第3話 化け物同士

「生きて・・・」



          △▼△▼△▼



淀んだ濁流に飲まれそうになりながら、俺の意識は覚醒した。

見知ったタイル貼りの天井。どうやら生き延びたらしい。

毒も残ってないようだ。


うん?

俺は違和感を覚え、仰向けのまま右頬に触れる。

普段とは違う無色の液体が、指に張り付いた。


泣いている


どうやらこの生活に、精神はとっくにやられていたらしい。

そもそも、今なお血が流して倒れている猫又のせいで、俺の食料は尽きたんだ。

この生活から脱出することに変わりはない。


俺は猫又の残り血を啜った後、2階の扉前まで移動した。

道中、食料になりそうな生き物がいないかざっと探したが、蟻一匹すらいない。


このままだといずれ餓死するのは火を見るよりも明らかだ。

扉の奥が地上であることを期待し、両手で勢いよく扉を押す。

見た目とは裏腹に扉はあっさり開いた。


扉の向こうの景色は地上・・・ではなく、だだっ広いタイル貼りの空間だった。

俺は扉の奥へと歩みを進める。そこは今までと変わらない地下空間の延長だった。

期待していた地上ではなかったが、一番問題なのは何もないことだ。

つまり、食料がな・・・


ばん!


華奢な吸血鬼の体が横に吹き飛ぶ


どごお!


「かっ!ゲホッゲホ」


何が起きた!?今俺は壁に埋もれてるのか?『痛覚耐性』あるのに痛え!

揺れる視界の中、ぼんやりと今の衝撃の犯人が見えてくる。

直後、その輪郭が蜃気楼のように消えた。


まずい!


ほとんど勘でその場を捨てた直後、どごおん!とタイルの壁が破壊の跡を変える。


相手の攻撃が全く見えなかった。

地下暮らしで不意打ちには慣れたはずだが、ゴブリンとは次元が違う。

まずは姿を捉えないと。


さっきの衝撃で生まれた土煙が晴れる。

そこにいたのはゴブリンの耳、猫又の尻尾、他にも様々な生き物がくっついた身長5m程の大男だった。


気色悪い


今までゴブリンに対しても思うことはあったが、このキメラは違う。

命を弄ぶかのようなその風貌に、身の毛がよだつ。

こいつは生き物の理から外れた、正真正銘の化け物だ。


そんな俺を他所にキメラは猛然とこちらに向かって走り出した!

熊のような脚から、途轍もない脚力が地面に向かって放たれる。


速い!


『身体強化Lv1』発動!見たところこの空間に逃げ道はない。

なら、ここでこいつを倒さなければ生き残れ。

仕方ないが、全力で戦ってやる!


風を切って俺は走る!見たところ相手に飛び道具などはなさそうだ。

距離を取って『血操術』を使って戦えば・・・


そう思った束の間、キメラが逃げる俺の横に並び立つ。


こいつ、マジか!猫又よりもさらに速え!

俺は咄嗟に『血操術』で盾を作り、キメラのパンチを受け止める。


ぐしゃあ!


「がッ!――――――強すぎだろ」


壊れてしまった盾で威力を抑えたが、腹にパンチを貰ってしまう。

衝撃で吹っ飛び距離は取れたが、遠距離攻撃する前に詰められてジリ貧だな。


これは使うしかないな。

割り振りを悩んでいたが、ポイントの使い道を決める。


俺は猫又を合わせたポイントを消費し、『身体強化Lv2』を獲得する。

これでやつのスピードを超えてやる!


「『身体強化Lv2』を獲得しました」


「いくぞデカブツ!ついてこれるか!?」


『身体強化Lv2』発動!

瞬間、自己と世界が分離する錯覚に陥り、全世界を見渡せるよな気がしてくる。

Lv1の時もそうだった。初使用時、言いようもない全能感に身体が満たされる。


只々、この瞬間が心地いい。


俺は遠距離攻撃を捨て、キメラの懐へと駆け出す!

