02 呪いの人形

エルフの少女は淡々と言葉を続けた。

「私の名はサニラ。あなた達の母親」

「どういう意味だ?」

「あなたを産んだのは私だからよ」

まさか!自分の意思で俺たちの改造に協力していたのか?!


エルフの少女は瞬きもせずこちらを見つめている。彼女の眼が恐ろしい魔物に見えた。

俺は思わずサニラの首を掴んだ。

「私を殺しても無駄。あなた達にはエルフの呪いが掛けられている。運命からは逃げられない」サニラは平然と言った。

「呪いだと?」


「あなたは私の人形よ。人間どもを呪い殺す、私のかわいい呪いの人形」


「やめておけ、コイツに八つ当たりしても解決はしない」

人狼に止められた。

狼は何事も無かったかの様に自己紹介をした。

「俺の名はガイム、貴様は?」

「…オレスだ。東のヤガタの村で花を栽培していた」

「花農家か、まさか花屋が最強の戦士になってしまったとはな」

狼は皮肉混じりに笑った。口の悪いヤツだ。

「最強の戦士とはどういう事だ?」

狼は鼻で笑った。

「お前は『ウルク・ハイ』の数少ない成功例だ。つまり最強の改造戦士になったと言う事だ」

「戦士だと?」

「ウルクは人間の頭脳と魔獣のパワーを持つ不死身の戦士だ。古代から『ハイ・ウルク』は知恵をもって王者を補佐し、力をもって戦場を駆け抜けた。人間や魔物が勝てる相手では無い」

「お前もウルクなのか?」

「違う。俺はエルフだ」

何?もう一人エルフが居たのか?

「混血だ。俺の先祖はエルフだっただけさ」


「もともとウルクとは不死身のエルフを改造して魔獣に改造した不死身の人造魔人だ。

俺は出来損ないで処分されるはずだったが、エルフの血が流れていたおかげで俺はお前たちの部品取りとして飼われていたワケさ」

このガイムという人狼は、いったいどれだけの時間をあの牢獄で暮らしていたのか。


「お前はずいぶん長いことあの牢獄にいた様だな」

「今は実験動物にされてしまったが、もともと俺はエリートだ」

「エリートだと?!」

「ああ、エルフ村の外れで生まれ、街に出て兵士として働いていたが、エルフの血筋が活かせると騙され、最後はこのザマさ。馬鹿な話だ」


「シグード・マーダー・セラセラ」

静かに呪文を唱えるとガイムは狼から人間の姿に戻った。

粗野な態度から下賤な男だと思ってたいたがガイムは美しい男だった。

「人間に戻れるのか?!」

「当たり前だ。お前は何も知らないんだな」

全裸のまま悪態をついてきた。

兵士らしく鍛えた身体をしているが下品さは変わらない。


ガイムは笑いながら教え始めた。

「おいオレス、変身は感情がトリガーとなって起こる魔法現象だ。怒りに任せると勝手に変身してしまう。

だがトリガー・ワードでも変身は可能だ。

変身を解除するのはさっきの呪文だが、感情をコントロールできないとまたウルクに戻ってしまうぞ。やってみろ」

俺、は気を鎮めながら、何度か呪文を唱えた。

「もっとゆっくり。呼吸をする様に、数を数える様にやるんだ」

ガイムは口は悪いが意外と丁寧に教えてくれる。

少しづつ野獣からふつうの人間に戻れた。

思えばあの地獄の牢獄から脱出できたのもガイムのおかげだ。


「まずは服と食い物だオレス、兵舎でも襲うか」ガイムが提案してくるが断った。

また殺し合いは御免だ。彼らだって元は貧しい農民たちだ。


サニラは立ち上がり遠くの丘を指差した。

「この先の村に盲目の修道士が住む修道院がある。そこに向かいなさい」

なるほど寺院か。

「理由を話して施しをして頂こう」

「それは好都合だ」ガイムは軽く笑った。

ガイムの態度に少し嫌な予感がしたが、背に腹は替えられない。


森の中を抜ければ丘の上にかなり古い修道院があった。たしかこの地には、いにしえの聖者の墓があり、盲目の墓守りが居ると聞く。


ガイムは全裸のままズカズカと近づいて行き、戸を叩いているが反応が無い。

おそらくヤツでは無理だろう。

俺の方から近づいて窓に向かって叫んだ。

「ヤガタ村のオレスです。すみません子供が居ます!服も食べ物もありません。お恵みを!」


年寄りの修道士が扉を静かに開ける。途中で修道士の老人の動きが止まった。

目が見えないはずなのに、こちらをジッと見ている気配がする。

「あなた方を受け入れる事はできない。他をあたってくれ」

修道士は扉を閉じようとしたところをガイムは扉を押さえつけ無理矢理中に入った

「おっと、そうはいかないんだよ。邪魔するぜ」

元兵士だったせいもあるのかガイムの態度は官尊民卑で威張りちらす街の城管どもの態度に似ていた。


部屋の中に入ったガイムはすでに祭壇の供物に手を出していた。畏れ多い事を!


