第19話 ダンジョンコアの前でのよくあるトラブル

 ブラジル、密林に囲まれた某ダンジョン、その最下層。

 広いフロアで待ち受けていたダンジョンボスを倒した先には、小部屋があった。

 そこには、ピンポン玉ぐらいのサイズの、青く輝く宝玉が浮かんでいた。

 ダンジョンコアと呼ばれる、このダンジョンの心臓的な存在だ。

 そしてその前に、五人の探索者がいた。


「おいおい、最初に話し合っただろう? コイツは持ち帰って、金に換えるってよ。今更何で、それが覆るんだ?」


 嘆かわしい、と金髪を無造作に後ろで束ねた頭を振るのはパーティーのリーダー、アメリカ人のジョン・キャンベルだ。

 職業は軽戦士だが、その肉体は屈強そのモノだ。

 学生時代はアメリカンフットボール部に所属していた。

 一方、その発言に首を振るのは、色黒のアフロ頭、発生したダンジョンの地元民、カルロス・サントスである。


「いやいやいや、ソイツは確かにそういう話だったけど、同時に状況次第でって注釈もついてたはずだろ? オイラちゃんと憶えてるぜ?」


 職業は盗賊。

 小柄ですばしっこい彼は、斥候としても優秀だった。

 そんな二人に、全身甲冑を着込んだ銀髪の女性が割り込んだ。


「持ち帰ること自体には賛成のままだ。しかし、買取はワタクシの家の方でできないだろうか? 金はもちろん出す」


 背に大きな盾を背負った彼女は、フランス人のソフィー・ブルトン。

 職業は聖騎士だ。

 実家が幾つもの会社を経営しており、彼女の言う通り、実際に買い取ることも可能だろう。

 しかしそこに、褐色の手が突き出された。


「それは、協会を通さずということですか。このダンジョンが壊れるなら構いませんが……」


 否を唱えたのは、一本に束ねた黒髪を肩から垂らし、黄色い緩やかな法服に身を包んだ、インド人の女性だった。

 アナンシャ・ハデル。

 探索者としての職業は、僧侶である。

 パーティーの中でも、よく常識を唱える立ち位置にいる存在だ。

 アナンシャの目的は、ダンジョンコアを処分し、このダンジョンをこの地から消失させることなので、基本的にはジョンやソフィーの意見に賛成でいる。

 ただ、余計なトラブルは避けたい、というのがアナンシャの思いであった。

 ジョンは、ふん、と鼻を鳴らした。


「ソイツは反対だね。ダンジョンコアの売却は、協会を通さないと公式な記録には残らない。探索者として長期的に見たら、そっちの方が得だろう?」


 しばらくは、このブラジルの地で探索者をしていたジョンだったが、ホームグラウンドはアメリカだ。

 ここで名を上げておけば、地元でも鼻が高いし、現実として探索者協会からの優遇も期待できる。

 それは、他のメンバーも同じはずだ……が。


「しかし、このダンジョンコアの美しさよ。それに大きさといい、どんな宝石店でも売られていない。ワタクシはこれを、我が婚約者に捧げたい」


 ソフィーは、すっかりダンジョンコアの輝きに魅了され、ジョンの言葉なんて聞いちゃいなかった。

 どうする? とジョンはカルロスを見た。

 同じ男として、カルロスもジョンと同じ思いのようだ。


「……いやあ、オイラ思うんだけど、ソフィーの婚約者は、お金の方が喜ぶと思うな」


 うんうん、とジョンも腕組みをして、頷いていた。


「それはオレも同感。宝石もらって喜ぶ男は少数派だぞ。皆無とは言わねえが……あ、あー。そういう名目で、自分ちに置きたいってことか」


 パンと拳を手に打ち付けるジョンに、カルロスも納得いった顔をした。


「そっか、結婚すれば、家に飾れるもんな。結婚指輪にしては大きすぎるしなー」

「ち、違う! ワタクシは純粋に、夫となる人にだな!」


 ブンブンと、銀髪を揺らして否定するソフィー。

 これはいつまで経っても、埒があきそうにないですね、とアナンシャはため息をついた。


「何にしても、ここにいつまでもいる訳には行きませんよ。ワタシはこのダンジョンがなくなるならば、その後はどうでもいいですが」


 全員がその意見に賛成なら話は終わるのだが、ダンジョンの維持を訴えたのが、地元民であるカルロスであった。


「それに関してだけどさー、オイラはここ、残ってほしいんだよなー。この辺り、名所も特産品も何にもないんだよ。ここがなくなると、せっかく栄えてたのにこれでまた、貧しい農村に逆戻りなんだよ」

