【完結】悪役令嬢×デスゲーム -デスゲームで生き残るなんて絶対無理なので、生意気な猫とリタイアを目指すことにした-
第18話 幕間・その4「人の枠を外れた才能があるのか、そうでなければ単なる変人だな」
第18話 幕間・その4「人の枠を外れた才能があるのか、そうでなければ単なる変人だな」
「これでどうだい」
アネットが手作りの松葉杖をイムに手渡す。イムは右手で受け取ると杖にすがって立ち上がる。が、歩けるかといえばそれには補助が必要そうに見えた。
それにしてもアネットは本当に器用だ。
空飛ぶ小さな妖精に案内された部屋に入るとすぐに、彼女は部屋の隅々を見渡して座面の高い腰掛け椅子に駆け寄った。何をするのかと尋ねると「いーからクッションと紐かリボンを持ってきて」と言って、自分は懐から取り出したナイフを使って腰掛け椅子を分解し始めた。そしてあっという間に簡易的な松葉杖を作りあげたというわけだ。
アネットは彫刻のように整った顔立ちをした令嬢だけれど、中身はというとやんちゃな小学生男子みたいに思える。黒いレースのリボンで高く結い上げた赤髪も、緋色の切れ長の目も、とても女性っぽい筈なのに男の子のように感じるのは不思議だ。
「元の姿に戻れば歩けます、デス。でも、勇者さまとお話しできなくなるので、イムはこのままでいいの、デス」
松葉杖と片足だけで歩こうとするイムを支えると、彼女はそう言って私にしがみついてくる。
ウェーブがかった水色の長髪に透き通るような白い肌、細かい刺繍が施されたドレス。こうやって近くで見るとこの少女は本当に精霊みたいだとつくづく思う。
美しくも可愛い。私も思わず抱きしめ返す。私のことを「勇者さま」と呼ぶようになったけれど、それはそれでたまらない。
『勇者と助けられた魔物ゲーム』を引き分けたことでイムは私とアネットのチームに入った。条件はアネットの時と一緒、私たち3人のうち誰かひとりでも負ければ3人とも敗北。「これで負ける確率が3倍になった」とひとりだけ毒づいたけれど、それが誰かは言うまでもない。
「まったく呑気なことだ」
私たちを見て嫌味を言ったのはあけぼの。灰色のロシアンブルー、ブルーとジェードグリーンのヘテロクロミアの小猫だ。
彼は私たちに近づくことなくアンティーク調に統一された部屋の中を見て回っていたが、今は出窓のカウンターに乗って外を見ていた。
私たちが案内された客室は今朝の部屋とはまた違っていた。3人、いや、3人プラス猫一匹になったことで、大きな客室をあてがわれたんだと思う。
入ってすぐはリビングのような空間でテーブルやソファなどがある。更に幾つかの扉があって、ベッドルームやバスルーム、書斎などに繋がっていた。ちなみに廊下に出るための扉はやっぱり開かなかった。
「また外に出たいってわけ?」
「見られるものは全て見ておきたい、それだけだ」
窓の外を見つめたまま、あけぼのは素っ気なく応える。こういうときの彼はこちらを見下しているようで嫌いだ。けれども、今日のゲームでも私を助けてくれたので心底悪い奴ではない、と思わないでもない。
抱きつくイムを椅子に座らせた私は、出窓を押し上げて少しだけ隙間を作ってやる。
昨夜よりも湿った夜風が流れ込んできて私から体温を奪う。
「ところで少しは何か思い出せたか?」
出窓の隙間から暗い夜を覗きながら、あけぼのは私にだけ聞こえるように小声で尋ねた。
これまで何度か彼には同じようなことを聞かれ、私はフォーチュネのことなのか、それとも現実世界のことなのかを考えていた。
今いるここ、フォーチュネのことであればプレイした限りのことは思い出しているといっていい。
中学から高校に上がるまで、自室に籠もってかなりやり込んだ記憶がある。だからポニーテールにしたアネットはフォーチュネの体育祭イベントの〝レナ〟にどことなく似ていると気づいたし、イムは〝レナ〟がまだ父親に愛されていた幼少期の回想シーンの時の姿っぽいと感じた。
そう考えると、私がここで意識がはっきりとした時に見た最初の令嬢も、どこか雰囲気が〝レナ〟っぽかった。このデスゲームではたくさんの〝レナ〟を集めて何かをしようとしている? と思わなくもない。
けれども、この部屋に案内されるまでの廊下でそれを話すと、あけぼのは私の肩の上で大きく溜め息をついたので、彼が求めている回答はこれじゃないと分かる。すると、現実のことか、それともデスゲームのことなのか。
そういえば、あけぼのは最初に自分の姿を見てなにか思い出さないか、と聞いてきたな。どんなに考えても出てこないものは出てこないけれど。
「私の人生17年、そこそこ猫とは会ってきましたが、あんたみたいに偉そうにしゃべる猫とあったことなんてないし、ましてやデスゲームなんてした記憶はないんですけど」
素直に答えるのもしゃくだったので、私なりに嫌味をまぶしてみたが、あけぼのはきょとんとした顔をしたので、私はもう一度くり返した。
「しゃべる猫なんかと会ったことないって言ったのよ」
「玲奈。お前、頭、大丈夫か? 人語を話す猫なんているわけないだろ」
ちょ、あんたがそれ言う!? 覚えてるか? って聞いてくるから一生懸命考えていたのに。
「お前らしいといえばお前らしいが。そこだけは未だに理解できない。ホントお前は、人の枠を外れた才能があるのか、そうでなければ単なる変人だな」
なに、その嫌みったらしい言い方!
イラッとして言い返そうとした瞬間、急に黒髪の女性が脳裏に浮かんだ。
それはアニメの1シーンで、その女性はいつも皮肉を口にしながらも難問を解決していく主人公だった。そのキャラの口癖が「私が理解できないということは、君、人の枠を外れた才能を持ってるか、単なる変人か、そのどちらかだわ」。
あの時の私はどう接していいか分からずフォーチュネに逃げていて、このアニメが面白かったから少しずつその人と話していけるようになったんだ――あれ? 私は誰と話せるようになったんだっけ? 分からない、思い出せない。
私が固まっていると、あけぼのは窓をくぐって窓台で立ち止まった。そして私の方にくるりと顔を向けると、
「思い出せないのならばこれだけは伝えておく。次のゲームからは引き分けはない。どちらかが必ず死ぬ」
ブルーの目が月光を反射する。「いつまでも俺に頼るな」と言われたようで、私は言葉が出てこなかった。自分なりにやってきたけれど、出来ていたのかと改めて聞かれると自信がない。
迷っていた私を横目にあけぼのは薄く笑うと闇の中にひょいとその身を投げた。慌てて窓越しに下を見ると、彼は昨夜と同じように控え壁の上に立っていた。
彼は一瞬、こちらを見たような気がしたが、その声は聞こえるはずもなく、やがてただ黒いだけの夜の中に溶けていった。
次のゲームからはどちらかが必ず死ぬ――彼の言葉が蘇る。どうして断言できるんだろ、彼はこの世界の何を知ってるんだろ。
見えるはずもない彼の背中を探していると急に肩を叩かれた。
驚いてふり返るとアネットの笑顔があった。
「あのいけ好かない使い魔もいなくなったことだし、あたしたちはあたしたちで楽しもーぜ」
彼女は親指を立てて後ろの扉を指したが、それが何を意味するのかこの時の私には分からなかった。
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