04 戦士の力

路地裏に隠れて俺たちは変身を解除した。

今回はスカプラリオ(修道服)を着ているので変身しても服の破損は少ない。


人の姿に戻ったガイムが裾を掴む。

「腕を見せろオレス。血は止まったみたいだな」

見れば腕の出血は止まり再生が始まっている。

ガイムが噛みちぎってくれなければ、あのまま腕から毒が回って死んでいただろう。

「腕は少しづつ治り始めているが無理な再生や身体強化は異変が現れるから気をつけろ」

「異変?」

「ああ特に頭だ。脳が萎縮していく。お前も変身すると凶暴になるだろ?あれは脳ミソの理性を働かせる部分が弱まるわからだ。

だから変身してる時間が長過ぎると聖者サイマみたいに狂っちまうのさ」

「聖者サイマ?おとぎ話に出てくる英雄か?」

「おいおい、オレスさんよ。俺たちの秘密基地は聖者サイマ様の霊廟だぜ」


そうだったのか。俺は字が読めないので気づかなかった。


「もしや地下のあの老人。あの赤い炎のウルクが聖者サイマだったのか?」

「だろうな。お前もああならない様に気をつけろよ」ザイムは相変わらずの毒舌を交えて笑った。


しかしあの老人が聖者サイマという事は、ひょっとしてあの貴婦人はエルフだったのではないか?

聖者サイマは、あの貴婦人の血を啜りながら現在まで生き延びてきたのだろう。

聖者ですらウルクになると狂人と化してしまうのか。

いやウルクに化す事で、それまで隠れていた人間の心の奥にある悪業が現れるのかもしれない。

人間である限り罪深さからは逃れられないのか。


「しかしザイム、君はなぜあんなに長い期間獣人化していても平気だったのだ?君がエルフだからか?」

「ん?俺か、俺はな…うん、考え方が違うんだろうな」

「考え方?どういう事だ?」

ザイムはいつになく真面目に答えた。

「能力を全部解放してしまうと能力に飲まれるんだ。これは魔法や武技も同じだ。

俺は今までエルフの魔法や兵士の武技も学んできた。だから戦いの中で自分を見失わない基礎を少しは身につけている」


ウルクになっても正気でいられる方法があるのか!

「教えてくれザイム!俺にも武技と魔法を!」

「ああ、無事にここを脱出できたらな」


ザイムが指差した方向の壁を無数の蛇が這い回っていた。

「逃げるぞオレス。あの女はアーリっていう上級エリートだ。俺たちの勝てる相手じゃねぇ」

たしかにまたアレを食らったら終わりだ。

ザイムはたちまち人狼に変身した。変身のスピードも早い、ザイムからいろいろ学ばないとな。

こんな地獄みたいな世界に初めて光明を見た。みんなザイムのおかげだ。神に感謝を捧げた。


俺は変身したザイムに乗り、夜の街道を走った。真っ暗闇の中を高速で街中をすり抜けて行く。さすがに凄いスピードだ。

ザイムが走りながらこちらに注意を促(うなが)す。

「そろそろ次が来るぞ、用意しろ」

次とは何だ?

目を凝らすと遥か彼方の路地の出口に、巨大な熊のような影が見える。いや、巨大なカエルの顔をした獣人だ。オルクスの獣亜人か!

「1匹だけなら突破できるか?」

「あいつらをナメるな、何か魔法を使う可能性がある」

カエル人はボテっとした身体を地面に伏せ、一瞬身体を膨らませると白い筋の様なものを吐き出した。

ガイムはとっさにかわすと。側面のレンガ壁が絶断された。

「魔法か?」

「強力な高圧水流だ!触れると切り飛ばされるぞ!」

水があんな恐ろしい刃物になるのか!


「変身しろオレス!左右に分かれるぞ!」


そうか、左右から挟み撃ちにするのか。

俺は気力を全身に込めた。血が逆流し呼吸が炎を呼ぶのを感じた。よしこの感覚だ!来い!目を覚ませ!悪魔の力よ!

「変身!」

俺はザイムから飛び降り走り出した。

身体が軽い、早い。

俺はもう獣亜人に変わっていた。


カエル亜人は白い紐の様に水流の刃を吐き出して石畳やレンガ壁を削る。

俺とザイムは左右に分かれて垂直の壁を駆け上がる。


俺は右腕に無数のカギ爪を発生させて密着させた。

こうすれば巨大な爪の束が、簡易式の盾になるはずだ。

カエル亜人がこちらに高圧水流を吐き掛けて来る。とっさに盾で受ければ、思った通り水流は弾き逸らせた。


腕全体を覆うこの自在に動く大きな爪は、密着させれば防具となり、開けば刃となる。これなら右腕一本で何とかなるかもしれない

俺は右腕を盾にして真正面から突っ込んでいった。


カエル亜人が再び高圧水流を吐こうとしたが、そこへ頭上からガイムが飛び掛かり噛み付いた。

だが分厚く柔らかい皮膚はガイムの鋭い牙の力を相殺してしまう。

「なんじゃコイツは?!」

カエル亜人の驚異的な防御力にガイムも驚いて叫んだ。

なんてヤツだ。鋼鉄の鎧を一撃で噛み砕いていたガイムの攻撃にもビクともしない。


突然「ポン!」という爆音と共にカエル亜人は丸く膨れてガイムを弾き飛ばし壁に叩きつけた。


カエル亜人はまた大きく膨らんだかと思うと突然「ダン!」と飛び上がった。

ものすごい高さだ。


「乗れ!オレス。あいつをアーリと合流させるな!」

アーリ?そうだアイツがあの毒蛇女と合流したらもうとても勝ち目は無い。

なんとしても止めなければ。

俺はガイムの背中に飛び乗った。

「行くぞ!」

ガイムはレンガの壁を駆け上り空高くジャンプした。上空からカエル亜人の巨体が降下している。

「今だ!跳べオレス!」

俺はガイムの合図で星空にジャンプする。


カエル亜人はこちらに気づき、身体を膨張させながら高圧水流を打ち込んで来た。

まずい!

俺はとっさに右腕を盾にしたが、水流の刃は顔面を切り裂いた。

だがその瞬間、カギ爪が頭を格子状に覆った。


鳥の嘴のようなマスクだ。これなら高圧水流の直撃にも耐えられる。

俺は手首から長いカギ爪を引き伸ばしてカエル亜人の腹に飛び込み、右腕を振り回わすと、カエル亜人の手足はバラバラに四散した。

バランスを失ったカエル亜人はクルクルと回り落ちる。

それを追って上空から急降下する。

「切り裂け!悪魔の力」

右腕の全てのカギ爪が伸びて全開に開き、着地と共にカエル亜人を貫く。

オルクスの改造亜人は自からの内圧で爆散した。

大音響と共に周囲の家屋が倒壊する。

崩れ落ちた家屋の粉塵の中から抜け出すと月明かりの中を巨大な狼が歩いているのが見えた。ガイムだ。

「よくやったなすごいじゃねぇか」

「ああ」

「お前はもう立派な戦士だぜ」


俺の身体は甲冑の様にカギ爪に覆われていた。

そうか、戦士に見えるのかもしれないな。

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