第13話 吟遊詩人の大失敗と続く成功
音無メイは、演奏家である。
使用する楽器はバイオリン。
一般にもそこそこ知られており、今日はそのソロコンサートの日であった。
コンサートは、大成功に終わった。
演奏が終わっての、控え室。
音無メイは、頭を抱えていた。
「どうして、こんなことに!!」
「いや、まあ、眠りの呪歌をコンサートホールで演奏したら、そりゃこうなるだろ」
メイの幼馴染みであり、同時にマネージャーでもある響ダイゴは、冷静に答えた。
音無メイは演奏家であると同時に、ダンジョンの探索者でもあった。
職業は吟遊詩人。
吟遊詩人は、そのスキルで様々な効果をもたらす呪歌を演奏することが出来る。
ダンジョン内で自動的に取得できるスキルは、ダンジョンの外では使うことができない。
ただし、自動的にではなく探索者自身が修練の末に得た『スキルもどき』は、ここに該当しない。
メイは、自動取得した呪歌スキルで、呪歌そのモノのコツを掴み、それを元にオリジナルの呪歌を作り上げたのだ。
そして、ダンジョンで作曲したその音楽は、今日のソロコンサートでも大活躍した。
眠りの効果を持つ、メイのオリジナル曲『夜のオーロラ』はもれなく、聴きに来た観客全員をもれなく眠りに誘ったのであった。
観客どころかスタッフまで全員、爆睡である。
幸い、ダイゴはメイにお供する形で探索者になっていたので、精神抵抗に成功していた。
「分かってたなら止めてよ」
唇を尖らせるメイに、ダイゴは少しイラッとした。
「止めた。何回も止めた。メイが聞く耳持たなかっただけ。演奏家のくせに」
「……そうだっけ?」
メイは驚き、小さく目を見開いた。
それに対し、ダイゴは白い目を向ける。
「完全に聞き流してたことも、今判明した」
「テヘ♪」
「テヘペロされても絆されねえぞ。いやまあ、しかしアーティストとしては大失敗だが、興業としては大成功だ。お前個人としては納得いかないだろうが、他は皆納得してるし、いいんじゃないか? 聞いてて眠くなるクラシックは、演奏としては正解って言うだろう?」
「演奏しててみんなに眠られた私の気持ちは、どこにやればいいのよ!」
皆が気持ちよく眠っていても、メイはプログラム通り、最後まで演奏しきった。
ちゃんとプロであった。
それはそれとして、やはり納得がいっていないのもまた、メイであった。
ふぅむ、とダイゴは考えた。
「演奏家なら、演奏で発散させるべきじゃないかね? あ、でも今日はもうダメだぞ。時間が遅すぎる。さすがに明日も一日休んで、ダンジョン探索は明後日にしろ」
メイが探索者になったのは、演奏の腕を磨くのと同時に、ストレス解消の意味合いもあった。
「あーくそー、このままではすまさんぞー」
「何をどうすまさないのか知らないけど、とりあえず今お前に必要なのは休息だ。というか、いい加減着替えろ」
まだ、ドレス姿のままだったメイの方を、ダイゴは軽く叩いた。
翌々日。
メイとダイゴはダンジョンの中にいた。
やや広い目の回廊が続く、オーソドックスな石造りのダンジョンである。
「よっしゃ行けぇ――『剣と魔法の大決戦』!!」
後衛のメイが、士気を高める呪歌を演奏し、戦闘力が底上げされる。
前方にいるゴブリンの群れへ、前衛職が突撃を開始した。
「うおおおおぉぉぉ!!」
なお、ダイゴも前衛職なので、他のパーティーメンバーと共に走る。
武器は両手に棍棒。
メイのマネージャーであると同時に、アマチュアで和太鼓の集団にも属しているので、バチにも似たこの武器が一番しっくりくるのであった。
他のメンバーも、音楽繋がりであり、それぞれ楽器が弾けたり、歌えたりする、音楽家パーティーであった。
正面にいたゴブリンをぶっ叩き、蹴っ飛ばす。
