ウルクライダー
矢門寺幽太
01 悪魔の血
オルクス。
死後の世界で善悪を審判する冥界の神の名である。
ヤツらは自らの党名(パーティ)をオルクスと名乗っていた。
貴族階級の魔道士で結成された悪の秘密結社だ。
魔道士たちの身分はいろいろだ。表向きは軍人、政治家、貴族、豪商たちの上級サロンだが、裏の顔は悪魔崇拝者たちの非合法組織だ。
そいつらがパトロンとなって野良の魔術師、占星術師、錬金術師を雇い入れ人体改造を行ってきた。
この暗闇の牢獄に繋がれてもう何ヶ月になるだろう。暗く湿った洞窟には鼻を突く薬品の刺激臭と獣の排尿の異臭が漂う。
周りの獣人どもが奇声を上げる。まるで地獄だ。
あの日。
俺と妹は早朝に収穫した生花をロバに乗せて王都の街まで来た。
妹は昼には帰った。
俺は夕方立ち寄った酒場で酔った勢いで道端で眠りこんでしまった。それだけの話だ。
途中で荷車に放り投げられた気がする。
気づくと、この悪魔の牢獄に居た。
服は脱がされ、手足は鎖に繋がれていた。
闇の中から身の毛もよだつ奇声が聞こえる。見回すと薄暗い灯りに照らされ、鎖に繋がれている人とも獣ともつかない不気味な獣人が何か言葉にもならない悲鳴を上げていた。
「何だ!あれは!?」
獣人は一匹や二匹ではない。
灯火に照らされ、見えるだけで4匹いる!
狂ったような声が響いていた。
赤い布を被った悪魔どもが、獄卒に命じて俺の身体の皮を剥ぎに来た。
獄卒どもは、えぐれた形のナイフを使い、俺の皮膚を無造作に裂いて行く。
俺は激痛と恐怖で悲鳴を上げたが、この悪魔どもは実験動物を見るかの様に静かに俺を観察をしていた。
黒い医師たちが傷口に泥の様な液体を塗って行く。
血が煮えくり返り激痛が全身に染み渡って行く。
俺は泡を吹きながら気を失った。
何日が過ぎただろう。
今日も全身を切り裂かれ皮を剥がされ獣人の皮を貼られ、血の様な液を塗られる。
初めのうちは痛みも感じたが、もう感覚が無い。
この改造手術では途中で発狂してしまう者もいたが、そんなヤツはその場で屠殺されていた。
死の恐怖とワケの分からない拷問が毎日続くのだ。
不思議な事に闇の中でも目が見える。暑さ寒さも感じない。
むしろ身体は体調が良い。
俺の周りにはおぞましい怪物たちが五匹いた、元は全員人間だったはずだ。
どんな姿かは分からないが俺もすっかり獣人になってしまっているのかもしれない。
中には『エリート(選良種)』がいる。
獣人たちの奧の部屋には時々『エリート』たちが手術を受けるために出入りしていた。
仕草や会話からも貴族階級の子女に見える。
最近の俺には壁の向こう側の声や気配が手に取る様に分かる。
会話を聞いていると自ら進んで教団のために改造手術を受けたカルト野郎の男女のようだ。狂っている。
俺たちと同じ手術を受けているはずだが、見た目はふつうの人間だ。
それとも俺が受けている拷問と何かが違うのか?
牢獄にヤツらが入って来た。
初めて見るオルクスのメンバーだ。
カンテラを下げた獄卒に案内されながら、赤い衣装に赤い布の覆面をした連中が石段のトンネルを降りてくる。
中央の白い覆面の人物は紫の法衣を身に着け、金銀の細工が入ったステッキを突いている。歩き方からして貴族階級の人物だと分かる。
奥に三人の黒いカラスの様な仮面をした医師が付き従っていた。こいつらがこの研究所の責任者たちだ。
黒い医師どもが俺の身体を切り裂く。痛みはもう無い。
「回復が早い、驚異的だ」
「複数の獣人で試したが、この男には拒絶反応が無い。定着も良好。初めての逸材だな」
「もう少しエルフの液量を上げても大丈夫だろう」
赤い魔道士が頷く「わかったエルフを一度連れて来よう」
エルフ?村の伝説では聞いた事があるが、見た事は無い。実在するのか?
白い布を被って貴人らしき人物が落ち着いた声で問いかける。
「コレは我がオルクスのメンバーになれそうかね?」
赤い魔道士たちが答える。
「コイツは実験用に連れて来た百姓なので、エリートではありません。これだけ大量のエルフの血を投与して今まで生きているのが不思議な『ウルク』の成功例です」
ウルク?俺の事か?
赤い魔道士どもが一人の少女を連れてきた。
真っ白なドレスに美しい長い髪、まるで血の気の無い白く透き通った肌。そして死んだ様な瞳をしている。
足元がフラついている。
「気をつけろ、一人しか居ない貴重な純血種のエルフだ」
これがエルフか?
