第4話 服を脱げと言われても
結局協議の結果、彼女達は僕の元を当番制で訪れてくることになった。
というのも今のままでは喧嘩に発展しかねずそれに僕が巻き込まれかねないから、ということだ。
いや当番制にしたからといって僕が危うい状況に置かれているのには変わりないのではないか、なんなら歯止め役がいない分より危険なのではないか、と不安にもなるがそこはまあファンタジー世界、署名すると絶対に破ることのできない契約書というものがあるようで、それによって僕の安全は保証されるらしい。
「だがくれぐれも過信しないでくれよ。契約書の内容は、あくまで私達から君の許可なく無理やり迫るのを禁止しているだけで、君から自発的に申し出る分には働かないからな」
とはエルの談だ。
ただこれは僕が彼女の研究に協力するために必要な抜け道だそうなので、受け入れるより他ない。
それに僕が同意しなければ良いだけの話だ、何も問題はないだろう。
「でもって、最初のポチ当番は私になったというわけだ」
と胸を張りやる気満々な様子のエル。
ふふんと眼鏡を指で押し上げ決めポーズまで取っている。
「ポチ当番とか、ますますペット扱いになったような……」
あっ、まずい。
つい口が滑った。
「うっ、すまない。気を悪くしたか?」
案の定エルはしゅんと眉を垂らし落ち込んでしまっている。
弁解しなくては。
「いえ、いいです。大丈夫です。もう諦めているので」
まあ彼女達の庇護下で過ごすより他無いのは事実だ。
後は呼び方が居候になるか穀潰しになるか、ペットになるかの違いしかない。
「なんなら鳴いてみせましょうか? 芸でもしてみせるのが良いですかね?」
まあそんな見せられるような特技はないんだけど。
精々手を出しかけて挫折した趣味が少しあるだけだ。
芸もないから身も助からないってか、はっはっは。
「なあポチ、そんなヤケにならないでくれ。これでも私は、君とは良き友人でありたいと思っているんだ」
うう、罪悪感が凄い。
こういう時場を和ませる会話のレパートリーに乏しいのが悔やまれる。
「すみません、なんというかその、緊張してしまって」
「まあポチにとってここは異世界だものな。そういうこともあるだろう。だがさっきも言ったように、私は君とは友として接したいと考えている。だから遠慮はしないでくれ」
エルはコチラに笑顔で手を差し伸べてくれる。
なんて良い人なんだろう。
今まで彼女のことを疑ってしまっていた自分が恥ずかしい。
よし、この世界ではエルについていこうそうしよう。
「ありがとうございます、エル。これからよろしくお願いします」
「うむ、コチラこそよろしく頼むよ」
その柔らかく滑らかな感覚にドギマギしながらしっかりと手を握り返す。
改まって握手をする機会なんてないからなんだか照れるな。
エルが美少女なのもあって、目を合わせにくい。
「それでだな、ポチ。少し頼みがあるんだが……」
エルはポリポリと頬を掻き、なんだか言いづらそうなことのように切り出した。
「なんです? 遠慮せず言ってくださいよ。友人、なんでしょう?」
だから僕は彼女がその先を続けやすいよう、話してくれと促す。
まったく、水臭いなあ。
遠慮するなと言ってくれたのはエルの方なのに。
「ああ、君にそう言ってもらえるとありがたいよ」
「ええ、僕にできることなら言ってください。そもそも僕が元の世界に戻るための研究なんですから、可能な限り協力しますよ」
それを聞いたエルは安心したように口を緩める。
見惚れてしまいそうな笑みに思わず頬が赤くなる。
「それではポチ、早速服を脱いでくれないか」
「はい喜んで! ……え?」
あれ?
僕は今何かとんでもないことを言ってしまったのでは?
「いや助かったよポチ、これを拒否されてしまったらどうしようかと悩んでいたんだ。快諾してくれて感謝するよ」
「いや、これは、その、もののはずみといいますか……」
見るとエルは眼鏡の奥の瞳をギラギラと輝かせている。
これはあかんやつだ。
「いやちょっと待ってくださいエル心の準備が」
「準備なんて必要ないだろう。善は急げだ。ほらほら、早く脱いで君の姿をもっとよく見せてくれ」
ダメだ聞いてくれない。
「いや、でもほら、さっき言っていたじゃないですか。契約によって、僕の嫌がることはできないんでしょう?」
「何を言っているんだ、ポチ。君はさっき了承してくれたじゃないか」
契約書とやらはあの程度ですり抜けられてしまうのか。
想像よりずっと頼りないじゃないか!