相手も錆びたナイフを振るってきたが、これも手に持ったバチで弾き、もう一つのバチで胴を殴った。
次々と押し寄せてくるゴブリンを、仲間達と共にぶっ殺していく。
「一曲終わったら次、『天使の薬箱』行くかんね!!」
「おうっ!!」
メイのオリジナル呪歌の一つ『天使の薬箱』は、継続的な回復効果がある。
瞬間的な回復力では聖職者のそれに劣るが、効果時間は圧倒的に呪歌の方が上だ。
ダイゴの身体にも幾つか、浅い傷ができているが、これならば問題ない。
メイを信頼して、ダイゴはさらにゴブリンを討伐していった。
モンスターの討伐も一段落し、メイ達は広めの部屋で休憩を取っていた。
ピクニックシーツを敷き、用意していた弁当や水筒を広げていた。
「あー、スッキリした」
たっぷりと演奏をし、メイも満足げだ。
「ストレス解消出来て何より。それで次の仕事に関してだが」
「もー、今オフなんですけどー?」
ダイゴはスマートフォンに保存していたファイルに目を通した。
水筒の紅茶を口にしながら、メイは不満そうに唇を尖らせる。
「この探索自体、お前の曲の練習みたいなもんだろ。スキルとしての呪歌じゃなくて、完全にオリジナルの呪歌作っておいて、よくオフとか言うな」
「私がオフだって言うんだから、オフなの! 文句あっか!」
「じゃあ、仕事の話は後にしよう」
抗議するメイに、ダイゴはあっさりスマートフォンをポケットに戻した。
すると途端に、メイは残念そうな顔をした。
「いや、それはそれで気になるんだけど」
「オフに仕事の話をするなって言ったのは、そっちだろ」
どうしろというのか。
「文句は言ったけど、するなとは言ってない」
メイの断言に、ダイゴは先ほどのやり取りを反芻した。
……いや、確かに言ってはいない。
「じゃあ、いいや。とりあえず完成してる呪歌は全部、スタジオで録音する。一曲ずつ効果が違うから、全部バラ売りだな」
演奏が主体というより、この場合は呪歌の『効果』が売りなのである。
「何に使うのよ」
「そりゃもう、色々。例えばこの間コンサートで『夜のオーロラ』聴いたっていう、大病院の院長から、不眠症治療にあの曲使いたいってオファーがあった」
「ふぁっ!?」
効果の程は、院長が直に経験したので間違いはない。
もちろん、この院長だけではなく、家族の中で不眠に悩まされている者や、赤ん坊がいる家庭からも、オファーがあった。
同時に、睡眠効果があるというのは悪用もされかねないので、扱いには注意が必要だ。
ダイゴはまず真っ先に、探索者協会に相談したぐらいである。
使用の権利や契約に関しては、この探索者協会と打ち合わせが進んでいた。
他にも、メイには新しい仕事が来ていた。
「それと『剣と魔法の大決戦』とは別件で、同系統の曲作って欲しいって依頼も来てる」
「え、何それ。どこ需要よ」
士気高揚の呪歌である。
確かに、使い道があまり思い付きにくい呪歌だ。
録音の呪歌だと、敵味方の区別が付かないので、スポーツの応援歌にも使いづらい。
だが、それ以外にも需要はあるのだ。
「アニメ会社。新作のロボットアニメの戦闘シーン用の曲が欲しいんだと。それとオカルト系ヨウツーバーと葬儀屋からも鎮魂歌系の新曲が欲しいって。まあ、お前が仕事を受けるかどうかが最優先だけどな」
「マジで!?」
思わぬ新規の仕事に、メイは驚いていた。
しかしまあ、とダイゴはスマートフォンをスワイプしていく。
仕事が目白押しだ。
「探索者って、儲かるんだな」
「……私の考えてる儲け方と、違うけどね」
口をへの字にするメイに、だが何にしても仕事があるのはいいことだと、ダイゴは思うのだった。
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