途中ずん!と重たい感覚がし、猫又の重力魔法を彷彿させる。

キメラは取り込んだやつのスキルまで使えるのか。

だが、『重力魔法』の範囲を圧倒的な速度で駆け抜け、一撃をお見舞いする。


「まずは、脚!」


長い爪が、幹のように太い脚を引き裂く!


「ぼ!ぼっっ!」


流石に無言を貫いていたキメラも、苦痛に声を漏らすらしい。

だが、キメラは1本だけの脚で器用に立っていた。『身体強化』で体幹も良くなるのか。


「次は・・・頭だ!」


冷静と情熱のあいだを行き来しながら、そう宣言する。

キメラである以上、どこが弱点かが不明だ。

だが、頭なら最悪ダメージを与えられると踏んで攻撃を仕掛ける。

『血操術』で空中に足場を作り、キメラの崩れた顔目掛けて爪を振るう!


がきん!


「ちっ!防がれたか」


相手に生えた黒く長い爪に、攻撃が阻まれる。

だが、今の俺ならごり押しで行けるはずだ。

もう片方の手を振るおうとしたその時、キメラの縫い付けられたような口が動きだす。


「ぼ、ぼ、ぼ、、、く、、、かっ、、こ、、、いい?」


は?こいつ今、しゃべっ・・・


止まった思考の中、突如タイル貼りの壁に複数の穴が開き、そこから純白の光が射出される!

視界に光を捉えた俺は死の気配を感じ、急いでその場を離脱する。

が、イレギュラーの連続で少し判断が遅れた俺は、左腕に光が当たってしまった。


「があああああああぁぁぁぁ!!!!!」

痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛

痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛

痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛


視界が、思考が赤に染まる。何が起きた!『痛覚耐性』は!?なんでこんなに痛いんだよ!左腕が燃えているかのような錯覚を受ける。

白い光を食らったせいか!?体中から嫌な汗が噴き出し、過呼吸になる。

痛みで、しばらく動くことが出来なかった。


どうやらキメラも同じく食らったようで、右肩と両手が欠損していた。おまけに、


「再生速度が遅くなってるのか?」


キメラの脚はとっくに2本に戻っている。

恐らくあいつは、俺より高Lvの『再生』を持っているはずだ。

だが、一向に手が生えてこない。明らかに再生速度が違いすぎる。


そんなことを考えていると、また別の場所に穴が開き、白い光が俺に飛んでくる!


「あぶねぇ、これは生き返れない可能性が高いな。」


『身体強化』で避けた俺は、思ったことを口にする。

再生速度が遅いとなると、体が再生しきるまで現世に魂を留める時間が長くなるだろう。そうなると、先に魂を留めるための魔力が枯渇し、死が確定する。

痛みも治まり、冷静に考えられるようになった。


「あの光はこの地下の意思みたいなものか?このままだと負けそうだから『不死』持ちの俺に有効な手を使った、とか?」


審議は不明だが、あの光はキメラの完全な味方ではないようだ。

現に両手吹き飛ばしてるしな。それならば利用させてもらおう。

あのキメラ、人間みたいなことを言ってるし、自分で倒したくないんだよな。


そうと決まれば。俺はキメラの元へ再度駆け出し、顔へと飛んだ!


