第5話 ペットと飼い主の恋愛事情
「どうしたの、ポチ? なんだかすっごい疲れた顔してる」
コチラを見つめニタニタと笑いながら赤い瞳で僕を見つめる少女が一人。
はあ。
よりにもよって、次のポチ当番が彼女とは……。
「ダメだよ、ポチ。ため息なんか吐いちゃ。そんなんじゃ魔力が逃げていっちゃう。あっ、でもポチは元々魔力なんてないから関係ないか」
ケラケラと笑いながらコチラをからかってくる彼女はサキ。
恐らく僕が最も苦手としているタイプの人だ。
再びため息が口から溢れる。
「ええそうです、疲れています。だから放っておいてください」
「もうポチ、そんな不機嫌そうな顔しちゃって。何か嫌なことでもあった?」
「ええそうですね現在進行形で」
「またまた。そんな冗談言っちゃって」
「いや冗談じゃなくてですね」
ダメだ。
さっきからずっと会話のペースを握られてしまっている。
「にしてもポチ、エルと一体なにをしていたの? それとももうしちゃったの?」
興味津々と言った表情でコチラを見つめてくるサキ。
「なにを言って……って、してません、していませんよ!!」
なんて事を言うんだサキは!
僕とエルが……って、そんなわけないだろう!!
「エルも手が早いね。みんなにはあんなに釘を刺していたのに。自分はちゃっかり楽しんじゃったなんて」
「だからしていませんって。エルさんにはその、色々と診てもらっただけです」
「ふ〜ん。色々見てもらったの。そう、ポチはそういうのが好きなの。アタシ達気が合いそう♪」
サキはその身体を下からなぞるように指を這わせてみせる。
その動きが僕が頑張って見ないようにしていた彼女の白い肌に意識を誘導する。
彼女の服は布面積が小さく開放的で、油断すると見えてはいけない部分が見えてしまいそうだった。
「ふふっ、こんなので赤くなっちゃって。ポチ可愛い♡」
このままじゃまずい。
理性が持っていかれそうだ。
だがこれが彼女の作戦であることはわかっている。
彼女からはコチラに手を出せないから、こうやって僕の口から言葉を引き出そうとしているのだろう。
けれども僕はすでにエルとのあれこれで予習を済ませている。
またなし崩し的にあれやこれやしてしまう前に、なんとかしなくては。
「いやいや、僕は別に見せたがりって言うわけじゃないですよ。たださっきは必要に迫られただけで……」
「必要って、つまりそういうことでしょ?」
「だから違いますって。僕はただエルの研究に協力していただけです。僕が元の世界に帰るのに必要だからやったんです。何でもかんでもそれと結びつけないでくださいよ」
「でも隅から隅まで、あれやこれやも見せちゃったんじゃないの?」
「見せてませんよ。というかそもそも全部は脱いでいませんからね」
「ふーん、そうなんだ」
サキは心底意外そうな顔をしている。
いや、サキはエルのことをどう思っているんだ?
