第16話 その6「お前はこのゲームをゲーム以下の存在にした」


 渓谷の橋上でおこなわれた『勇者と助けられた魔物ゲーム』は、信念を貫きとおしたイムの勝利で終わった。つまりそれは私たちの敗北を意味していた。


「敗北しました勇者陣営のレナ様、アネット様にはペネルティを受けてもらわねばなりません」


 兎の男は仮面の上から口元を押さえて笑いを堪える。本当にこいつは全ての人をゲームの駒ぐらいにしか思ってないんだ。

 

「ゲームマスター。イムは願いが叶いました、デス。勇者さまは生きているって分かりました、デス。だからこのゲームはイムの負けでいい、デス」


 私の胸の中でイムが声を上げる。

 なに言ってんのよ、もうこれ以上イムが苦しむ必要なんてないんだよ。ごめんねアネット、私、負けちゃった。


「ゲームが終了した後の変更は何人なんぴとも許されません。ゲームのみがこの世界の理です。ゲームにより決定したことは必ず実行しなければなりません」


 くるり、と首を回し、兎の男が私を見る。仮面に隠されてその表情は見えないはずなのに、これから起こるであろう出来事に笑いを隠せていないのが分かった。

 私たちへのペナルティ――それは【奈落】へと落とされ消滅すること、それはこの世界での死を意味していた。


「笑わせるなよ、兎男」


 何も言えない私の前に灰色の小猫、あけぼのがゆっくりと進み出た。ぴくり、と兎の男の指が動く。


「今なら俺は何も言わない。お前の安いプライドを守ってやる。引き分けにするなら今だぞ」


 言い終わるとあけぼのは背中を高く上げて伸びのポーズをする。こいつが一番、どこまでも偉そうだ。【奈落】がステージの真下までせり上がりつつあるというのに、私たちを見下していた兎の男を更に上から見下している。


「これはこれは。負け惜しみにも程があります。また前回のようにルールの不備を突いて卑しい勝ちを拾いにいくのですか。あまりにも見苦しい、それで貴方は恥ずかしくはないのですか?」

「俺は忠告したぞ。選んだのはお前だ、それでいいな?」

「はは、最後の言葉として承りましょう。貴方はわたくしに見当外れな忠告をした、と」


 兎の男の言葉に反応した【奈落】がステージの真下で大きな口を開ける。

 この世界で意識が覚醒したときから何度となく見てきた【奈落】。空間を裂き、黒く蠢く闇が顔を覗かせ、細かく震える縁がこの空間を浸食していく。その存在を見ただけで恐怖を覚えるのは、死を直感的に感じるからだ。光をも飲み込む漆黒の闇、ここに入ったら何もかもが無になる、それだけは分かった。


「さて、レナ様、アネット様、そして口数の減らない生意気なアクセサリー殿、誰から落ちていただきましょうか――なんでしょうか? ふむふむ、そうですか。皆さま、その順番はこのソフィーが決めたいそうです!」


 ひとりで女の子の人形と話していた兎の男がひとりで宣言する。人形が動くはずがないのに、それでも何故か、一瞬、目が合ったような気がした。それだけではない、動かないはずの人形の腕が微かに動き、私を指差した――ように見えた。

 刹那、私の視界の端を灰色の塊が横切った、あけぼのだ。

 彼はゲームテーブルに飛び乗ると、


「今この瞬間、お前のせいでゲームではなく一方的な殺戮ショーとなった。それを世界の理と言い張るなど、自分を正当化するにしても茶番に過ぎる。いっそ、俺たちが気にくわないから殺したいと言ったらどうなんだ? まぁ、そんな度胸などないのだろうがな」

「あけぼのさん、でしたか。貴方、このわたくしを愚弄する気ですか。なんのルールもなく人をあやめるなど単なる野獣、犬畜生ですら主人のルールには従うというのに、わたくしをそれ以下だとおっしゃりたいのですか?」

「お前の作ったルールは破綻した、なのに俺たちを【奈落】に落とそうというのだからな」

「いいでしょう!」


 兎の男は地団駄を踏んだかと思うと宙に浮かんだ。私たちを見下ろす位置に移動することが兎の男にとっては重要なのかもしれない。


「そこまでおっしゃるのなら聞かせていただきましょう、わたくしのルールの何がおかしいのかを。ですが覚悟してください。話が終わったとき、貴方は単に【奈落】に落とされるのではなく、その体を一片ずつ切り取りながら落としていきますからね」

「随分と悪趣味なことだ」


 あけぼのは人間のように大きなため息をつくと、


「お前は5枚のカードで対決するのがルールだと言ったが、体の一部と引き換えにカードの復活を認めたことでイムは実質5枚以上のカードで対決したことになる。これはルールの破綻といえる」


 そうか。はじめに配られた5枚のカードは、1枚ずつ使って消えていくから一度使ったカードはもう使えない。それなのにイムは身体の一部を対価に1枚しかない助けられた魔物のカードを何回も使っている。

 1枚しかないカード、しかもそれが切り札なら、何度も使えたら一方的に有利になる。体の一部を捧げるとはいえ、それってどうなんだろ。

 あけぼのの指摘に、兎の男は呆れたように首を振った。


「それで破綻と言いつのるとはなんとも浅はか。よしんばそのルールがイム様だけに適用されていたならば、ゲームは破綻していたのかもしれません。しかし、このルールは勇者陣営、魔王陣営のどちらにも適用されました。アネット様が敗北していれば当然にしてこのルールを使っていたでしょう」


 確かにそうだ。イムが勇者と話すことにこだわっていたから、私たちは戦士のカードを出し続けて負けなかっただけ。もしそうでなければ私たちが体の一部を差し出して復活ルールを利用してたかもしれない。

 心配になってあけぼのを横目で見ると、彼はテーブルの上で大きな口を開けて欠伸をしていた。なんで落ち着いてんの、余裕で反論されてるよね、私たち。

 イラつく私をチラリと見てから、あけぼのは面倒くさそうに兎の男に目を向けた。


「まだ分からない馬鹿なお前にもう少しだけ付き合ってやる。復活について、お前はもう1つルールを追加した。復活させられるカードは使用したカードのみ、捨てたカードは復活させられないと」

「それはそうでしょう。プレイヤー自らがカードを破棄したのです。それを救済する必要はありません」

「カードを捨てたことで選択肢が減り不利になっても自業自得。一見、それは正しいように見える。しかし、それが許されるのであれば、俺なら真っ先に捨てたいカードがある。特に魔王陣営ならば」

「何を馬鹿な――」


 そう言いかけて兎の男の動きが止まる。なにかに気づいたように仮面に触れていた指先が震え始めた。

 魔王陣営で捨てたいカード、それは自分にとって弱点になるカードのこと。そのカードがなんであるのか私にも分かった。


「カードの破棄を認めた瞬間、お前はこのゲームをゲーム以下の存在にした」


 あけぼののブルーの左目が光った。


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