第02話 幕間・その1「お前はこのゲーム、どうしたい?」
ここが乙女ゲーム「フォーチュネイト・エターナルストーリー~君が巡る永遠~」の世界だと気づいたのは、あてがわれた個室に入って自分の顔を鏡で見てからだった。
主人公のソフィーは人目を避けるように山に隠れ住む平凡な女の子だけれど、狩りの途中で落馬して怪我をしたカール王太子を助けたことをきっかけに王立セントグローリー学院に通うところからゲームスタート。4年間の学院生活でいろんなタイプの男子と親交を深めつつ最高峰の学位「グランドマスター」を目指すというもの。
学院には主人公ソフィーのライバル役として、カール王太子の許嫁、ヴァイスネーベル公爵家の令嬢レナがいて、勉強に運動にと、事あるごとにソフィーの邪魔をする。いわゆる悪役令嬢というやつだ。
「この顔、この髪、レナには似ているのだけど」
左右に顔を振って鏡に映る自分を観察する。
ゲームのレナといえば、青灰色の瞳に暗赤色のストレートの長髪、背はさほど高くはないが手足が長く、大理石彫刻のように美しくも冷たい印象を与えるキャラだ。
対して鏡に映る私は、髪の色も違うし、冷たい美しさというものも感じない。性格が顔に表れるなんて聞いたことあるけれど、中身が違うからということかな。それを差し引いてもまだなにかがたりない気がする、身長? どこだろ?
それに、ここが私の知ってるゲーム世界であったとしてもやっぱり何かがおかしい。
フォーチュネイト・エターナルストーリー、略してフォーチュネにデスゲームなんて要素はない。次々に現れる美形キャラを愛でるだけの完全な乙女ゲーだったのに。
夜のとばりが降りた窓の外を見ると闇の中に古城の外壁や塔が月明かりに照らされているが、こんな建物、王都セントラルには出てこない。むしろ、クライマックス直前に会話のみで登場した旧都レジティメトの王城の方が雰囲気が似ている気がする。
レジティメトは100年前に放棄されたそうだけれど、それを思えば、この個室が随分と古めかしいのも納得できる。ちなみにこの部屋を出ようとしたけど、どんなに頑張っても扉は開かなかった。
そしてゲームとの一番の違いは、
「〝レナ〟はロシアンブルーの猫なんて飼ってなかったんだけど」
「にゃー」
ベッドの上で丸くなっていた小猫は、背中を向けたまま面倒くさそうに鳴く。
見れば随分と毛並みのいい猫だ。灰色の短い体毛は整えられ、長い尻尾は顔まで届いている。
「というか、あんた、私がこの城に来てからよね、
「にゃー」
やはり返事は変わらない。
私が自分の意識を取り戻したとき、〝レナ〟として過ごした17年の記憶はおぼろげながら頭の中に残った。なので〝レナ〟がこの城にやってきた理由を思い出すことができたのだが、〝レナ〟の屋敷にこんな猫はいなかった。この城の門をくぐったときにどこからともなく現れて、それ以来ずっと〝レナ〟の側を離れようとしなかった。
その間、この小猫が人語を話したことはない。初めて言葉を発したのは、デスゲームの最終予選で勝ち残ったときに手を放すなと注意したときだった。
「もういい加減、猫のふりはやめなさいよ。ほんとは喋れるんでしょ!」
「にゃー」
「あんた、どうして私が
「にゃー」
「あんたもこのゲームに転生してきたの?」
「にゃー」
「にゃーにゃーにゃーにゃー、いい加減にしろ!」
猫を捕まえようとベッドに飛びこむと、猫はくるりと跳ねてテーブルの上に着地した。
「お前が玲奈に戻ったのか確信が持てなかったんで様子を見てただけだ」
猫は手で顔を洗いながらしれっと人語を話す。
やっぱり喋れたんじゃない。
「で、私が玲奈だったらあんたは何がしたいわけ?」
「お前はいま自分が置かれている状況を理解できてるのか?」
質問を質問で返してくる。なんか上から目線で生意気な感じだ。
「理解も何も。何故かこの世界では私の家、ヴァイスネーベル公爵家は落ちぶれてて、セントグローリー学院に入学どころか一家離散の憂き目に遭うところだった」
私がプレイしてたフォーチュネではヴァイスネーベル公爵家は王家の外戚として権勢をふるってた。なのでレナも家の威厳を笠に着てわがまま放題だったのだけれど、この世界ではかつての栄光にすがっているだけの没落貴族の娘だった。
家族が全員そうだったので、プライドだけは人の十倍はあるのに生活能力は皆無、先祖代々の遺品を二束三文で売り払ってその日暮らしの生活をしている有様。
そんな私たちのところに届いたのが「カール王太子の婚約者を選定するゲーム」の招待状だ。
「悪役令嬢なんて言葉、この世界の人たちが知るわけないけど、カール王太子の婚約者を探していることと、選ばれれば家の再興がかなうくらいの金品が与えられることに家族全員が飛びついたってわけ。で、家族の期待を一身に背負って私がゲームに参加した、と」
「なるほど。ここは玲奈の知識とは完全に一致していない、ということか」
椅子に座ろうとする私に目もくれず、猫は前足で顔を
「同じ部分もあるんだけど、なんかずれてる部分もあって――って、あんたこそ何者なのよ?」
「俺のことは『あけぼの』と呼べばいい、この見てくれだしな」
「それってどういう意味?」
「俺の姿を見て何も思い出さないか?」
それって転生してくる前の出来事? そういえばどうしてこのゲーム世界に転生したんだろ。トラックにはねられた? 病気だった?
