第26話 幕間・その8「私だってやるときにはやるんだから」
決勝戦の『陣取りゲーム』が終わった夜、私たち3人は案内された貴賓室で翌日に行われるエクストラステージのことを話し合っていた。
このステージで行われるゲームに出るのは私たち3人だけ、けれども兎の男は私たち3人を争わせないと言った。それでどうやってカール王子の婚約者を決めるのか。そんな怪しげな誘い、普通だったら乗るはずもない。そうと決断できなかったのは、捕らわれたあけぼのが賭けの対象だったから。
あけぼのを取り戻したい、それは私だけのわがままで、その気持ちを言わないのはふたりに失礼だと思った。きちんと話して3人で決めないとまたバラバラになってしまう。
それに私だけじゃない、アネットにも彼女だけの事情がある。
「いや、あたしのことはどーだっていいよ」
テーブルの向かいに座るアネットは本当に不満だったのか口を尖らせる。そんな顔をされても、棄てられた民が次のゲームで関わってくると言われれば気にならないわけがない。
そこには彼女の妹も含まれる。あの兎の男の嫌らしい性格からすると、私たちの邪魔をするために何かしてくることは十分考えられる。私ですら胸がざわついてくるのだから、アネットはどのくらい不安なことか。
「イルザは大丈夫だよ。だってあたしの妹だよ。ゲームマスターが何かしようとしても返り討ちにしてやってるさ」
アネットは笑ってみせるけれど、それが強がりなのは今の私には分かる。妹のイルザが心配じゃないわけがない。私だって家族に何か起こるかもしれないと思ったら不安になる。母さん、お父さん、あと姉さんだったかお兄さんだったか。
現実の自分のこととなると
「アネットと戦った時みたいに、またアネットの仲間がゲームに利用されると思う。そうなったらあけぼのなんかよりアネットの仲間を救うことを考えた方がいいと思う」
「それはあたしの問題だって言ってんだろ」
「私だって一緒に考えてもいいでしょ。私たち3人の問題はみんなで考える、さっきそう約束したばかりじゃない」
「だーかーら、こうやって話してんだろ。あたしの事なんかよりあけぼのを救うのが大事だ」
「アネットの仲間や妹のことを考えるのも大切でしょ」
「あたしたちが生き残るにはあけぼのの知恵が必要だ」
売り言葉に買い言葉、いら立ったアネットが身を乗り出せば、私だって負けじと立ち上がる。テーブルを挟んでにらみ合う私たちに、椅子に座って片足をぶらぶらとさせていたイムがひと言、
「イムにはよく分かりませんけど、おふたりの話、両方取っていいと思うの、デス」
思わず目が点になって、私とアネットが顔を向けると、
「どちらかだけなんて、誰も決めてないの、デス。どちらも取れば勇者さまもアネット様も幸せ、イムは勇者さまとずっと一緒にいられて幸せなの、デス」
小さな肩を上げてニッコリと微笑む。
3人の中で一番幼く見えるイムの無邪気な笑顔に毒気を抜かれた私たちは、お互いに気まずくなって無言で椅子に座り直した。子どもにたしなめられるなんて恥ずかしい――あれ? でも、この中で最年長ってイムじゃなかったっけ?