「残念、折角エルもそういうことに興味が出てきたかと思っていたのに」
「どういうことですか?」
「エルってなんというか、こう、研究一筋って感じでしょ?」
「はぁ」
確かに知らないことを知ろうとする姿勢が彼女は強い気がする。
とてもグイグイきたもんな、エル。
とはいえ出会って間も無いから、普段のエルがどんな感じなのかは知らないのだけれども。
「まあエルは寿命が長いから、今は考えなくてもいいやって考えちゃっているみたいだけど。あの子、放っておくとそのままズルズルと最期まで一人で好きな事を研究していそうなんだよね」
種族によって寿命が長いとか、やっぱりそういうのあるんだなあ。
そんなことをぼんやりと考える。
「いいんじゃないですか、本人がそうしたいなら」
すると今度はサキがため息を漏らす。
いや、なんなんだこの場は。
「まあ否定はしないけど。ただやっぱり、選択肢として知っているのと知らないのとは違うじゃない? 別に最後に選ばなくても良いけれども、知っておいてはいてほしいと思うわけ」
「はぁ」
なんで僕はサキの悩み事を聞くことになっているんだろう。
それもエルのことを。
というかこんなことほぼ初対面の僕に話すことじゃないだろうに。
「それにエル、なんというかこう、そういうのに耐性がないし、素直な良い子だからいつかコロッと騙されちゃいそうで、アタシとしては心配。わかるでしょ、ポチ?」
言われてみればエルの照れ顔を結構見たような気がする。
あれはそういうことだったのか。
「でもそれと僕がどう関係しているんですか?」
するとサキはその瞳を大きく開きキョトンとした表情を見せると、明らかに失望したような視線を向けてくる。
「だからポチはポチなんだよ」
いや、今の会話に僕が責められるところはなかったはずだ。理不尽だ。
「まあポチにそういう経験がないことはニオイでわかっていたわけだけど。おにーさん本当に鈍いね」
「ぼぼぼ、僕は経験豊富ですし。未経験じゃないですし。というかニオイでわかるならエルとはそういう事してないってわかったんじゃないですか? いや僕は経験豊富ですけど」
本当にさっきのくだりはなんだったんだ。
まあ僕は未経験じゃないけれども。
「そういうところだよ、ポチ。そんなにオドオドしちゃってさ。やっぱりアタシが躾けてあげよーか?」
「いえ、結構です」
「遠慮しなくていいよ?」
「いえ、本当に大丈夫です、間に合ってます」
「今ならサービスしちゃうよ♡」
「
「その気になったら言ってよね」
サキはそう言っているが、恐らくそんな時は来ないだろう。
いや来てたまるか。
「まあそれはともかく、今までそういう素振りを見せなかったエルが、ようやく異性に興味を示したわけ」
「へえ、いい事じゃないですか」
するとサキのじっとりとした視線が突き刺さる。
「まだわからないの、ポチ?」
「なにがですか?」
「エルが興味を示したのが、君って話だよ。本当に鈍いね、ポチは」
「……は? はーーーーー?????!!!!!」
思わず口から叫び声が出てしまった。
ありえない、ありえないでしょ。
「もう、弱いからってそんなに吠えないでよポチ」
耳を塞ぎ顔を顰めたサキがそう溢したが、コチラはそうも言っていられない。
「いやいや、だってエルのあれは、僕を研究対象として見ているだけでしょう?」
「ええ、そうかな? だってあんなに人のことを庇うエルのこと見たことないよ?」
「それは僕のことを間違えて呼んでしまったことを負い目に感じてしまっているからで」
「みんながポチに手を出せないようわざわざ契約書まで使っちゃってさ。あれ結構高いんだよ」
「そう、なんですか?」
「それに普段は隅から隅まで調べ上げないと気が済まないエルが、君のことを気遣って遠慮したわけでしょ? これは只事じゃないと思う」
「でも僕は彼女の
「ついにおにーさん認めたね♡ でもいいじゃん、そこから始まる関係もあると思うよ」
いやそんなことあるだろうか?
なんだかそう言う結論に持っていこうというサキの強い意志を感じる。
いやでもそんなことないと思うけどなあ。
「まあポチは鈍チンだからわからないと思うけど、頭の片隅には入れておいてね」
「はあ」
まあ全然納得いかないが、サキの頭の中ではそういうことになっているらしい。ありえないと思うけどなあ。
「あれ? じゃあサキが僕を食べたいっていうのは嘘ってことですか?」
「そんなわけないじゃない。それはそれ、これはこれ」
なんだそれは。
「別にアタシはただ珍しい食べ物があるから、少し味見したいってだけ。全部食べちゃうつもりはないよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものだよ。まあ味見しているうちに、我慢できなくなっちゃうかもしれないけど」
「だめじゃないですか」
「まあともかく、これからよろしくね、ポチ♡」
そう言う彼女は教科書に載っていそうなくらい完璧な笑みを浮かべていた。
飼い人ポチは帰りたい 米鐘数奇 @suki_komegane
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