「さあさあ、恥ずかしがるな。大丈夫、私も手伝ってあげよう」
「いや結構です問題ないですというか力強いなおい!!」
さっきから握った手を振り解こうとしているのに、柔らかい感覚に反してまるで石でできているかのようにびくともしない。
「僕らは友人なんでしょう。ですからもっと、こう、段階を踏んでですね」
「
「いや今の絶対変な字が当てられているやつじゃないですか。嫌です、友人だからって流石に裸を見られるのは許容しかねますよ」
「その昔人間がいた時代には裸を見せ合い親睦を深めあう文化があったと聞いたことがある。であればそれもまた友情の形だろう」
「それは同性同士の話であって、異性とは違いますよ!」
「私たちは種族が違うんだから些細な問題だろう?」
「そんなわけないでしょうが!」
あーだこーだ言っている間にエルの手が僕の服を掴む。
もうダメだと僕は観念して目を瞑った。
「……あれ?」
が、いつまで待っても服を捲りあげられる感覚がこない。
目を開けると、イタズラが成功したとでも言わんばかりに得意げな表情をエルは浮かべていた。
「とまあこんな感じで案外契約書というものも当てにならないんだよ、ポチ」
「え、じゃあ今のは?」
「あまり真剣に聞いていなさそうな君に対するある種の警告、のようなものかな」
「助かったぁ」
安堵感から身体の力が抜けその場にへたり込む。
なんだかどっと疲れた気がする。
「まあこれに懲りたらもっと気をつけることだ。私達は君のことを狙っているんだからな」
「ええそれはもう気を付けさせていただきます。いや本当にエルが最初に教えてくれて助かりました」
はははと二人で笑い合う。
次は気をつけないとなあ。
それにしてもこんな芝居をしてまで僕に警告してくれるなんて、エルは本当に親切だなあ。
この世界で一番頼れるのはやはり彼女なのではないだろうか?
感謝の念を込めてエルに視線を送る。
するとエルはウインクで応じてくれた。
どうやらお茶目な一面もあるらしい。
「さて、それでは脱いでもらおうか?」
おや?
僕の聞き間違えだろうか?
さっき水に流したはずの話題が帰ってきたぞ?
「またまた。冗談はやめてくださいよエル」
「いやいや、冗談じゃないぞ」
「またまたまた」
「いやいやいや」
あれ?
なんだか雲行きが怪しくないか?
「エル、さっきのは僕に警告するためのお芝居だったんでしょう? 本気じゃなかったんでしょう?」
「いや、私は極めて真面目だったぞ。というか研究するんだから、まずは見ないことには始まらないだろう?」
「え?」
「ん?」
エルを見ても冗談を言っているようには見えない。
これは本当にまずいのではないだろうか?
「それに言っただろう? 私達は君を狙っていると」
思い返したら確かに言っていた。
さらっと流してしまっていたらしい。
ヒヤリと冷たい汗が流れる。
「まあ君が嫌がることをしようという気はない」
「ああそうですよね、いやぁ良かった」
「だから君が心の準備とやらを終わらせるまで待っていよう。君の言う準備とやらにも興味があるからね。ほら、私は見ているから存分に準備するといい」
エルはにこやかな表情を浮かべているが、やはり冗談を言っているようには見えない。
これはもしかしなくても逃げられないやつだな?
諦めて彼女の要求を受け入れるしかないらしい。
僕の油断のツケを早速自分で払うことになりそうだ。
というわけで僕はエルの前でストリップショーをする羽目になったのだけど、下着を脱ごうとしたところで顔を真っ赤に染めたエルに慌てて止められた。
どうやら脱ぐのは上だけで良かったらしい。
『全部脱ごうとするとか君は露出狂か? 見せたがりか?』とエルに言われたけれども、脱げと言われたら普通全裸になれという意味として受け取るだろう。
誰だってそうする。
僕だってそうする。
だから僕は悪くない。
まあ照れたエルが可愛かったから良かったと言うことにしよう。
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