「お前たちは盗賊か?」

俺は跪いて祈った。

「いえ!とんでもないことです。お詫びします」


ガイムは聖水を勝手に飲みながら言う。

「俺たちは盗賊じゃねぇよ。もし盗賊どもが出るんだったら俺たちが退治してやってもいいぜ、どこに行けば会えるんだ?」

ガイムの考えは分かっている。自分が盗賊の頭領に成り代わるつもりだ。


老僧はフンと息をつき顔をしかめた

「やめておけお前たちがどんなに強い魔物でも相手は大勢だ。ただでは済むまい」

「驚いたなぁあんた俺たちが魔物だというのがわかったのか」

「お前たちは今まで何人殺してきたんだ、隠しても血の臭いで判る」

この老僧には全て見透かされている気がした。いや、この人に出会えたのも神の偉大な導きではないか。

「子供用の服ならある。来なさい」

老人はサニラを別室に連れて行った。


ガイムはふと笑いながら俺に耳打ちした。

「きっと死体から剥ぎ取った服を着せるつもりだぜ」

「何を畏れ多い事を!」

「フン、証拠を見せてやる。付いて来なオレス」

ガイムはさっさと奥の地下室の扉を探し出して入って行ってしまった。

「こっちだオレス!」

なんてヤツだ。


古びた石段を降りれば灯りが見える。

地下には広大な墳墓が広がり、いにしえの聖者の柩と修道士たちの古い遺体が祀られていた

「ちょうどいいのがあるじゃないか」

ガイムは勝手に墳墓の棺をガラガラと開けて、中の僧侶たちの法衣を物色し始めた。

「こいつはいいね。派手すぎるかな?」

ガイムはさっさと法衣を引き裂いて自己流の着付けを始める。

雑なファッションだが、エルフの様な長い手足が伸びて神々しいまでの美しさだった。

 だが俺にはとても聖人や聖職者の法衣を奪うことなどできない。近くにあった聖人の従者らしき古ぼけた遺体から衣服を引き離した。

ガイムはカラカラと笑う。

「おいおい富める者からではなく、貧しき者から奪っていいのかい?」

気分の悪くなる言葉でガイムは煽ってくる。そういう性分なのだろう。

俺は無視してボロ布を着付け、忠義深くも哀れな従者に深く感謝の祈りを捧げた。


「おいオレス、あれを見ろ」

ガイムは奧を指した。これ以上何をするつもりだ。

「いいから来い」

むりやりガイムに引きずられて行くと、立派な扉がある。木目を見ても良い材質だと判る。

「おいオレス、なぜ灯りが点いていると思う」ガイムは声をひそめてニヤリと笑う。


「あの向こうには生きた人間がいる」

「ここは墓場だぞ?」

「シッ!静かにしろ」

ガイムは俺を押さえ付けながらまた声をひそめた。


「ただの人間じゃねぇ、おれたちと同類だ」

「まさか!なぜ魔人だと判る?」

「オレス、お前はまだ自分の能力が分かってないな」

ガイムはニヤリと笑う


俺たちは息をひそめて地下墳墓の奥へ進む。

古びた幔幕の奥に広い空間があるのを感じる。

人の気配がする…誰か居る!

闇の奧へ目を凝らすと急激に視界が開けた。

これがウルクの力か。


中はまるで礼拝堂の様な構造で、中央に棺を置く石の台座があり、その上に貴婦人風の衣装を纏った若い女性が寝ていた。

その側には立派な聖人の様な礼服を着た老人が立っていた、手にナイフの様な刃物を持っている。

老人はゆっくりと貴婦人の首に刃を当てて首の皮を割いた。血が吹き出しているのが見える。

老人は女性の首にかぶり付き血をすすり始めた。


「何事だ!」俺はこのおぞましい光景に声を上げてしまった。

じっと寝ていた貴婦人がこちらを見た。

想像していたよりだいぶ若い。

赤い瞳と白い顔が闇の中に浮かんで見えた。

「魔女!!」

今まで、あの牢獄の実験室で見たどの魔獣より恐ろしい眼をしていた。きっと魔女に違いない!俺たちは思わず後退(あとずさ)った。


「ギャアアア!」奇怪な叫び声を上げながら突然、闇の奥から赤い魔獣が飛びかかって来た。とっさに避けたが俺の腕はちぎられ血が吹き出す。

もう一撃、赤い魔獣の爪が俺の顔を裂きに来たが俺は間一髪、相手の爪を掴み止めた。

俺の左腕が青い獣毛に覆われている

 変身してたのか!