もう一度イムを見たが、目が合った彼女は更にニコニコしたので年齢のことを考えるのはやめた。
それから私たちは、改めて状況の整理と今後について話し合った。
まず、私たちは次におこなわれるエクストラステージのゲームに参加する。
兎の男が言った「私たち3人で競うことはない」という言葉は、ゲームであれば自分が不利になることでも認めてきたこれまでを考えると嘘ではないと思う。その代わり、あけぼのや棄てられた民を使ってゲームを有利に進めようとするに違いない。兎の男が用意した誰かと私たちがゲームをさせられる筈だ。
あけぼのを捕まえたのは私たちをリタイアさせないことが目的なのだから、できればゲーム開始前に戻してもらうよう話をしたい。これがうまくいってあけぼのを取り戻せれば、あとは棄てられた民のことだけ考えればいい。
それとゲームに勝利した場合の約束もきちんと取り付けておかなければならない。
私たち3人はカール王太子の婚約者になることを諦める代わりに、このデスゲームのリタイアと棄てられた民の旧都からの解放を求める。ここは随分と虫のいい話だと思うけれど兎の男は乗ってくると思う。何故なら、
「あたしたち全員を殺すことが目的って思うのかい、レナは?」
「多分だけれど。ゲームマスターが一番いやなのは私たちがゲームから抜けること。だから私たちがリタイアしないようある程度の条件は受けるしかない」
「その代わり、負ければあたしたち3人の命をもらうって訳か。なるほど、あたしたちを戦わせることにこだわってないのはそーゆーことか――ん? それじゃ、このゲームってはじめから参加した全員を殺すことが目的ってことか!?」
声を荒げるアネットに私はうなずく。イムは分かっていないのか不思議そうな顔をして小首をかしげる。
はじめから全員を殺害したいのであれば、集めた段階でそうすればいい。それをしないのは何か理由があるのだと思う。たぶん、このデスゲームでしか命を奪ってはいけない制約か何かがあるのかもしれない。
カール王太子の婚約者となる令嬢候補をひとり選ぶのではなく、令嬢候補を集めてデスゲームで皆殺しにする――私たち3人がチームを認められたのもそれが目的であることの裏付けになる。
「なんだか頼もしくなったな、まるであけぼのみたいだよ」
「なっ。あんな生意気で人を見下すことを趣味にしてるような猫と同じ訳ないでしょっ」
「そーは言っても急に理屈っぽくなるところとか。なぁ、イム?」
「長い間一緒にいると考え方とか似てくるもの、デス。イムの仲間もそうなの、デス。家族とか恋人とか似てきます、デス」
「いやいやいや。私、あけぼのとは数日しか一緒じゃないから。似ようがないから!」
ふたりの視線が私の顔に集中したので恥ずかしくなって机をバンバンと叩く。ますますニヤニヤしてくるふたりに悔しくなる。
なんとか言い返してやろうと思ったけれど、全くの間違いではないと思い直した私は頬杖をついてしかめっ面をするにとどめた。
似ているといってもそれは性格ではなく、「トリックスターの遊戯」というアニメをお互いに知っていたということだ。この作品の名前をあけぼのに聞かされてから、私はそのストーリーを少しずつ思い出していた。
この世界は「フォーチュネイト・エターナルストーリー~君が巡る永遠~」と「トリックスターの遊戯」が混じり合ってるんだ。
「イムも早く勇者さまに似たいの、デス」
「はは、歳の順から考えると、レナがイムに似てくるんじゃねーのか」
「イムはそれでもいいの、デス。勇者さまと一緒になりたいの、デス」
「あー、なれなれ。なんならあたしも入れて3人一緒でいいぞっ」
「嬉しいときは、ありがとうなの、デス。勇者さまが教えてくれたの、デス。アネット様も一緒なの、デス」
変な方向に話が盛り上がっているふたりを見ながら私はこれからのことを考えた。
予想どおりなら次のゲームも正攻法では勝てない。
これまで対戦してきたゲームは「トリックスターの遊戯」に出てきたゲームだったけれど、私たちはこの物語に出てきたクリア方法ではないやり方で生き残ってきた。それは私がデスゲームからリタイアしたくて引き分けを望んだせいで、そんな私のわがままをあけぼのが物語には無かった方法でクリアしてくれたからだ。
だから次のゲームも3人でリタイアを目指すなら、主人公の春夏秋冬司がやっていたクリア方法ではなくて対戦相手も生き残る方法を新たに考えなければならない。
ゲームの内容は分かってる、後はどう相手の考えの裏をいくかだ。
一瞬、ブルーとジェードグリーンの目を細めて笑う小猫の顔が脳裏をかすめた。私の中の彼はいつも私を子ども扱いする。
私だってやるときにはやるんだから。あんたみたいに上手に出来るかは分からないけれど。
「アネット、イム、聞いて欲しいんだけど」
ふたりが同時にふり返る。
「明日のゲーム、こんな作戦はどうかな――」
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