第14話 希少職業・雑用係
某ダンジョン第四層。
大きな部屋の中心に立つのは、巨大な牛頭人身、いわゆるミノタウロスであった。
「ぶもおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
高く吠えながら、斧を構えたまま突進する。
その巨体からは考えられないようなスピードであった。
攻撃をしていたパーティーメンバーの一人、敷浪家長女である敷浪ハルカが弾き飛ばされ、一つ結びにしていた三つ編みが揺れる。いや、突進の直前に自分から飛んで、そのダメージを最小限に抑えていた。
職業ニンジャ、その素早さはダンジョンの探索職の中でもトップクラスと言ってもよかった。
ほぼ地面と平行に飛びながら、ハルカはミノタウロスの突進先にいる、パーティーメンバーに叫んだ。
「ごめん! チーちゃん盾よろしく!」
「ん……!」
ぶぅん、とツインテールの少女、敷浪チアキの正面に魔力の盾が生じる。
敷浪家の三女であり、職業は僧侶。
防御と癒しに長けた職業ではあるが、ミノタウロス相手では防げるのはギリギリであろう。
がいん、と鈍い音がして、魔力盾にヒビが入り、直撃したミノタウロスがわずかに仰け反った。
そしてそんなチアキが守っているのは、後ろで杖を立て、呪文を唱える姉であった。
「チアキちゃん、あとだけちょっと持たせて……! もう呪文が完成するから」
敷浪家次女、敷浪マナツ。
職業は魔術師。
物理的な攻撃力も防御力も低いが、魔術による攻撃に掛けては随一といってもいい。
杖の尖端に灯る火球が膨れ上がり、その熱量にマナツの黒髪もぶわりと舞い上がる。
細い指がめまぐるしく印の形を変え、魔術が完成へと近付いていく。
「……二回目はちょっと無理だと思う」
チアキはいつものように平坦な声で言うが、その頬を汗が伝っていた。
その時だった。
「なろ!」
ミノタウロスの側頭部に、少年の声と共に小さな石が投げられた。
「ぶもぉ……?」
ミノタウロスにはまったくダメージはなかったが、それでも妨害には違いない。
もう一度石が当たったので、そちらを見ると、大きな荷物を背負った少年が足を震わせていた。
「こ、ここここ、こっちだ牛野郎! 掛かってこいやぁ!」
ビビり散らかしながらも、へいへいへい、と両手でジェスチャーを繰り返すのは川内トーマ。敷浪家のお隣、川内家の長男であった。
職業は『雑用係』。
攻撃力も防御力も低いが、戦闘以外のスキルだけはやたらと豊富な職業である。
トーマが、また一つ石らしきモノを投擲した。
「ぶもおぉ……ぶぁっ!」
雑用係の石など、どれだけ当たっても効きはしない。
そう考え避けなかったミノタウロスであったが、今トーマが投げたのは、石ではなかった。
液体の入った風船であり、それがミノタウロスの顔に当たって割れたのだ。
中身が目に入り、思った以上の激痛にミノタウロスは悲鳴を上げた。
「洗剤風船だ! さすがに効くだろ! みみみ、みんな後頼んだ!」
トーマは役目は果たしたと、ミノタウロスに背を向けて逃げ出した。
その間に、敷浪姉妹達は体勢を立て直していた。
「ありがとう、トーマ君! 後は任せて! マナちゃん!」
「行くよ――『爆裂火球』!!」
マナツの呪文が完成し、巨大な火球が洗剤の痛みに涙を流すミノタウロスに直撃した。
轟音が響く中、大きく跳躍したハルカが爆炎の中を抜け、その鋭い短刀がミノタウロスの首を掻き切った。
ミノタウロスが消え、やがて大きな魔石がその場にゴロリ、と転がったのだった。
階層主の部屋を抜け、次の階層最初の小部屋で敷浪姉妹達とトーマは一息ついた。
トーマの背負う荷物には様々なモノがあり、その中にはキャンプ用品も多く含まれていた。
折り畳みのテーブルと椅子を用意し、人数分のお茶も整える。
それらは全部、トーマの仕事である。
