第6章 ふたりの門番ゲーム
第34話 その1「暗号鍵ヲ選択シテ下サイ」
私の見ている世界が再構築されていく。
『正義の天秤ゲーム』でカール王太子と対峙した王室礼拝堂は消え去り、いま私は緑と黒に支配された無機質なコンピュータールームのような場所に立っていた。左右に目をやると視線を送った分だけ空間が広がり、そこに緑色の電子機器の塊が埋まっていく。上を見れば黒く突き抜けていて天井が見えない。静寂の中、ブーンという機械音だけが重なって聞こえる。
そして、緑色の光を放つ電子機器の塊の上に、質素な白いワンピースを着たソフィーの姿をした何かが浮遊している。その手に
「あけぼのを返して!」
私の言葉が緑と黒の空間にこだまする。相変わらず金属を振動させるような機械音だけがする。
闇に覆われた目を私に向けるソフィーは何もいわない。
流れる沈黙。
しびれを切らして口を開こうとすると、ようやくソフィーからあの合成音が流れる。
「
私を見ているようで私を見ていない。まるでコンピューターを相手にしているみたいだ。
ふと現実世界の記憶が蘇る。フルダイブ型のVRゲーム――そんなものが流行っていたような気がする。ゲーム機とはいえ高額すぎて高校生が買える訳がないので、実際にプレイしたことなんてないけれども。
「コマンド? だったらあけぼのをこっちに頂戴」
「
合成音が結果を告げると抱えられていたあけぼのが光に包まれる。丸い光に包まれたあけぼのはソフィーの手から離れ、次の瞬間、彼女の胸に吸い込まれて消えてしまった。
ちょ、保護するって体内に取り込むってこと!? 私が彼に何か危害を加えるって言いたいわけ!? あんたの方がよっぽど信用できないんですけど!?
「
ソフィーの落ちくぼんだ目からは何も読み取れないけれど、私に向けての質問だということだけは分かった。私も取り込む? 冗談じゃない!
何が何だか分からないけれど、私が患者と呼ばれていることだけは理解できた。私が病人?
「我々ハ、ブレイン・コンピューター・インターフェイス・イン・メディシン。治療環境世界ヲ構築・維持シ、
「一体、私がなんの病気だっていうの!?」
「
「フォーチュネの――あの世界はどうなっちゃったの?」
「
決められた文章をただ読み上げるだけの合成音に感情は感じられない。
私は改めて自分の姿を確認する。ドレスの色や形に変わりはない、長い髪もそうだし腕の包帯もこの空間に来る前と同じままだ。私がフォーチュネの〝レナ〟のままだとすれば、
「アネットは? イムは? ふたりとも無事なの?」
「該当ノ
「ここに居るの? ふたりに会わせてっ」
「
ソフィーの合成音に反応して目の前に積み上げられた緑色の電子機器が発光する。
何もない空間に2本の電光が走るとその後を追って光の粒子が集まり出す。集結した光の粒は緋色と水色の長円形になると、一気に弾けアネットとイムが現れた。
「アネット! イム!」
宙に浮いているふたりに反応はない。駆け出した矢先に足元が揺れ、私を乗せたまま床面がせり上がる。そしてソフィーが浮かぶ位置で止まった。
「
私が近づけないように邪魔したんだ、ふたりの無事を確かめたいだけなのに。近づくのが問題行動だったの!?
飛べば届きそうな近さに居るソフィーの顔はまるで幽霊のようだ。彼女も私に顔を向けているけど、何を考えているのかその表情からは読み取れない。
ソフィーは私を治療しているコンピュータで、私は病人、そしてここは仮想空間。そう考えていくと、何かのニュースで似たようなことを見たことがある気がしてくる。確か、病人の意識、脳に直接働きかける医療技術だったような。
私は病気だとソフィーに言われた。この仮想世界に来る前、現実の世界で私に何があった? お母さんが居て、お
「
邪魔するかのようにソフィーから合成音が私の思考に割って入る。
私に何をしろって言うの! そう叫びそうになる私の視界の
「教えて、何をしたらアネットやイム、あけぼのを自由にしてくれるの? 私はもう一度フォーチュネの世界に戻りたいんだけど」
「
目の前のソフィーが青白い光を放つ。何か計算していることは私にも分かった。
ブーンという機械音が私たちの間を流れた後、
「管理者権限ヲ確認。
無機質な合成音が返答する。それってつまり戻れるってこと!?
「
「する! 入力する!」
みんなが戻ってくるならやるに決まってる。私はあけぼのを助けたいし、アネットとイムの目を覚まさせたい。
「
合成音と共にアネットとイムが私たちと同じ高さまで浮上する。
「アネット! イム!」
ふたりは目を
「
ふたりの振動が止まると同時に合成音が告げる。
白目をむいたアネットとイムと、落ちくぼんだ目のソフィーが一斉に私を見た。
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