第12話 オッサン探索者、食材を求める

 草間ダンジョン。

 いわゆるフィールド系のダンジョンに、畑中カズヤは訪れていた。

 いつも通り、天使型モンスターであるルミナエルも同行している。


「今日は、食材を調達したいと思います」


 そんな畑中の提案に、それなりに長い付き合いになるルミナエルは察したようだ。


「……また金欠ですか」

「住民税に国民健康保険料に国民年金。気がついたら、どんどんお金が消えるんだよ、この国……」


 本当にどうなっているんだろうなー、と畑中の口から魂のようにため息が漏れた。


「世知辛いですね」

「だから、無料で食材を調達する。食費もデカいから」


 この草間ダンジョンの第四層『豊穣大平原』には、野生の動植物が存在する。

 モンスターではないので、ダンジョン外に出てもいつまでも消えることはない。

 野生の猪に鹿に野牛。

 木にはリンゴが生っているし、探せば野生の稲も群生している。


「命懸けですけどね」


 ダンジョンなので当然だ。

 しかし、一般的な難易度はそこそこに高いが、畑中の実力ならば気を付けていれば問題ないレベルだった。


「ふふふ、命懸けで食材を取りに行けるだけの腕があるってことが重要なのだよ。……誰でも取りに行けたら、俺の取り分なくなるじゃん?」


 そもそも、野生の動物自体も、普通に戦う分には危険だし、その上モンスターだって出現する。

 食材は手に入るが、それ自体を目的に使用などという探索者は、あまりいないのであった。


「それは確かに。でも、一人で取れる量なんて、知れてますよ? 帰りもモンスターに襲われるのに、大量の食材背負って帰れます? ……あれ? そういえばいつものリュックじゃありませんね」


 ルミナエルの問いに、畑中は自慢げにリュックを叩いた。


「ふふふ……今回のリュックは新しい奴。そう! 買ってしまったのだ!」

「まさかマジックバッグですか!?」


 マジックバッグ。

 一見普通のバッグではあるが、容量はその数倍から数十倍。

 ダンジョンが出現した初期から、強いモンスターの稀少なドロップアイテムとして存在は認識されていたが、様々な研究の末、人間の手でも造り出すことができるようになったアイテムだ。

 予約は、年単位で待たれている。

 ただし、当然高価だし、購入には身分登録や位置情報登録、様々な契約手続きが必要となる一品である。


「そう、しかもレンタルじゃないぞ、一括現金払い!」

「金欠の原因、それじゃないですかっ!!」

「いいんだよこれは経費で落とせるんだから!!」

「そういう問題ではありません!」


 やいのやいのとやり合いながら、二人はダンジョンの奥へと進んでいった。




 そして到着した『豊穣大平原』には、何故か長い長いロープが張られていた。

 点在する、自動小銃を構えた柄の悪い探索者達。

 ダンジョン内でも、銃はモンスターに通用する。

 ただ、魔石を混ぜ込んだ銃弾は普通にコストが悪いので、利用する探索者は少ない。


「おい、ここは立ち入り禁止だ」


 呆然としている畑中に、見張りに立っていた探索者がぞんざいな口調で注意してきた。


「は?」

「聞こえなかったのか? 耳付いてんだろ? 飾りか?」


 髪を何色にも染め、耳と鼻と唇にピアスをした、紛うことなきチンピラである。

 一般人なら関わり合いにならないよう、近づきもしない類の人間だった。

 とはいえ、相手の方から近付いてきたので、畑中も相手をするしかない。


「え、いやいや、そうじゃなくて。ここ、ダンジョンですよね? いつの間に誰かの私有地になったんです?」

「ああ? ……殺すぞ?」


 話が通じていなかった。

 察するに、これまでもこういう脅しで、他の探索者を追い返していたのだろう。

 彼が自動小銃の安全装置を外したことに、畑中は気付いていた。


「普通の質問のつもりだったんだけどなあ……ルミナ、これ正当防衛成立するかな」

「ダンジョンはある意味、治外法権ですからね。無法地帯とも言います。まあ状況から解釈するに、どこかの企業なりお金持った個人なり、メチャクチャ強い誰かなりが、ここら辺を不法に占拠して、お金になりそうな食材を独占しようとしているってところじゃないでしょうか?」