対するキメラは手のない両腕で、俺のことを蚊のように押しつぶす気だが、俺はそれを両足でなんとか受け止め、白い光の射出を待つ。


白い光で頭を抉る作戦だが、俺がギリギリで避けないと死ぬんだよな。

正直怖いが、『身体強化Lv2』で余裕を持って回避は出来る。

なんとかなると、自分を信じよう。


そうすると、突如キメラの頭が激しく揺れ動く。


「うー!が!あう!ああ!」


「・・・お前、泣いてるのか?」


両腕に力を込めながらも、そのキメラは涙を流している。

俺にはそいつが何かに抗っているように見えた。

それを見て俺は、こいつの境遇を粗方察する。


すると、キメラは静まり返り、腕に込める力を弱める。

そのまま器用に腕の断面に俺を乗せ、胴の中心に移動させる。


「・・・もしかして、お前死ぬ気なのか?」


「おねえ、ちゃん、、ぼく、、かっこ、いい?」


なぜかは分からないが、一時的に人間の意識が戻ったのか。

やりづらいな。今までとは違う、感情と言葉を持った敵。

こんなことなら、『翻訳』なんて取るんじゃなかったな。


このキメラは俺のために、自ら死ぬことを選んだ。

これじゃあ、あまりにもこいつが報われないじゃないか。

せめて、俺が今出来ること・・・


そんなことを考えていると、白い光が俺たちの元へと迫る。


びしゅうううん!!!


俺は予定通りその場を離脱し、キメラに言葉を投げかける。


「じゃあな。お前の行動、めっちゃかっこよかったぞ。」


白い光が、キメラの優しい笑みと涙を、覆い隠した。


「スキルポイントを118ポイント獲得しました」


地面に降り立ち、キメラの血を吸いに胴が無くなった死体へと足を運ぶ。

気分は最悪だが、腹が減っては死んでしまう。

俺は大きな脚に噛り付き、血を吸い上げると・・・



          △▼△▼△▼



そこは小さな集落だった。どういうことだ?さっきまで俺は地下にいたはず。

すると、奥のほうから少年が走ってきた。


「おねえちゃ~ん!待ってよ~!」


人だ。初めての人に会えた。まさか地下を抜けれたのか?

なんにせよ、この子から少しでも話を聞かなければ。


「そこの君!俺ここに来たばかりで何にも分からないんだ!

 なんでも良いから、この世界について教えてくれないか!?」


「はぁはぁはぁ―――」


少年はこちらに見向きもせず、息を上げながら走り去っていく。

無視されたのはちょっとショックだが、知らない大人について行くなってのは、どこの世界でも同じなのかもしれない。

仕方ない、この集落の村長さんとかに話を聞いてみよう。


「そんなに急がなくてもいいわよ。

 私『身体強化Lv1』しかないんだし、置いて行かないわよ。」


「ぼくスキル持ってないもん。

 でも、いっぱいスキル持って、カッコよくなるんだ!」


「うんうん。夢は騎士団長さんだもんねえ。応援してるよ、アイト。」


「うん!」


ぼく・・・かっこよく・・・まさか、これって!


景色が歪み、場面が変わる。

日が沈み始めた集落で、先のアイトという少年が木剣の素振りをしていた。


「482、483、484、―――」


そうすると、ローブを羽織い、顔の縫い口が目立つ男が少年に話しかける。


「君、イイね。

 強くなるための飽くなき探求心と、それに見合うだけの魂の器・・・」


「おじさん誰?」


「おっと、失敬。私は研究者でね。

 強くなるための方法を主に研究している者だ。以後よろしく。」


ローブ男は大げさに、マジシャンのようなお辞儀をする。


「ほんと?おじさんもぼくと同じだね!」


「同じ・・・そう!同じなのだよ!

 言わば私たちは同志、同じ目標に挑み続ける戦友だ。違うかね?」


「う、うん・・そう?だね」


早口でまくし立てた上に、縫い口が目立つ顔を前に突き出され、困惑する少年を他所に、男は話し続ける。


「だが、天才の私はなんと!

