第05話 その2「ふたりで協力して引き分けにしませんかー!」
四方を高い石壁に囲まれた中庭にひしめく100人の人々。この100人は旧都から出ることを許されなかった棄てられた人々だ。
私とアネットは交互に1人から3人までを選んでいき、50人目を選んだ方が勝利となる。
選ばれた50人は廃墟と化した旧都から解放され、残りの50人はゲームの敗者と共に【奈落】へと落とされ消滅する。
人の命をゲームの賭けにするなんて、この世界の倫理観はおかしすぎる。いくらゲームの中の人たちとはいえ、そんなことするなんてなんか不愉快だ。
「だが、勝たなければ意味がない。それとも玲奈は負けたいのか?」
バルコニーから中庭を見ている私に向かって、ロシアンブルーのような灰色小猫のあけぼのが意地悪な質問をぶつけてくる。まだ襟巻きにしたことを根に持ってるに違いない。
割り切って考えられないというか、気持ちの整理がつかないというか。私はただ、こんなデスゲーム、すぐに辞めたいだけなのに。
「だから余計なことは考えるなと言ってる」
あけぼのは私のことなど見向きもせず、ずっと赤い令嬢――アネットだけを目で追っている。
確かに、アネットの方がいかにも貴婦人って感じで、私なんかより美人で、見ていて楽しいでしょうけど。
けれども、よくよく向こうを見れば、バルコニーの下は押し合うように人々が群がり、自分を選んでくれと手を振り声を上げ必死にアピールしてる。それを彼女は手すりから身を乗り出すようにして覗き込んでいる。
なにかを必死になって捜しているような。
「アネット様。人の選択に時間制限は設けておりませんが、いささか長考が過ぎますとペナルティを考えねばなりません」
ずっと宙に浮いている兎の男が首を振りながら警告を出す。
「うるさい! 分かってる、わよ!」
そう叫びながらも彼女は人々から目を離さない。やっぱり何かを捜してる。
「10、9、8……」
兎の男がカウントを始めると、彼女は諦めたように上体を起こし、女性と子どもふたりを選んだ。
「玲奈。今回もひとりだ。ひとりだけ選択しろ」
「またひとり? そんなんで勝てるの?」
「いいから言われたようにしろ」
「猫のくせに偉そうに」
あけぼのにチョップの1つでもお見舞いしようかと思った時、兎の男が私の番を告げた。それと同時に私のバルコニーの下に人々が集まってくる。
「俺を選んでくれ!」「またひとりしか選ばないつもりか!」「せめてこの子だけでも!」「ろくでなしめ!」
人々の悲痛な叫びが私の心をえぐる。ゲーム世界だと分かってるけど、長くは耐えられそうもない。
私はバルコニーの真下にいた女性を指差した。
「え、と、そちらの女性をお願いします」
「そんな、私だけなんて! この子はどうなるのよ! だったらこの子を選んで!」
「えっ。あ、はい。それでは、そのお子さんを選びます」私は抱えている子どもに差し直す。
「今回もお一人だけですか。最大3人まで救うことができるのですが?」
頭上から、兎の男がわざとらしくルールを解説してきたけれど、私は返事の代わりに大きく一回だけうなずく。あけぼのも兎の男も両方嫌いだ。
女性は涙を浮かべて私へ感謝の言葉を口にしたが、へたり込んだ私の耳には入ってこなかった。
「このゲーム自体は単純な数取りゲームだ。必勝法もある」
手すりから降りてきたあけぼのが私の膝に前足を乗せる。
「だが、このゲームの恐ろしいところは、人の心をついているということだ。助かるのは100人中、半分の50人。誰を助けるのか選択させるのだから悪趣味にも程がある」
猫のくせに人間のように顔を歪めて言葉を吐き捨てる。あけぼのもこんなの嫌だったんだ。
「当たり前だ。これはゲームなんて呼べるものじゃない。人の心を試す悪辣な企てだ。知ってはいたがまさか自分がやる羽目になるとは」
ん、知ってた? 私が変な顔をしたのを見て、あけぼのは口元を上げてニヤリとした。
「もっとも、人の機微に
「あ~け~ぼ~の~。それじゃ私が人じゃないみたいじゃない」
「玲奈でも誰にするか選ぶときに苦しくなったのか?」
「当たり前でしょ。私をなんだと思ってんのよ」
「人の心を持ってれば俺を襟巻きになどしない。そうでなければ単なる変人だ」