「ふー、今回は危なかったねえ。さすが階層主……トーマ君がいなかったら、全滅してたかもしれないわ」
「うん、お兄よくやった」
褒めるハルカとチアキだったが、まだトーマの恐怖は鎮まっていない。
「お、思い出すだけでまだ怖い……」
何せミノタウロスである。
殴られたら、運がよくて瀕死、普通は死ぬ相手だ。
「お兄の犠牲は無駄にはしない。ナムアミダブツ」
「いや、やられてないからね!?」
両手を合わせて拝むチアキに、トーマは突っ込んだ。
一方マナツは、首を傾げていた。
「それにしても、いつの間に目潰しなんて用意してたの?」
「いやほら、俺『洗剤』出せるからさ。前の休憩の時にちょっと仕込んでおいたんだよ。役に立ってよかった」
スキル『洗剤』は雑用係の初期スキルの一つであり、手から洗剤を出すことが出来るスキルだ。
その利用方法はそのまま、食器を洗ったり、衣服を洗ったりできる。目的ごとに微妙に種類が変わる、変わったスキルである。
当たり前だが、目に入るととても痛い。
「はー、意外なところに使い道があるもんだね」
「といっても雑用係のスキルなんて、これぐらいがせいぜいだけどな。基本は文字通りの、雑用係なんだし、時間稼ぎがせいぜいだ」
一応、『天然ガス』なんてスキルもあるので、『着火』スキルと組み合わせて爆発、なんてことも考えたことはあったが、ある程度部屋が密閉していなければならないし、自分も含めた味方も巻き込む恐れがあるので、現実的ではない。
その辺は思いつきと試行錯誤の繰り返しだが、今回の洗剤は上手くいった。
といっても、本当にささやかな時間稼ぎではあったが。
しかし、長女のハルカはそれを大いに評価していた。
「ううん、その時間稼ぎのお陰でみんな助かったんだから、トーマ君はそんな卑屈になることないと思うわ」
「さすがに、みんなが戦ってる最中に、ずっと後ろに隠れっぱなしっていうのも、男が廃るというかさー……まあ、今までもそんな感じではあったけど」
「うんうん。でも、トーマちゃんがいなかったら、みんな困るし。あんまり無茶しちゃダメだよ? 雑用係のスキル、みんな本当に頼りにしてるんだから」
次女マナツはトーマと同じ歳で、ある意味一番距離が近い……というか、一番世話になっていると言ってもよかった。
普段寝ぼすけなマナツを、毎朝起こすのもトーマの仕事であった。
「戦闘以外ならまあ、自信はある」
「ボクはない」
「チアキ断言しない」
チアキに、トーマはビシッと突っ込んだ。
「ボク達三姉妹の生活は、昔から全部お兄に依存してる。家事全般、お兄にお任せ」
「……嫁のもらい手がなくなるぞ?」
「お兄が三人とも嫁にもらえばいい」
ハルカとマナツの顔が赤くなるが、チアキだけは普段通りであった。
「日本は重婚禁止だ!!」
「事実婚とかある」
「……そろそろ、その話は切り上げようか、チーちゃん?」
「ん……!」
ゴゴゴ……と、見えない圧力が笑顔のハルカから発せられ、チアキは口をつぐんだ。
次の層も軽く探索し、期間前の小休止。
小部屋には、灰色の四角い穴が発生していた。
パッと見、ダンジョンの入り口である黒い穴にも似ているが、これはトーマが雑用係のスキルで生み出した、亜空間である。
その穴の向こうから、ハルカの声が届いた。
『『お風呂』のスキル、本当に助かるわぁ』
ちゃぽん、と水の音がする。
雑用係のスキルが上がり、発生した『個室部屋』の中に最初あったのは『トイレ』であった。しかも水洗式。
その存在に喜んだのは、トーマ本人ではなく敷浪姉妹であった。
次に出現したのが『洗面所』で、さらに『風呂』が生じ、敷浪姉妹はトーマを手放せなくなった。いや、元々そんなつもりはなかったが。
亜空間の入り口は灰色で、中の様子は分からない。
けれど声は聞こえるので、トーマは中にいるハルカに声を掛けた。
「その風呂、今はまだ一人ずつだけど、成長させたら複数人で入れるようになるみたいだよ」