 ついに強くなるための、スキルを簡単に獲得する方法を発見したのだよ!」


「すごい・・・ぼく才能も魔物を倒した経験もないから、スキルはあんまり持ってないや。」


「そうか、可哀想な少年よ。だが、この方法ならば君はスキルをたくさん獲得できるだろう。ついてきたまえ。」


この男が少年をキメラにした犯人か!俺は恐らく、キメラの過去を追体験している。

だから、俺が何をしても、ここでアイト君がついて行くのは確定しているのだろう。

でも、彼の涙を見た身としては、止められずにはいられなかった。


「ついて行っちゃだめだ!アイト君!」


直後、少年は考えた末に出した結論を口にした。


「ぼくはいらないかな。強くなるのも大事だけど、ぼくはおねえちゃんに認められるくらい、かっこよくなるのが目標なんだ。

だから、スキルを簡単にもらって強くなるのは、かっこよくないしぼくはいいよ。」


あれ、断った?じゃあもしかして、過去が変わった?キメラにならずに済んだってことか?


そう楽観視した直後、ローブの男がわなわなと震え始め、声を荒げだした。


「少年!君!、君までもが私の研究を否定するのか!

 何ごちゃごちゃ言っているんだ!かっこいいとか、そんなくだらないことで!

 強くなれるんだぞ!私に同行すれば!

 そうすれば!そんなちゃちなことなんて、せずにいられるというのに!!!」


男はさっきまでの態度とは打って変わり、勢いよく足踏みをしながら怒り始めた。


「調達に良いと思って残しておいたが、もう知らん!こんな村一つ、私が潰してやる!魔王様・・・申し訳ございません。申し訳!申し訳!申し訳―――!!!」


怒り狂った男が、その辺の岩に血を流しながら頭を打ち付け続けていると、集落の方から爆音が響き渡る。


どごおおおおおおおん!!!!


集落を見ると、多種多様なキメラが家、そして人までもを破壊しつくし、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌していた。


「なに?これ?へ・・・ね、ねえちゃんは!?ねえちゃん!!!」


ばん!


今にも集落に向かって走り出そうとする少年を、男は乱暴に叩きつける。


「君には来てもらいますよ。いい材料になりそうですので。」


「う、あ、、」


頭から血を噴き出したままの男は、少年をキメラに担がせ、その場を後にした。



―――場面が引き戻され、見慣れたタイル貼りの空間。なぜ唐突に記憶を見たのか、あのローブの男は誰なのか。そもそも何年前の話なのか、何も分からない。


あの男に関しての手がかりはほとんどない。だから俺はわざわざ男を探したりなんてしない。俺はヒーローじゃないし、アイト君の復讐を果たす気もない。

もうどこかの誰かさんが解決しているのかもしれないしな。


それでももし、偶々そいつに出くわした時は、


「叩き潰してやるよ。クソローブ。」


憎悪に満ちた顔で、俺は穏やかでない心中を吐露した。



          △▼△▼△▼



俺の第一目標は地下からの脱出、次に人間が多くいる街に行って情報収集だ。

第一目標のため、引き戻された空間で隠し通路などを探したが、なにも見つからない。そのため、2階から1階の扉前に移動し、扉が開くかテストしにやって来た。


扉の前に着き、思いっきり扉を押す。

すると、あんなに固く閉ざされていた扉が、開いた。

遂に地下からの脱出を果たしたのだ。


「やっっった~~~!!!遂に出れたぞ!!!」


見渡したところ森の中って感じで、木漏れ日が美しい。

知らない木々と、初めて見る生き物だらけで、改めてここは地球でないことを認識する。


「だが、とりあえず街を探すために森を抜けないとな!

やべぇ!テンションめっちゃ上がって来た!」


外に出るのがこんなに嬉しいなんて初めての経験だ。

思えば地下暮らしも長かったな~。もはや懐かしく感じる。


そんなことを考えながら、外への始まりの一歩を刻もうとした瞬間。


ぼう!


なんだ?体が燃え・・・


「ぎゃあああ!!!熱あつあつ!!!」


ほとんど反射的に元いた場所に引き返してしまった。

慌てながらも、血で鎮火に成功する。

そうだ、忘れていたけど俺、


「吸血鬼だったな」


残念だが、夜まで待つしかないようだ。

あのクソ男のローブが欲しいと、切実に思う。

そんなこんなで、俺の地上暮らしがようやく幕を開けた。

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