第03話 幕間・その2「なるほど。一応寝ずに考えようとしていたわけだ」


 目を覚ましたときには、あけぼのは部屋に戻ってきていた。

 薄く開けたままの出窓から日の光と爽やかな空気が入ってきているので、どうやら夜が明けたらしい。


「なるほど。一応寝ずに考えようとしていたわけだ」


 テーブルから降りたあけぼのがそう言ったのは、私の頬にテーブルの跡が付いていたのを見たからだろう。

 そりゃ、こんなところに女の私ひとりが残されちゃ怖くて眠れるわけがない。一晩中、起きて待っていましたとも。


「それにしては随分と大きないびきをかいていたようだが」

「え、うそ、ホント!?」

「冗談だが」


 やっぱりこいつ、生意気で嫌なやつだ。

 私の反応を楽しんでるのかと思いきや、しれっとしているのも憎たらしい。こいつは私のことをどう思ってんの。


「ゲームの首謀者がその気になればいつでも俺たちを殺せたはずだ。昨日の【奈落】を使うとかな。それをわざわざ個室に閉じ込めたんだ、殺すつもりはないのだろう。少なくともゲーム以外ではな」

「だからって私を置いてどこ行ってたわけ?」

「昨日のゲームをした場所を見てきた。それに他の参加者の確認も」


 顔を洗いながらさも当然とばかりに言ってくるこいつが憎たらしい。お前はそんなことも分からないのかと言われているよう。

 いやいや、気持ちで負けちゃ駄目だ、私は精一杯に胸を反らして、


「で、どうだったの」

「この世界は玲奈が狂ったようにプレイしていたゲームのようだが、色々と違うところがある。特にデスゲームじみたイベントは本来なかったはずだ」

「狂ったようにはやってませんけど」


 なんでこいつ、私がゲームオタクだと知ってるんだ。


「ゲームのストーリーにないことが起こっている。つまりこれは、お前のゲーム知識がまったく役に立たないということだ」


 あけぼのはベッドに飛び乗ると私に向き直る。

 そのことは私もひとりになってから考えた。

 こんな恐ろしいイベントなんて、隠しイベントにもファンディスクのおまけにもない。これってフォーチュネの舞台を借りて別の物語が動いているような感じだ。しかもゲームの中とはいえ人が命を落とす、それが私を不安にさせる。


「昨日のゲーム会場は元の空中庭園で、デスゲームの痕跡は一切なかった。あの【奈落】もそうだが、大がかりな魔法か何かなんだろう。確かこのゲームには魔法が存在したな?」

「かなり限られた人だけが使えるって設定だったけれど」

「まあ、そういうことなんだろうな」

「どういうこと?」

「それよりお前はどうなんだ? これからのゲームをどうしたいんだ?」


 また質問を質問で返す、ほんとに私の話なんて聞きやしない。そこが生意気なんだと思う。

 こいつに言われるまでもなく、昨夜はこれからどうするのが一番いいのか私なりに考えていた。


 このデスゲームから抜け出して元の世界に戻る方法を見つけること――デスゲームに負けてこの世界で死んでしまったらと思うと怖くてたまらない。


「いいんじゃないか」


 あけぼのは素直にうなずく。予想と違う反応になんか調子が狂うけど。


「で、あけぼのは何が目的なわけ? どうして私につきまとうの?」

「そうだな」


 ベッドから飛び降りたあけぼのが私の足元で見上げる。


「お前をこのデスゲームで勝たせること、それが俺の目的だ」

「それってどういう意味――」


 私の声が途中でかき消されたのは、部屋の扉が開いてあの兎の男の声が響いたからだ。


「昨晩はゆっくりとお休みになられましたか。そうですか、ご満足いただけましたか。それではレナ様、カール王太子の婚約者を選定するゲーム本戦の会場にご案内いたします」


 黒いタキシードに兎の仮面を着けた男が大仰に手を振って道を示す。

 兎の表情は昨日と同じ、ぬいぐるみのような女の子の人形を抱えているのも同じ、仮面の下では人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていると感じたのも昨日と同じだった。


 いつの間にか私の肩に駆け上っていたあけぼのは小さく威嚇音を出していた。

 この気持ちだけはあけぼのと一緒なのかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る