「まだ根に持ってる。男なのに器ちっちゃ」
「お前なぁ」怒ったような呆れたような声を出しながらあけぼのは溜め息をつく。
こうやってあけぼのと話しているとだんだんと落ち着いてくる。この感じ、やっぱりどこかであけぼのに会っていた気がする。
私が手を伸ばしかけると、あけぼのはその手をかいくぐって手すりに飛び乗る。アネットの動きが気になるみたい。
私も立ち上がって向こうを見ると、彼女はさっきと同じようにバルコニーから落ちそうなぐらいの勢いで群がる人々を食い入るように見ていた。
なにか――違う、誰かを捜しているのは間違いなさそう。この中にアネットの知り合いがいる? 彼女は貴族令嬢なのに。
「見ろ――やはりそうだ、今も3人選んだ」
「あけぼのには3人選ぶって分かってたの?」
「お前よりは人の心は分かるつもりだ」
「あー、そーですかー」
手すりの上に乗るあけぼのに並んでアネットを見る。3人を選び終えた彼女は、両手で顔を覆って俯いた。
見ていて痛々しい、なんだか私まで悲しくなってきた。
「誰とも面識のないお前ですら、誰を助けるかで心が苦しくなる。まして、選ぶ相手を知っているなら尚更だろう」
あけぼのがひとり言のように呟く。
それって、アネットが旧都に取り残されたあの人たちと知り合いってこと?
「ゲームが始まってからアネットは1人でも2人でもなく、必ず3人を指定している。このゲームの必勝法は46人目、42人目、38人目、34人目と、どこかで押さえなければならない数を先につかみ、それを絶対に手放さないことだ。彼女は先攻だったのだから、最初に2人だけ指定すれば必ず勝てていた」
「それじゃ、後攻だった時点で私たち負けてたってこと!?」
「だが、アネットは2人目を取らなかった」
自分の番の時に46人目で選ぶのを終わらせておけばアネットは3人しか選べないから49人目で終わる。逆にアネットが1人しか選ばなかったら私が48人目、49人目、50人目を選べばいいということ。そこまでは分かるけれど、そうするためには最初に2人目を押さえなければならない。必勝法、分かったような分からないような。
「けど、そんなこと、普通の人は咄嗟に思いつかないんじゃないの?」
「その可能性もある。だが、適当に人数を選べと言われて、玲奈は毎回3人を指定するか?」
毎回3人を選ぶかと聞かれると、確かに同じ人数は続けて選ばないかも。なんとなくランダムになるように選ぶ気がする。
「アネットは何人選ぶかではなく誰を選ぶかで悩んでいる。しかもギリギリまで悩んでも該当の人間は見つかっていない」
「それって知っている誰かを救いたいってこと?」
「それは半分正解で半分不正解だ」
顔を向けたあけぼののブルーの左目が太陽の光を反射させる。
「彼女が追加した願い、それは、このゲームに勝利したら100人全員を助けるというものだ」
あけぼののひと言で私の頭の中で何かが弾けた。
そうか、アネットはここにいる100人全員を救いたいんだ。その中で更に確実に救いたい人がいるってことなんだ。
それに引き換え私はどうだ、私はただひとりここから逃げ出せればいい、そんなことしか考えてなかった。ゲーム世界の人ですらそうなのに、私はなんてちっぽけなんだ。
「あけぼの、私もみんなを救いたい」
「どうやって? 俺はお前を勝たせる方法は持っているが、全員をどうにかするなど持ち合わせてなどいない。玲奈にはあるのか?」
「そ、そりゃ私にもないけど。だけど、今から考えれば見つかるかも」
「はぁー。無知の知だ、まずお前は自分が何も知らないことを知ることから始めろ」
冷たい視線を送ってくるあけぼのは、これ見よがしにため息をついてみせる。
確かに私ひとりではなんにもアイディアは出ないかもしれない。けれども、ひとりだけで考える必要もない。
私は大きく息を吸うとアネットに向かって叫んだ。
「アネットさーん! アネットさんには助けたい人がいるんですよねー! だったらこのゲーム、ふたりで協力して引き分けにしませんかー!」
「「なっ」」
あけぼのとアネットから、同時に同じ言葉が漏れた。
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