まさかこの呪われた力に助けられたとは。


俺は強引に赤い魔獣の腕にカギ爪を食い込ませて握り込んだ。

赤い魔獣は狂った様にもう片方の腕を振り回して来る。

凄まじいパワーだが、避けられないスピードでは無い、相手が腕を伸ばした瞬間、俺は赤い魔獣の脇腹を引き裂いた。

やはりいつの間にか俺の右手は再生していた。呪われた身体だ。


赤い魔獣は脇腹をえぐられて奇声を上げた。

勝てるか?俺の気が緩むのを察してガイムが叫ぶ

「来るぞ!避けろ!」

「何っ?」

赤い魔獣がいきなり口から炎を吐き出して来た。

俺は顔面を焼かれたが、そのまま相手の首に二撃目を打ち込んだ。

鮮血が吹き出し炎が逸れた。

横から狼になったガイムが体当たりで赤い魔獣を弾き飛ばすと赤い魔獣は地下礼拝堂の奥に転がって行った。

ガイムが叫ぶ

「つかまれオレス!急いでズラかるぞ!」

俺はガイムに飛び乗った。ふと奥を見ると動かない貴婦人と目が合った。首だけをこちらに向けて、じっと見つめていた。赤い瞳が光って見える。

俺は恐怖でとっさに目を逸らして逃げ出した。


走りながらガイムが話かけて来た。

「お前強いじゃねぇか!ありゃオーガだぜ!」

「オーガ?おとぎ話に出て来る人喰い鬼か?」

「魔法も使えるウルクよりも上位の魔物だぜ、まさかお前が勝っちまうとはな」

背後からあの魔獣が追って来ているのに驚くほど楽観的なヤツだ。


石段を駆け上ると修道院の礼拝堂に戻った。

ガイムは俺を乗せたままターンして待ち構えた。

「来るぞ!奥に回れ!オレス」


俺はガイムから飛び降り壁の影に隠れた。

壁の向こうから魔物がものすごい勢いで迫って来る気配を感じる。

「来るぞ!」

狼のガイムは魔物に向かって走り出した。魔物を正面に引き付けるつもりか?!無茶なヤツだ。

赤い魔獣が飛び出した瞬間、俺はオーガの脇腹を引き裂いた。勢い余って壁まで削り取ってしまった。痛みも力も感じない。まるで粉雪を削るかの様にサクサク削ってしまうのだ。


振り返るとガイムは赤いオーガの首に噛み付いていた。

オーガの背中が目の前にある。

俺は背後から全力で、オーガの背中に腕を突き込んだ、背骨を貫通した俺の腕が熱い血液の脈動する心臓を握り潰す。

赤いオーガは血の泡を噴きながら倒れた。


やった…

だがまだオーガは動いている。まだ再生できるのか!

「早く首を落とせ!」ノドに喰いついたガイムが叫ぶ。

今やるしかない。俺はオーガの頭を押さえつけた。だがその瞬間、俺の腕がちぎれ飛んでいた。

衝撃音と共にガイムも吹き飛ばされ、血を噴いて転げ回っている。


何が起きた?

全身に悪寒が走った。

理由はすぐわかった。

そこには金色のウルクが居た。

瞳が赤く光った。

「魔女!」

金色のウルクはこちらに近づいて来る。

逃げられない。恐ろしい。

俺は死を覚悟した。


金色のウルクは足を止めた。

何かを見ている。

振り返るとサニラと盲目の修道士が居た。

サニラは変わらぬ虚無の表情で歩き出し、こちらに近づいてくる。


金色のウルクは突然身を翻すと、赤いオーガを抱きかかえて風の様に地下墳墓へ去って行った。


魔獣たちを見送ったサニラはこちらを向いて言った。

「立ち上がりなさい。そして食事をとりなさい。呪われし私の子たちよ」

サニラは平然と俺たちに命令している。

この娘はいったい何者なんだ…

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