね、多分」
何せダンジョンの錬金術師スキルだと、坩堝もすり鉢も必要ないし、精製スキル発現の過程で、小さいながら水魔術や火魔術も習得できるのだ。
後に、ダンジョンでのスキルと己の魔女の知識技術で、通常の数倍の効能があるポーションを作り出したり、幻といわれるエリクサーも作れるようになり、姉より遙かに有名になる忍野マイだが、今の彼女は探索者としてはまだまだの、新米錬金術師であった。
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