第12話 その2「そこまで賭けてる相手をレナはどうやって止めるんだ?」
王城を取り囲む森林の一角にある小さな渓谷に設けられたステージで、私たちは『勇者と助けられた魔物ゲーム』のカード対決を続けている。
左右に広がる緑の森によって切り取られた空は碧く澄んで綺麗だったのに、それに心が動かされなかったのは、今のゲームがあまりにも一方的だったからだ。
お互いに手札から1枚のカードを選び、カードに書かれた役割に変身することでカード対決の勝敗が決まる。
5回おこなわれるカード対決で、私たち勇者陣営は勇者のカードで魔王を倒すこと、魔王陣営のイムは助けられた魔物のカードで勇者に話しかけなければならない。
そして今、3回目のカード対決が終わった。
「なんで止めんだよ。レナだって分かるだろ、向こうは確実に助けられた魔物のカードこだわってんだ。それで自滅するってんなら――」
「私だって分かってるよ!」
ステージの中央に向かおうとしたアネットの腕を力任せに掴む。もうこれ以上アネットに戦わせられない。このままだと相手のイムは体を削られてボロボロになってしまう。
カード対決の勝敗は、カードを使ったプレイヤーの身にも同じ運命が訪れる――敗れた方は吊り橋の下で口を開けている【奈落】へと落とされ消滅する。それを回避するには自分の体の一部を媒体にして復活するしかない。負けた方は文字どおり体を削って次のカード対決に臨む、それがこのゲーム。
戦士のカードは魔王以外には負けない。対して助けられた魔物のカードは勇者に語りかけることができるだけで戦士には勝てない。魔王のカードを使えば一回はカード対決で勝てる、私たちが勇者のカードを使わなければ。
それなのにイムは、自分の左耳、右目、左手を失うことになっても3回連続、助けられた魔物のカードを使い続けている。
どうしてイムはそんなに助けられた魔物のカードにこだわるのか。
「あけぼの! あけぼの!」
名を呼ぶ私の視界の端から灰色の塊が飛び込む。
ロシアンブルーによく似たあけぼのは、一気に駆け上がると私の肩に乗った。
「今の状況はイム自身わかっていたはずだ。それでもイムはそれを望んだのならば、俺たちは冷静に勝ちを拾いにいけばいい」
「そんなの。あけぼのはそれでいいっていうの!」
「こんな分かりきった殺人ゲーム、俺が好きだと思うか」
「だったら、どうして何もしないの」
「お前は分かってない。俺はあの兎男もこのゲームも心底不愉快だが、それでも玲奈が勝てるならと我慢してるんだ」
「私のために我慢? ふざけないでよ!」
アネットから手を放し素早くあけぼのに手を伸ばす。いつもだったら素早く身をかわす彼だったが、会話に熱くなっていたのかあっさりと捕まえることが出来た。
「私に聞きもしないで勝手に決めて、何が私の為なのよ!」
「ならばどうしたい? 自分ひとりでは何もできないくせにまた俺に頼るのか?」
「一緒に考えてくれてもいいじゃない!」
「何をだ? また引き分けにしろとでも言うのか? お前だってこのゲームは引き分けがないことぐらい見ていたはずだ」
「何よそれ? 見たってどこでよ? 現実世界のことなんてなんにも覚えてないわよ!」
「こんなところで仲間割れなんて勘弁してくれよ、ふたりとも」
横から手が現れたかと思うと、アネットが私からあけぼのを取り上げた。
彼女は私に威嚇音を飛ばすあけぼのを胸で押さえつけると顔を寄せ、
「あたしはレナの味方だよ、レナがやりたいことに全力で協力するし、レナを全力で守るよ。だから少し冷静になろう、な?」
ふわりと、アネットの甘い香りが私の鼻をくすぐった。
彼女の緋色の瞳を見て、私はさっきまで彼女を止めていたはずなのにいつの間にか彼女に止められていることに気づいた。アネットに止められてどうするのよ私、落ち着け私。
気づけば、アネットの胸に埋まっていたあけぼのもおとなしくなっていた。
「あたしが戦士のカードで出続けば、2、3回はレナを守れると思ってた。もしかして向こうが魔王のカードを使ってきたとしても、そんときぁ、あたしが死んでレナが残るからそれでいいと思った」