言われてみれば普通の人間には見えない。
エルフの少女は服を脱がされ木製の台の上に横たわった。
全身には数々の傷痕が残っている。
彼女もまた皮膚を剥がされていたのだろう。
黒い医師たちは慣れた手つきでエルフの二の腕を縛り肘の内側にメスを宛てる。
血管から細い噴水の様に血が吹き出た。
黒い医師たちは受け皿で血液を受け取っている。
さらにエルフの少女の脚にメスを当てた。
(皮を剥ぐつもりか!)
こいつらはこの子供からも生命を奪っていたのか!
俺の中でシンプルな怒りが湧き上がった。
腕の鎖がちぎれた。
「?!」
とんでもないパワーが溢れている。
「この野郎!手枷を壊しやがったな!」
獄卒が慌てて鉄のムチを振りかざしながらこちらに来た。
俺は獄卒の鉄ムチを見て、さらに怒りが込み上げ、思わず獄卒の拳を掴んだ。
「ぎゃあ!」との悲鳴とともに獄卒は血を吹き出しながらひっくり返った。
獄卒の手首は一瞬でちぎれ、俺の手の中で鉄のムチは針金の様にぐにゃりと曲がっていた。
この時、初めて自分の腕を見た。
「何だこれは!」
怪物の腕!
指先からは太い鍵爪が生え、青黒い肌に獣の毛が生えていた。腕の太さも倍近い。
まさか…
自分の顔を撫でると、硬い獣の針金の様な毛に覆われ、頬からは猪の様な牙が突き出ている。
獣の顔だ…
俺は愕然とした。
黒い医師どもが何か騒ぎながら俺に薬を浴びせようとした。
俺は薬を振り払い、もう片方の鎖も引きちぎり、医師を殴り飛ばす。二人の首が跳ね飛んだ。
赤い魔道士たちが逃げ出そうとする。
(逃すものか!)
俺は少女の横たわる手術台の上に飛び乗り、さらに地下室の入り口まで一気に飛び跳ねた。
勢い余って壁に手を着くとレンガごと崩れる。
魔道士たちは慌てて止まったが、そのまま蹴り潰した。
獄卒の一人が『エリート』の地区に逃げた。
しまった、アイツらに来られたらまずい。
見回すとこの部屋には五匹の獣人や巨大な魔獣がいる。
俺は片っ端からそいつらの鎖を引きちぎった。
解放された獣人たちは意味も無く暴れる者、無気力にうずくまる者、そのまま倒れる者。
今まで大量の薬品と「エルフの血」を投与されてきた実験動物たちだ、役に立ちそうも無い。
「クソっ!誰か!誰かマトモなやつは居ないか!」
「私を解放しろ!」
巨大な狼の様な獣人がこちらを見ていた。棘の付いた首輪と足枷がしてある。
俺はそいつの首輪を引きちぎると、指から血が吹き出した。
首輪の内側には鋭い棘が仕込んであった様だ。
奧の部屋から白い法衣を身につけ剣や槍を持った若い男女が駆け込んできた。
エリートか!
とっさに周囲の薬品瓶を投げ付けると悲鳴が上がった。
狼の獣人が叫ぶ
「私に掴まれ、脱出する」
俺は逃げ出すさい、エルフの少女が眼に付いた。まだ手術台の上で呆然とこちらを見ている。
とっさに彼女を掴んで狼に飛び乗ると、狼は凄まじいスピードで通路を駆け抜け分厚い木製の扉をブチ破った。
倉庫の様な部屋に出た、
作業をしていた下男どもを跳ね飛ばして表に出てみれば、そこは王城の搬入口だった。
「王城だと!」
「クソったれが!」狼は王城に向かって吠えた。
甲冑をまとった兵士が走って来る。
「化け物!怪物だ!」
ハッと我に返る。俺はもう人間ですら無いのか。
狼は兵士に飛び掛かり、たちまち噛み潰し
た。
「お前らがこんな姿にしたんだろうが!」
俺たちはそのまま城門を突破して森の奥に逃げ込んだ。矢が数本刺さったが、ポロリと落ちた。痛みも出血も無い。
指を見れば先ほどの傷も消えていた。
半日ほど走り、山陰の沢で一息つく。
沢で水を汲む。
水面で初めて自分の姿を見た。
(何だこの魔物は…)
薄黒く青い肌、金の瞳。高く尖った耳、山猫の様な眼と顔。顔の前に二本の牙。奥歯も左右に牙となり頬から突き出している。
ふとエルフの少女を見る。
こちらをジッと見ている。
エルフというのは神とも魔物ともつかない存在だと聞いたが、なるほど俺は邪悪なエルフか獣人か、両方の血をひいてしまった様だ。
俺はエルフの少女に近づいた。
「あいつらの言っていた『ウルク』とは何だ?俺はウルクなのか?」
エルフの少女は美しい緑の瞳でこちらを見つめながら答えた。
「ウルクはエルフから造られた人造魔人よ。今はあなたたち亜人たちから製造しているウルク=ハイの事」
「亜人?俺は亜人なのか?」俺はエルフを掴んだ。
「痛い!」エルフの少女は顔をしかめた。
想像した以上に力が強すぎる様だ。
エルフの少女は続けた。
「そう、あなたは人間でも獣でも無い。
エルフの血を注いで造られた悪魔の人造魔人よ」
「魔人…俺が…」ふと天を見上げると真昼の光が突き刺さった。
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