第3章 勇者と助けられた魔物ゲーム
第11話 その1「私はこんなゲーム、もうたくさんだよ!」
『勇者と助けられた魔物ゲーム』――それが第2回戦のゲーム名だった。
王城の背後に広がる森林の一角にある小さな渓谷、そこにまたがる吊り橋の中央に設けられたステージ上で、私とアネットは相手の令嬢に苦戦していた。
「次もあたしに行かせてくれよ。あたしができることなんてこんなことぐらいしかないんだから」
そう言ってステージ中央に向かおうとするアネットの腕を、私は力一杯に引いた。
このままじゃ、相手の少女――イムが死んじゃう!
「次はイムの左手を捧げて復活します、デス!」
水色の長髪に水色のドレスの少女が大声で宣言すると、ステージに立つ兎の男が指を鳴らす。刹那、イムの左手が消え、彼女は悲鳴を上げて倒れた。
「イム様の左手を媒体にすることによりイム様は復活となりました。それではゲームを続けます。それぞれ次のカードを選んで中央にお進みください」
黒タキシードを着た兎の仮面の男の声は、相変わらず人を見下したように冷たい。
けれどもイムは、その言葉におとなしく従いヨロヨロと立ち上がる。
左耳や右目だけでなく今度は左手も失ったのに、それでもまだこんなゲーム続けたいの? 私はこんなゲーム、もうたくさんだよ!
◇ ◇ ◇
会場となる渓谷に到着し、兎の男からルールの説明を受けた後、あけぼのはひと言「今度はこのゲームか」と呟いた。
何のことなのかと尋ねようとしたが、彼が汚物を見るかのような目で兎の男を睨んでいる顔が怖くて聞くことはできなかった。
『勇者と助けられた魔物ゲーム』――これはフォーチュネの舞台となる聖ブリリアント王国を建国した勇者のお話しだった。
400年前、突如現れた魔王とその軍勢は人間世界を蹂躙し、人間世界は滅亡寸前だった。そこに現れた勇者が見事魔王を打ち倒し、聖ブリリアント王国の王となった。これは私もプレイしていて知っている。今の王様も勇者の血を受け継いでいる。
ただ、その時に勇者が魔物を助けたなんてイベントはなかったと思う。
「400年前、魔王討伐に向かった勇者は、その途中で他の魔物に虐げられていたある魔物を助けます。助けられた魔物は勇者に感謝しますが、しかし、その魔物は人の言葉を話すことができず想いを伝えられません。そこで魔女にお願いして人の言葉を話せるようにしてもらうのですが、人の言葉を話すたびに対価として体の一部が失われていきます。それでも喜んで勇者のもとに向かう魔物と、そうとは知らない勇者。さて、魔物と勇者、どちらが先に目的を達成するでしょうか」
吊り橋の中央にあるステージに立つ兎の男は、抱いている人形の頭を撫でながら楽しげに説明した。仮面の下は私たちを馬鹿にしたようにニヤけているに違いない。
その後のゲーム説明はちょっと複雑だったけれど、アネットとあけぼのは何も言わずに聞いていたのでふたりはきっと理解していると思う。
このゲームは勇者伝説になぞられて勇者陣営と魔王陣営に分かれて争われる。
勇者陣営は魔王を倒すこと、魔王陣営は助けられた魔物が勇者に想いを伝えることが勝利条件だ。
それぞれの陣営には5枚のカードが渡され、お互い伏せた状態でカードを1枚ずつ出して、最後に同時にカードをオープンして勝敗を決める。カードが5枚だからこれを5回くり返していく。一度使ったカードは使えない。
勇者陣営のカードは、
勇者1枚…魔王は倒せるけど、助けられた魔物には話しかけられて攻撃できない
戦士4枚…助けられた魔物には勝てるけど、魔王には敗れる
魔王陣営のカードは、
魔王1枚…戦士は返り討ちにできるけど、勇者には敗れる
助けられた魔物4枚…戦士には殺されるけど、勇者に話しかけることができる
つまり、魔王のカードが出てくるタイミングを読んで勇者のカードを出すことができるか、または勇者のカードの時に助けられた魔物のカードを出すことができるかどうかが重要だとは思うのだけれど、
「これって引き分けになる可能性の方が高いよね。勇者のカードも魔王のカードも5回のうち1回しか出せないから、同時に出ることの方が珍しいよね」
嬉しくなるのを隠しながらあけぼのに小声で尋ねると、
「単純に考えても確率は1/25、つまり4%」
「それなら簡単に引き分けが狙えるね」
「それは勇者陣営だけだ。魔王陣営は5回のうち4回も助けられた魔物のカードが使える。つまり、勇者陣営の勝率の反対が魔王陣営の勝率。だが、そんな一方に有利なゲーム、あの兎男がこのままのルールにするはずがない」
「ええ、そのとおりですよ。これだけでは王太子の婚約者を決めるデスゲームにふさわしくありません。もっともっと、命を懸けて戦ってもらわなければなりません」
ここぞとばかりに兎の男の声が割って入る。
「特別ルールを加えます。皆さまには選んだカードの役に扮していただきます。選んだカードを持って吊り橋の中央のステージで対決していただき、カードの勝敗のとおりの運命を辿っていただきます」
兎の男が指を鳴らすと吊り橋の下の空間が裂け、あの【奈落】が暗い闇を滲ませながら姿を現した。
負けた方を吊り橋のステージから落とすつもりなんだ。けれども、こちらはアネットと2人、相手は1人だけ。どちらかが負けて【奈落】に落ちていったら5回もカード対決ができる訳がない。
「いえいえ。全員リタイアが分かっているものはゲームとは呼べません。極限状態の中で相手より生への執着が強い方が生き残る、それが今回のゲームです。もう1つの特別ルール、それは、カード対決で敗れた側のプレイヤーは自分の体の一部を差し出すことで復活できるということです」
それって戦士のカードで魔王に負けたとしても、手や足を犠牲にすれば【奈落】に落とされなくてすむってこと?