私は転生前の記憶を思い出そうとしたが、霧がかかって断片すら思い出せないことに気づいた。
私の名前は
「あ、もしかして、うちで飼ってたピーちゃん?」
「俺はインコかなんかか? あてずっぽうにも程がある」
猫なのにまるで人間のようにため息をつく。
そんな態度を取られても知らないものは知らない。けれど、確かにどこかで見たことがあるような気がする。それはどこだっただろうとあけぼのにもう一度目を向ける。
よく見れば、左目がブルー、右目がジェードグリーン、なんか宝石のように綺麗だ。黙ってさえいれば王侯貴族の膝で寝ているような気品に溢れている。
可愛らしい耳がピンと跳ねた。
思わず見とれてしまったことに気づいた私は、それを誤魔化そうとわざとらしく声を上げた。
「分かんないんだからあんたが教えてよ」
「自分で考えないで人に聞く
あけぼのは呆れたように首を振ったけど、自分の側にあったゲーム盤に気づくと「だったらこいつで俺に勝ったら教えてやらないこともない」と悪戯っぽい目を向けた。
それは表裏が白と黒に別れた駒を交互に置いていってひっくり返していくゲームのようだった。
またゲームか。
刹那、私の脳裏に意識を取り戻したときに最初に見た彼女の顔が浮かんだ。全てに絶望した、私を恨む醜い顔。
そうだ、私がやっていたのは誰かを蹴落とすゲームだった。それがたとえこのゲーム世界の人だとしても。
「気分が乗らないなら今度でいい」
あけぼのの声に気づいた私は、いつの間にかドレスのスカートを強く握りしめていた。手の中が汗で湿っている。ゲームの世界なのにこうした部分までリアルだ。
テーブルから飛び降りたあけぼのは私に構うことなく窓際へと足を進める。
「ねぇ、あんたは見てたよね? 私、あの子を突き落とそうとしてたの?」
思ったより自分の声が震えているのが分かった。
ピタッ、あけぼのは足を止めてふり返ると、
「聞いてどうする? お前が〝玲奈〟に戻った時にはあのゲームに勝ってた。それで充分だろ」
「いや、そういうことじゃなくて」
ブルーとジェードグリーンの丸い目が私を見る。突き放すような冷たい視線。
あの直前の記憶はない。私が覚えているのは絶望した彼女の顔だけ。怨嗟をはらんだ目を私に向けたのは、私がすがる手を振り払ったからじゃないのか。
「あのゲーム、『だるまさんがころんだゲーム』は兎男が見てないうちに奴の背中にタッチすれば勝ち、それだけのゲームだ。玲奈が最初に触ることができた、そういうことだ」
「だったらなんで私はあんな顔されたの」
「あのゲームの参加者はざっと見ただけでも30人はいた。負ければ終わり、玲奈より先に誰かがタッチしてればお前が
「答えになってない」
「今の玲奈には必要ないからな」
出窓のカウンター部分に登ったあけぼのがガラスを前足でつつく。
開けろということか、小さな窓を押し上げると湿った夜風が流れ込んできた。
「玲奈はこれからどうしたい?」下を覗きながらあけぼのが聞く。
見ればこの部屋は城の最上階に位置しているようだ。下層は闇に包まれ、昼間に見た
「この窓の大きさじゃ私は出られない」
「違う。このゲームに勝ちたいのかどうか? 玲奈、お前はこのゲーム、どうしたい?」
「わ、私は――」
勝ちたいのか、私は? 勝ってどうしたいんだ?
言葉を濁すとあけぼのはプイッと顔を背けて闇夜に飛んだ。
驚いて下を見ると控え壁の上に灰色の塊があった。
「俺は色々と調べてくる。それまで考えてろ」
言いたいことだけ言って、あけぼのは返事もせずに闇の中に消えた。
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