【完結】悪役令嬢×デスゲーム -デスゲームで生き残るなんて絶対無理なので、生意気な猫とリタイアを目指すことにした-
図科乃 カズ
第1章 だるまさんがころんだゲーム
第01話「見事勝ち上がり、王太子の婚約者の地位を目指してください!」
夢の中で高いところから落ちて、本物の体が飛び跳ねるのと同じ感覚だった。
体が動いた瞬間にそれが夢だと理解し、いま私は夢から現実に戻ってきたのだと気づく。
目を開けて入ってきたのは、私を恨んでいる少女の顔。なぜか私は、彼女が悪役令嬢のひとりだと分かった。
彼女の下には、空間を切り裂いて現れた黒い【奈落】が崩れる地面を飲み込んでいた。
――私、飛んでいる? 違う、ぶら下がってるんだ。
上へ上へと、【奈落】から遠ざかるように引っぱり上げられる。同時に、引きちぎられるような激痛が私の腕から伝わってくる。
見れば、彼女の指が私のドレスの
落ちたくないという彼女の必死な思いが伝わってきた。
命綱であろう私の腕にしがみついているのに、彼女は私を
刹那、私の肩から彼女に向かって灰色の塊が駆け抜ける。
しなやかな体を持った四本足の塊は、振りかざした手の爪で躊躇うことなく彼女の指もろともドレスの裾を引っ掻いた。
ビリッと音を立て、彼女の手が私の腕から離れていく。
「レナ! 上を見ろ! 手を放すな!」
くるりと宙を舞って私の肩に止まった塊――小猫が叫ぶ。
言われて反対の手に意識を向ければ、兎の仮面を着けた男のタキシードの端を握っていた。
この兎の男に触れているから私にも魔法の効果が及んで浮いていられるのだと瞬時に理解する。
「おめでとうございます、レナ様。この光景を見ながら勝利のダンスなどいかがでしょう」
ふり返った兎の男が私の手を取ると体がふわりと浮いた。
兎の男は、抱いていた小さな人形を片手に持ち替えると、私をリードするように空中でステップを踏む。それに合わせて私の体は自分の意思とは関係なく操られるようにくるりくるりと回った。
天も地もなく、回り続ける私の視界の景色がめまぐるしく変わる。
青い空を見て、白い城を見て、緑の森を見て、そして私の頭上に地面が広がった時、私の腕を掴んでいた彼女が音もなく【奈落】へ落ちていくところが見えた。
彼女だけではない。
数多の令嬢たちが【奈落】へと吸い込まれていた。それを認識した瞬間、彼女たちの断末魔の叫びが耳に流れ込んできた。
色取り取りのドレスで身を固めた彼女たちが降り落ちる。私は彼女たちが【奈落】へと落ちる中を、兎の男によって上下左右と回転しながら踊らされていたのだ。
彼女たちの行く先を見れば、瓦解した地面を容赦なく飲み込んでいる【奈落】が大きな口を開けている。そこに吸われた彼女たちは悲鳴まで溶けて消えていく。
あそこに落ちたら死ぬ? ゾワゾワと背筋に鳥肌が立つのが分かった。
眼下には【奈落】に落ちていく空中庭園の地面と、それを取り囲んでいた古城の塔と外壁が並ぶ。
空に浮いているのは、黒タキシードの兎の男と私、それに肩に乗る小猫だけ。
雲ひとつない空は透き通るほど綺麗で、太陽の光は直視できないほど眩しく、外壁を覆う蔦や苔は古城の美しさを際立たせていたけれど、この場は【奈落】によって生命の狩場となった。
「なにこれ! 現実? 訳わかんない!」
「レナ? レナ! お前、
私の叫びに肩に乗っている灰色の小猫が反応する。
どうして私の名前、知ってるの? てか、ここどこ? てか、なんで猫がしゃべるの? もしかしてまだ夢の中!?
最後の令嬢を飲み込んだ【奈落】は、満足したかのように小さくなっていき、空間の裂け目を修復させていく。
「おめでとうございます、レナ・フォン・ヴァイスネーベル様。最終予選『だるまさんがころんだゲーム』、見事勝者となられました」
ダンスの足を止め、空に浮かんだまま、兎の男が慇懃無礼にお辞儀する。
そうだった、〝レナ〟はこのゲームに参加したんだった。私の頭の中に〝レナ〟のこれまでの人生が蘇る。
〝レナ〟だった私はこの兎の男が主催するゲームに参加したのだ。まさかこんなデスゲームだなんて思わなかったけれど。
肩に乗っているロシアンブルーに似た小猫が毛を逆立ててウサギの男に敵意を剥き出しにする。
「今後、レナ様は本戦にお進みいただき、他の令嬢との一対一の対戦をしていただきます」
「ちょっと待って! 一対一って、負けた方はさっきみたいになるってこと!?」
私を睨み付けていたあの彼女の顔が脳裏をかすめる。
兎の男は心外とばかりに肩をすくめると、
「レナ様はご自分の願いを叶えるために納得ずくでこのゲームに参加されたと理解しておりましたが」
「その〝レナ〟って、私であって私じゃない」
「ふむ。勝利の高揚で混乱なさっているのでしょうか」
「混乱じゃなくて、いま目が覚めたの」
「目覚めたということでしたら、今一度、ご自身が叶えたかった願いを思い返していただきたいものです。そうですよねぇ」
兎の男は抱きかかえていた女の子の人形に同意を求める。
兎の仮面の表情は変わらない。けれども、仮面の下の顔は嘲笑しているのを感じた。こいつには、落ちていった彼女たちも私も「見下す対象」にしか見えてないんだ。
私の気持ちと同じなのか、肩に乗る小猫が耳元でシャーと威嚇音を出す。
しかし兎の男は私たちの態度など気にすることなく、見えない観衆に喝采を受けたかのように片手を上げると高らかに宣言した。
「見事勝ち上がり、王太子の婚約者の地位を目指してください。それがあなたの願いを叶える唯一の道なのですから!」
仮面が動くはずはないのに、その男の兎の仮面は笑ったように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます