第17話 その7「それに、今はあなたが私の勇者さま、デス」


 ステージの上で兎の男は固まった。あけぼのに自分が追加したルールの不備を突かれてそれを自覚したからだ。私たちを追い詰めるはずのルール追加が兎の男を締め上げてる。

 兎の男が認めたカードの復活は使用済みカードに限定され捨てたカードには適用されない。

 ならば自分にとって不利なカード――魔王のカード――このカードを捨ててしまえば魔王陣営は決して負けない。後はひたすら助けられた魔物のカードを復活させて出し続ければ必ず勝てる。


「兎男。お前はイムのカード破棄を無効とするか、逆に復活時に破棄されたカードも選択できるようにするべきだった。だが、それを選ばなかった瞬間、俺たちの勝ち筋がなくなりイムの勝利が確定した。お前がルールに手を突っ込んでゲームを壊し、一方的な殺戮ショーにしてしまったんだ」

「そんなもの、結果論に過ぎないでしょう! 後からいくらでもこじつけられます」

「こじつけなのはお前の方だ。イムを助けるために俺たちが負けを選ぶのか、それともイムを見殺しにして勝ちを取るのか、お前はその残酷な選択を俺たちに強要したかっただけだ。それを尤もらしい言葉で誤魔化した結果、イムが勝利する場合についてまで知恵が回らなかったというわけだ」


 そこまで言うとあけぼのは顔をしかめて兎の男を見上げる。兎の男はといえば、何も言えずに人形を強く握っている。

 いったい幾つの可能性を積み上げてあけぼのはここまで辿り着いたんだろう。

 イムが勇者にこだわり続ける可能性、助けられた魔物のカードを出し続ける可能性、体の一部を捧げて復活を選ぶ可能性、魔王のカードを捨てる可能性、そして捨てたカードは復活できない可能性。それ以外にもまだまだ積み上げた可能性があると思う。彼はそれを全てやってのけたんだ。


「なぁ、これってゲーム無効ってやつじゃねーか?」


 イムを支えていたアネットが声を上げる。

 そうだ、アネットの時と同じように引き分けにできれば、イムが捧げた体の一部が戻ってくるかもしれない。

 私は急いであけぼのを見た。けれども、彼は長い尻尾をテーブルから垂らしたまま何も言おうとしない。ならば私がと口を開きかけた瞬間、


「いいでしょう、『勇者と助けられた魔物ゲーム』は引き分けとします」


 今まで聞いたこともないような低い声が兎の男から降ってきた。

 見れば、肩を怒らせて敵意を剥き出しにして私たちを見下ろしている。これまでスマートな身のこなしを意識していた兎の男からは想像できない姿だ。

 兎の男がどれぐらい悔しがっているかはともかくとして、私は喜ばずにはいられなかった。だって、引き分けならイムの体が戻ってくるのだから。

 顔をくしゃくしゃにしながらアネットが力強くイムを抱きしめる。負けじと私もふたりを抱きしめる。イムはイマイチ理解できていないようだったが、それでも私たちの間でニコリと笑った。


「何をはしゃいでいるか分かりかねますが、わたくしは引き分けと申し上げました」


 宙に浮かぶ兎の男が、うなるような低い声で私たちを制止した。


「だからなかったことになんだろ、このゲームは」

「いいえ。ゲームは成立し、引き分けとなったのです」


 あ! 無効と引き分けじゃ違うってことなんだ! 無効じゃなきゃゲーム中の出来事はなかったことにできない。だったらこのゲームを無効にしなくちゃ。


「玲奈、それは無理だ。無効にはできない」


 ふり返ることなくあけぼのが言い放つ。どうして無効にできないの? 助けてくれないの?


「きちんと自分の頭で考えろ。イムはこのゲームで勝利条件を満たし、勝者として願いを叶えてしまった。この状況でゲームを無効にした場合、イムが勝利して手に入れたものはどうなる?」


 あけぼのに冷たくあしらわれ、私は冷や水をかけられたような気分になった。

 イムはまだ全てを分かっていないようなのに私に微笑み返し、アネットは全てを理解したのか私に「任せるよ」と呟いた。

 手に入れた物と失った物、どちらかを手に入れるにはどちらかを手放さなければならない。けれども、それを決めるのは私じゃない。私に必要なのは、それを知る覚悟があるかどうかだ。

 私はふたりを見て唾を飲み込む。彼女がどちらを選んでも私は受け入れる――私は大きく頷くと、確認すべきことを口にした。


「イムちゃんは、腕とか足とか、無くなった体を取り戻したいとは思わない?」


 私は今、どんな顔をしているだろう、単に自分が楽になりたいと思ってイムにひどいことを聞いてしまったのではないか。

 けれども、イムは口元を上げると、私にニコニコと笑って見せた。


「イムは、勇者さまと同じ言葉でお話しできるように魔女に頭の一部を渡しました、デス。そして、勇者さまに会うために目とか耳とか腕とか足を使いました、デス。そしたらちゃんと勇者さまに会えて、勇者さまにお礼が言えて、お話しして、いっぱいいっぱい、楽しかった、デス」


 左目だけを真っ直ぐに向けるイムの爛漫な笑顔に、私は自分自身が恥ずかしくなった。

 イムは400年の月日をかけて、追い求めていた勇者にようやく会うことができた。そして彼女は勇者が目指した未来を見たいと言った。それを見せるって私は約束したんじゃないのか。


 私が言葉に詰まっていると、イムは急にもじもじし始めた。どうしたのかと顔を向けると彼女の右手が頬に触れた。

 

「――それに、今はあなたが私の勇者さま、デス」


 片目を潤ませ、恥ずかしそうにイムが呟く。


 ズルいよ、私が聞く前に答えてしまうなんて。そんな風に言われたらもう何も聞けないじゃない。

 私は彼女の手を取るとギュッと抱きしめた。イムは目を丸くして驚いたがそんなこと気にしない。

 アネットは腰に手を当てて笑顔をこぼす。あけぼのは背を低くして肩越しに私たちを黙って見ていた。


「『勇者と助けられた魔物ゲーム』、両者引き分けにて終了です」


 兎の男の抑揚のない低い声が終わりを告げた。


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