「あ、意見一致。じゃあ、しょうがないなあ」

「あぁ? 何言って……がふっ!」


 畑中は、チンピラ探索者の顎を蹴り抜いた。

 ベテラン探索者の蹴りである。

 ついでに構えようとしていた自動小銃も、その蹴りで破壊していた。

 チンピラ探索者は、砕かれた歯を撒き散らしながら、その場に倒れた。気絶してはいるが、死んではいない。


「力尽くでいこう。あ、顔憶えられても困るし、手拭い巻いとこう。あってよかった」


 左右、かなり離れていたところにいた、見張りらしき探索者達がこちらに駆け付けようとしていた。

 畑中は腰に差していた青海波の手拭いを、マスク代わりに口に巻いた。


「それ、色々手を汚した時に拭いてるやつですよね。顔に巻くの、抵抗ないんですか?」

「いや、全然」


 ハンカチだって、トイレ後に手を拭くこともあれば、額の汗を拭くことだってある。

 手拭いだって同じじゃん? と考えている畑中であった。




 襲ってきた探索者を全員倒すのに、それなりの時間が掛かった。

 とはいえ、畑中には殆どダメージはない。

 ルミナエルの回復術で、全て癒える程度であった。


「そこそこの階層だけど、まだここはセーフティーレベルだからなぁ」


 自動小銃の欠点は、攻撃が直線でしかないということもあった。

 多数が襲ってきた場合、同士討ちを恐れるように、乱戦に持ち込めばいいのだ。

 そういう立ち回りを畑中が行った結果、彼らはその実力を十全に発揮することもできず、全滅させられたのであった。

 むしろ、気絶した彼らを縛り上げる作業の方が、手間取ったぐらいであった。


「油断は禁物ですよ、マスター」

「それはもちろん……なんだけど」


 見張りの探索者達を倒し、畑中とルミナエルはロープの張られていた敷地に踏み込んでいた。

 そもそもここはダンジョンなので、法的な拘束力は一切ない。

 敷地内には、牛や馬が暢気に草を食み、時折ウサギが跳びはねているのも見えた。

 動物達それぞれのナワバリとかどうなっているんだろう、とちょっと畑中は考えたが、別に学者でもないしいいか、とすぐにその思考を放棄した。

 それよりも、である。

 しばらく歩いた先に、畑中達は、小屋を発見した。


「わざわざ、こんなところに小屋まで建てたんですか、あの人達」


 それも、かなり大きめだ。

 工事現場にあるプレハブ小屋など、目ではない。

 地上なら車庫があってもおかしくないぐらいの規模だ。

 畑中は、目を細めた。


「……嫌な予感がする」

「私の危険察知には反応しませんが? それはもしや、私のレベルを超える強者ということですか!?」

「そっちじゃないんだよなぁ……」


 先ほど相手にした敵程度なら、それほど脅威ではない。

 この場合の嫌な予感は、違う種類の者であった。




 小屋の中には、捕らえられた探索者がいた。

 女性探索者が多め、男性冒険者もいるが、共通しているのは皆、見目麗しく少年少女と言ってもいいぐらいに若かった。

 彼ら十数名が小屋の部屋の一つに、監禁されていた。


「助けて頂きありがとうございます!」


 複数のパーティーの中でも、リーダー格だったと思しき少年が、畑中に頭を下げた。

 この階層を私有地化していた、ならず者の探索者達によって、捕まっていたのだという。

 幸い、今の時点で酷い目にあった探索者は誰もいないが、拉致された彼らが外の世界でどういう目に遭うかは、何となく畑中にも察しが付く。

 彼らの話からも、その推測は的外れではないようだった。

 それよりも、いつまでも感謝されていても、畑中は困るのである。


「いやいや、いいんだ。それよりも、言った通りにしてくれると助かる」


 畑中の要求は単純だ。

 装備品も取り戻した彼らに、ならず者の探索者達を連れて、地上に戻る。

 そして探索者協会に、自分達が拉致監禁されていたこと、ダンジョンの一部が私有地かされていたことなどを報告してもらうことを、お願いした。

 助けたのは、謎の覆面探索者Xである。

 畑中は名乗ることはしていないし、ルミナエルにも隠れてもらっていた。


「で、ですが、本当にいいんですか? おそらく賞金が出ますよ?」

「でも、そうなると俺の身元がバレる恐れがある。世の中、情報社会だからなあ……金持ってるのがバレるのもあるし、コイツらの上の方からも狙われそうだろ。そっちの面倒の方が厄介だし、賞金が出たらお前達で山分けしてくれ。コイツらの迷惑分の慰謝料だ。それでも足りないぐらいだろうし」


 ならず者探索者達の上の人間は、どうも地位の高い人間のようだった。

 大きな目的は、この階層で狩ることの出来る、動植物で金を儲けることにあった。

 邪魔する人間は排除し、場合によっては捕らえたり処分したりする。

 捕らえた探索者は、地上に戻った後、しかるべき場所へ引き渡し……その後は、彼らのしったことではない。

 気絶していた縛り上げた連中の中で、目を覚ました者からこうした証言は取っておいた。

 小屋にあったスマホで撮影したので、これは探索者協会に見せると同時に、いざとなればすぐにネットで拡散できるよう準備しておくことも、少年達には頼んでおいた。


「貴方のことは、どう説明すればいいんでしょうか」

「まんま、謎の覆面の男が助けたって言えばいいだろ。君一人ならともかく、ここにいる全員なら証言としては充分だ。あ、帰りには気を付けろよ。コイツらを見張る係と、戦う係と、休憩する係。ローテーションで外に行くように。で、職員には調査の人間をこっちに寄越すように要請。上に誰がいるかとか、調べる必要があるからな」

「分かりました。このご恩は忘れません!」

「いや、忘れてくれ。正体不明の覆面Xじゃ、憶えててもしょうがないだろう」


 頭を下げる少年に、畑中はパタパタと手を振った。




 少年達は、ロープで縛られたならず者探索者達を引きずりながら、上の階層へと消えていった。

 それを見届けると、後ろから隠れていたルミナエルが出現した。


「いいんですか、マスター。賞金もらったら、こんなところでバーベキューじゃなくて、高級料理たらふく食べられますよ?」


 畑中は、マジックバッグからキャンプ用品一式を取り出していた。

 特にバーベキューセットは重要だ。

 あと、炊飯器。

 肉にはご飯である。


「正直惹かれるモノはあったけど、実際、その後のしがらみの方がどうしてもなあ」


 一時的に大きな金は得られるだろうが、有名になると知らない人間から声を掛けられることも多くなる。

 畑中が探索者を続けている大きな理由の一つが、人間関係の煩わしさが少ないから、というモノがあるのだ。

 探索者としては、地味にコツコツ、時々贅沢が出来る程度の稼ぎが望みの畑中であった。


「トラブルお嫌いですもんね」

「お好きな人の方が珍しいだろ。それよりも、肉だ肉! 狩る手間が省けたのはラッキーだったな」


 小屋の中には、ならず者の探索者が狩り、捌いた肉がいくつもあったのだ。

 他の食材も大量である。


「マスターのラッキーって、安上がりですねえ」


 そんな風に呆れるルミナエルであったが、今の畑中の頭にはバーベキューのことしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る