「スケベ」
チアキの声に、トーマは慌てた。
「ちょっ!? 俺じゃなくて、三人が一緒にって意味だから」
「わ、わたしは別に四人でも」
「マナ姉はムッツリスケベ」
何一つフォローになっていないマナツに、チアキは容赦がなかった。
「ちょ、チアキちゃん!」
『でも、トーマ君がいなかったら、本当に困ってたと思うわ。こうやって探索者やってられるのも、トーマ君がいてくれるからよ』
亜空間の向こうからの声に、チアキは頷いた。
「お風呂はギリ受け入れるとしても、トイレは死活問題」
「そもそもわたし達、食事も絶望的だしねえ……」
マナツは遠い目をした。
何故か三人揃って、家事は壊滅的である。
なお、三姉妹の母親も同じなので、おそらく遺伝的なモノではないかと、考えられていた。敷浪家の快適な生活は、三姉妹の父親とトーマに掛かっていたのであった。
「マナ姉の食事がかろうじて食べられるレベル。味に関してはノーコメント」
エグかったり、苦かったりする。
とはいえ、ハルカのように何故か泡立っていたり、チアキの黒焦げ料理よりは……といったところであった。
『私に到っては、対モンスター用に効果があるぐらいだものねぇ』
はあぁ……と、亜空間の向こうから、ハルカのため息が漏れていた。
「とはいえ、俺がここまで成長出来たのも、みんながいてくれたからだ。最初なんてアレだぞ、スキル『荷物持ち』しかなかったんだから」
『荷物持ち』のスキルはそのまま、常人の何倍もの荷物を持つことが出来るスキルである。
ただし、単純に筋力が増えるというモノでもないので、重いモノを持ち上げたり、戦う時に攻撃力が増加したり、というようなことはなかった。
ただただ、多くの荷物を持てるスキルである。
当然、探索者には雑用係という職業は、不人気であった。
『あれだけでもすごく助かるのよ。普通みんな、リュック背負ったり肩に掛けたりしてて。戦闘のたびにいちいち下ろすの面倒なの。下手すればその荷物が、モンスターに奪われたり破かれたりもするしね。その心配がないだけでも、御の字よ』
「スキルがなくても、お兄はキャンプの知識があった。ご飯は大事」
トーマがいなければ、敷浪三姉妹の食事はほぼ、携帯食料のみになっていたであろうことは、疑いようがなかった。
「とはいえ、普通は『雑用係』はここまで育たないよねえ」
「ん、分け前の問題もある。ウチは家計一括だから問題ないけど、普通は個別だから揉める」
このパーティーは最初から、トーマが戦闘以外を全て引き受けること前提で成立していた。一応、探索者として始める時、入り口にあった石板には、戦闘職も幾つかあった。
それでもトーマが非戦闘職を選んだのは、これが最適であると、四人で話し合ったからであった。
家事全般もそうだし、探索前の準備、地図の作成、探索者協会との事務交渉、報酬の用途の判断などは、敷島家の三人がやるよりも、トーマがやるのが一番効率がよかったのだ。
何しろ、普段からやっているのだから。
「ちなみにお兄には、引き抜きの危険性がある」
「うぇっ、何で!?」
チアキの言葉に、マナツが驚いた。
「ボクが、クラスで自慢したから。トイレとお風呂は偉大」
『『雑用係』の問題は、需要はあるけど自分からなろうって人がいない点よねぇ』
ハルカがクスクスと笑う。
一方、マナツは渋い顔だ。
「そもそも、名前の印象が悪すぎるよ」
「その悪いのを選んだ俺、偉い」
「うん、トーマちゃんえらい!」
ふん、と胸を張るトーマに、マナツは拍手した。
「マナ姉、多分今のはお兄のボケ。普通に褒められると逆に困るやつ」
チアキが冷静に突っ込んだ。
職業、雑用係。
そのスキルが知られ始め、皆が欲しがるが、自分でなりたがる者があまりに少ない為、稀少な職業の一つであった。
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