思わず口に出した私に、
「レナ様は現在、アネット様とチームを組んでおりますので、プレイ時はお一人ですが、体の一部を頂戴するときはおふたりからいただきます」
兎の男がステージ上で訂正する。
「特別ルールの追加により5回のカード対決では勝敗がつかないかもしれません。その場合、再度5枚ずつカードを配り、決着が付くまでゲームを続行します」
「ゲスが。本当に悪趣味なゲームだ」
いつの間にか地面に降りていたあけぼのが吐き捨てるように言う。尻尾の毛が逆立って膨らんでいるところを見ると、かなり怒っているようだ。
「分かっているな、レナ。選ぶのは勇者陣営だぞ」
真剣な顔を向けてくるあけぼのを私は笑うことができなかった。
私にだって分かる。魔王陣営のカードには、戦士に勝てない助けられた魔物のカードが4枚も入ってる、それだけで勇者陣営よりも不利だってことぐらい。
でも、どうやって陣営決めをするんだろ。相手の子だって有利な勇者陣営を選びたいはず。
そう思って向こうの崖に目を向けると、水色のドレスをまとった少女は何かを一生懸命に考えているようだった。肌も白くてどこか儚げで、なんだか精霊を見ているような気がする。
「アネット、お前と同じだと思うか?」
「ああ、訳あり、だろうね。少なくとも、ありゃ普通の人間じゃないよ」
アネットもあけぼのも相手の少女を見ながら何かを話してる。ふたりだけ分かっている風でなんだか面白くない。
「あのゲームマスターのことだから、ゲームにかこつけて色々仕込んでるんじゃないかってことさ。あたしのゲームの時みたいにさ」
アネットにそう言われて、私は前回のゲームのことを思い出した。
あの時は棄てられた民のアネットを相手に、棄てられた民を救うゲームをさせられた。今回のゲームもそんな悪意がこもったゲームなのかもしれない。
「ルールの説明は以上です。レナ様、イム様、これから陣営決めをおこないますが――」
「はい! イムは魔王陣営を選びます、デス!」
勢いよく手を上げて水色の少女――イムが兎の男の声をさえぎる。
どうしてわざわざ不利な方を選ぶの?
「イム様、失礼かと存じますが、陣営の選択はもっと慎重になられてはいかがでしょうか」
「いいの! イムは魔王陣営なの、デス! ようやくイムの願いが叶うの、デス!」
「そこまでご決心が固いのであれば。いかがでしょうか、レナ様。イム様に魔王陣営をお譲りなさいますか?」
兎の男の問いに、アネットとあけぼのが私に視線を向ける。
分かってる、分かってるけれど、本当にそれでいいのかな。
「レナ、お前は現実世界でこれと似たようなゲームを見ているはずだ。このゲームで勝つには勇者陣営しかない、分かるな?」
前に見たことがあるって? 現実世界で? こんな誰かが死ぬかもしれないデスゲーム、見たこともやったこともないよ。
「いいか、今のお前はアネットも背負っている、引き分けを選択したあの時から、お前はずっとそれを覚悟していかなければならない。勝てる方を選ぶ、それ以外に何がある」
私を見上げるあけぼののブルーの左目が光る。
日の光を反射したその目に気圧されながらアネットを見たあと、私は小さく呟いた。
「魔王陣営を譲って、私たちは勇者陣営を取ります」
◇ ◇ ◇
『勇者と助けられた魔物ゲーム』のカード対決は3回目が終わった。
イムは左耳と右目、そしていま左手を失ったのに、それでもこのゲームを続けようとステージ中央に立った。
私はアネットを押さえるのに精一杯で、この後どうすればいいのか分からなかった。
「あけぼの! あけぼの!」
私は彼の名を叫んだ。
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