「カルロスさんの気持ちは分かります。ですが、ダンジョンは危険な存在です。このダンジョンコアを処分し、もっと安全なところに新たなダンジョンが出現させるべきです」

「ダンジョンの出現はランダムだよ。もっと危険なところに出現したらどうするのさ。そもそもアナは違うだろー。本当は教義だからダンジョンぶっ壊したいだけじゃん」


 アナンシャの母国、インドは各国のダンジョンの破壊を推奨している。

 同時に多くのインド人がヒンドゥー教徒となっており、そちらからも同じようにダンジョンの破壊が訴えられていた。

 国として同じようにダンジョンの破壊を呼びかけているのは、中国だ。

 共通しているのは、自国のダンジョンは保護するようにしている。

 SNSでも一時期話題になっていたが、その狙いは明らかだ。

 ダンジョンが消えると、違う場所に出現する。

 即ち、インドと中国は、ダンジョンという資源を、自分の国に集めようとしているのだ。

 他の国でもそう訴える一部勢力はあるが、国全体で動いているのは、この二国である。


「手段は問題ありません。最初の通り、ダンジョンコアは処分しましょう。どう処分するかは、外に出てから。それでよろしいですか、二人とも」


 アナンシャは、ジョンとソフィーに訴えた。

 この二人は、ダンジョンコア持ち出し派だ。

 つまり、ここからダンジョンがなくなることには賛成派である。

 そうなると、慌てたのは維持派のカルロスだ。


「ちょ、ちょちょちょ、待ってくれよ! まだキラの意見を聞いていないだろ!」


 そう、ずっと話していたのは、ジョン、カルロス、ソフィー、アナンシャの四人だが、ここには五人いる。

 民主主義的には、維持派が二人に増えたところで、賛成派が上回るが、揉めている間に何か別の手を考える。

 カルロスには、その時間が必要だった。

 ただ、時間稼ぎの必要不必要に関わらず、五人目の意見を聞きたいのは、ジョン達も一緒だった。


「そうだ! キラ、どう思う?」

「え? あ、何、話してました?」


 ずっと、ダンジョンコアを観察していた男が、こちらを向いた。

 七三分けの眼鏡に背広姿、日本人の吉良アツシだ。

 いつものように、笑顔を浮かべていた。

 他の四人がファーストネームで呼び合っているのに、吉良だけラストネームなのは、アナンシャと頭文字のAが被るからであった。

 職業は魔術師で、水系統を得意としていた。


「聞いていなかったのかよ!? だから、ダンジョンコアを……」


 ジョンが、暢気にしている吉良に詰め寄った。

 そのジョンの額に、銃口が突きつけられた。


「あ、それならボクが頂きます」

「は?」


 オモチャの、カラフルな水鉄砲だ。


「いや、前から興味があったんですよ、ダンジョンコア。知ってます? 最初に発生したスタンピードと、突如消失したダンジョンのエピソード」

「おいおいおい、お前一体、何の話を――」


 吉良が引き金を引くと、タンクから勢いよく射出された水が、ジョンの頭を貫いた。

 即死したジョンの身体が、ゆっくりと後ろへと倒れていく。


「え?」


 カルロスが、呆気にとられる。

 ソフィーとアナンシャも、似たような状態だ。

 状況についていけていない。

 これまで吉良は、魔術に短杖を使ってきたこともある。

 加えて、ここまで苦楽をともにしてきた仲間でもあった。


「すみませんね。いいパーティーでしたが、残念残念」


 吉良が三度、引き金を引き、カルロス達も死亡した。

 こうして、ダンジョンを攻略したパーティーは全滅した。

 吉良は、ダンジョンコアに手を伸ばした。

 吉良の手の中で大きかったダンジョンコアは縮み、ピンポン球サイズへと変化した。


「さてさて、報告書では読みましたが、実際にはどうなることやら。獣魔術を習得したり、色々時間が掛かりましたよ、と」


 吉良は、ダンジョンコアを、口に放り込んだ。

 しばらくして。

 床が、壁が、天井が揺れ始める。

 ダンジョンの崩壊が始まったのだ。

 部屋の奥には、光る床がある。

 あそこに立てば、地上へと出られる、一種のゲートだ。


「……なるほど」


 そんな中で、吉良は天井に視線をやったまま、呟いた。


「なるほどなるほど……人間では殺せなくても、同一存在なら、やれる、と。期待通り。よし!」


 グッと、吉良は拳を握りしめて、脱出ゲートに向かう。


「これで、世界初の『ダンジョン殺し』の準備が整った。いやあ、楽しみだ!」


 笑いながら、吉良はダンジョンから消えた。

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