「それでアネットが【奈落】に落とされたら意味ないよ」
「ありがとな。でも、勝つにはそれが一番確実。このデスゲームって、勇者が魔王を倒すとか、助けられた魔物が勇者に話しかけるとか、そんなゲームじゃねーんだ。5回のカード対決で生き残ってられるか、そんなゲームなんだ」
「それは半分正解で半分不正解だ」
アネットの胸から顔を出したあけぼのが口を挟む。
「なんだよ、あけぼの」
「カード対決を5回おこない、どちらが生き残るかというゲームの本質を見抜いたのは正しい。だが、お前が死ぬことになればレナも死ぬぞ」
「なんでそーなんだよ」
「あの兎男はカード対決で負けて復活するには体の一部をアネットと玲奈の両方からもらうと言った。つまり、プレイヤーは1人でもペナルティは2人に受けてもらうということだ」
「だったら、あたしが出しゃばってプレイヤーやってたって意味ないじゃん。なんで止めねーんだよ、恥ずかしい」
怒りながらも耳を赤くするアネットにあけぼは、
「アネット、お前が出れば時間稼ぎになる。それに万が一の時にはごねる材料にもなる」
「なんだよ、あたしは思いっきり捨て駒かよ」
「それもあるがそうではない。相手の微かな変化を感知する役目はお前の方が適任だ、鈍感で心の機微が分からない玲奈よりな」
この猫、アネットに抱かれておとなしくなったと思ったら、生意気な態度はやっぱり変わらない。
言い返そうとする私をウインク1つで止めたアネットはあけぼのを地面に降ろすと、
「つまり向こうを、イムの動きを見極めるのに時間が必要だったというわけだ」
「そしてこの4回目のカード対決で予測が確信に変わる」
「へいへい、それを見極めてくるのがあたしの役目、と」
そして視線を交差させニヤリと笑うふたり――って、なんでふたりだけで通じてるの! 私ぜんぜん分かんないんだけれど!?
「そーじゃないよ、レナ。もしもあたしたちの予想が当たってるとしたら、レナに辛い選択を迫ることになるからね。そーゆーのはあたしに任せな。いままで
「だから、私だって分かってる! たぶんイムは、本物の、400年前の魔物なんだよね。そうじゃなきゃ、こんなに魔王陣営に固執しないよね」
「なぁ、レナ」
アネットが私の両肩を掴む。その力強さに私の口が止まる。
「レナがそうだと気づいたのってカード対決をして何回目だ? 1回目か? 2回目か? それとも今か? レナが気づく間にイムは何を失った? 左耳、右目、今は左手。そこまで賭けてる相手をレナはどうやって止めるんだ?」
彼女の言葉に私は固まった。
アネットを見て、あけぼのを見て、そしてイムに視線を移す。
ステージの中央に立つ水色の少女は、やはり人間には見えなくて、それでもここにいる誰よりも強い意思を持っているように感じた。
長髪に隠れているけれど左耳を失い、手で押さえている右目はすでになく、反対の腕はない。それでも立っているのはなんのためか。
彼女の水色の瞳が私を捕らえる。そこに憎悪はない。白く透明なその顔には、ただ最後までこのゲームを成し遂げたいという強い意志だけを感じた。純粋に、勇者と話したいというだけの一途な想いを。
私は、彼女がここまで身を犠牲にしてようやくそのことに気づいたんだ。
「だが、そうじゃないかもしれない」あけぼのが呟く。
「そう思わせるためのイムの作戦かもしれない」
「なんてこと言うの!」
「あらゆる可能性を考えるときは極端から極端へと考えるべきだ。そうすれば自分の選択は正しくなることが多い。そして、それをするためにはある程度の観察が必要だ」
そう言いながらあけぼのはアネットの肩に登る。
「お前はそこでよく見て思い出すんだ」
またそれ? 私に何を考えろっていうのよ。
言い返そうと開きかけたところで兎の男の声が響いた。
「これ以上は待てません。プレイヤーはすぐに中央へ」
兎の仮面と抱かれていた人形が怪しく笑ったように見えた。
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