第3話 人類は絶滅したようです
彼女達のペットとなってしまったこれからの生活に不安を覚えたところで、ふと先ほどの言葉に違和感を感じる。
「あれ? そういえば今、人間が珍しいとか言っていたような?」
見るとエルは気まずそうな顔を浮かべ、サキは意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「それは、だな……」
「ニンゲンはヨワヨワだったから、ゼツメツしちゃったんだって」
サキの甘ったるい声が脳を揺らす。
エルがサキを嗜めているが、僕の頭ではサキの言葉が反響していた。
ゼツメツ、ぜつめつ……絶滅?
「絶滅って、つまり、滅んだってこと?」
「ああ、まあ、そういうことになるな」
歯切れの悪い回答とともに、不憫な存在を見るような目をコチラに向けてくる。
「元々は人間という種族もこの世界にいたらしい。が、それも数千年も前の話だ。生きた個体なんて見たことがない。我々にとって、人間とは文献上の存在だよ」
エルの告げた言葉は、僕にとっては何処か他人事のように思えた。
いや、だってそもそもこの世界の人間が僕と同じものかは分からないし、仮に同じ物だったとしてもここは別の世界。
精々この世界では人間を見かけないんだなあ、くらいの話だ。
どうせ周りが未知のものであるという前提は変わらない。
「あれあれ、どうしちゃったの? おにーさん、黙り込んじゃって。ニンゲンが滅んだって聞いて、寂しくなっちゃった? アタシが慰めてあげよっか?」
「いい加減にしろよ、サキ」
からかうサキをエルが再び嗜める。
コチラを気遣ってか、エルは僕に頻繁に視線を送ってくれていた。
エルという娘はサキとは違い、気配りのできる良い子のようだ。
「そういうエルだって、実はちょっとワクワクしているんじゃないの? 文献上の、絶滅したとされる幻の生き物を前にして」
「うっ、それは、まあ……興味がないわけじゃないが」
「さっきからポチのことチラチラ見ているのバレバレなんですけど〜」
「ななな、べ、別に私はそういう事をしたいわけじゃ……。いや、でも彼が許してくれるならすこーしくらいは調べさせて欲しいかな、なんて……」
悪寒が走り、思わず自分の身体を庇うように手で自らを抱きしめる。
前言撤回。
あの目はそう、心配してくれているんじゃなく実験対象を観察するときの目だ。
隅々まで見逃すまいとしている目だ。
エルは頬を赤くし、まるで恋する乙女のようなうっとりとした表情を浮かべているが、頭の中ではこれから行う予定の実験の数々に想いを馳せているのだろう。
畜生、味方はいないのか。
後ろで控えている二人に目をやってもさっきとちっとも変わらない。
むしろワーウルフの少女の方は近づいてきていてさっきより危険な気がする。
「なあなあ、そいつ食っちゃダメか?」
そして彼女はやっぱり僕を食べようとしていたらしい。
「ほら、少しだけ、齧るだけでもいいからさ〜。なあ、食べてみたいんだよ〜」
「ダメよウル、ポチは貴重なニンゲンなんだからアタシも味見したいのよ」
「二人とも何を言っているんだ。彼は私達が手違いで呼び出してしまったんだから、責任を持って元の世界に送り届けるべきだろう」
「そう言いながら、エルだってポチのこと調べたくてウズウズしているくせに」
「そーだそーだ、おーぼーだ!」
「仕方ないだろ。これを逃したら次はあるか分からないんだから」
あーだこーだと三人が話し込んでいるが、どれも僕の末路がどうなるかを話していると言う点では同じだ。
僕に未来はないのか?
諦めかけたそのとき、ワサワサと頭に何かが触れる感覚がした。
これは、蔦?
上を見ると葉のついた蔦が蠢いているのが見える。
それを辿っていくと、いつの間にか側に近付いて来ていたアルラウネの少女に繋がっていた。
「君は……」
コチラを見下ろす彼女はやはり表情の動きが分かり辛い。
が、何処かコチラを労ってくれているように見える。
「あ、アル! 抜け駆けしてる!」
「ずるいぞ、オレだって欲しい!」
「そんなの、私だって! あ、いや、違う、違うんだ」
三人の抗議の声をアルと呼ばれた少女が涼しい顔で受け流す。
その姿がなんだかとても頼もしい。
伸ばした蔦で僕を包み込んでくれていて、どこか安心感さえ覚える。
安らぎに似た感情、これは……。
「こらアル、催眠効果のある花粉を使うのはやめろ!」
「あっぶな!!!」
沈みかけていた意識を無理やり覚醒させ、蔦の隙間を抜け転がり出る。
いやいや、まさか気付かぬうちに寝かされそうになっていたとは。
そのまま寝ていたらどうなっていたか考えるのも恐ろしい。
「わたしの花粉、ただリラックスさせるだけ。そんなに危ないものじゃない」
「それで、寝かせたらどうしようとしていたのよ?」
「血を、味見したかった」
どうやら僕の血が目当てだったらしい。
というか彼女達やっぱりみんな危険なのでは?
「まあ待て、みんな落ち着け。そんな調子で彼を怖がらせたらどうする。警戒されたら、警戒して研究に協力してもらえなくなるだろうが」
「いやもうすでに警戒度マックスだし、なんで僕が研究に協力する前提になっているんです?」
そうだそうだと三人から上がった抗議の声をおさえ、エルはコチラを見る。
「さっき言っただろう。君を元の世界に送り届ける技術はまだ未完成だと。君を無事に送り届けるためにも、君自身の事をよく知る事が必要なんだ」
なるほど、確かに一理ある。
だが、先ほどの視線を思い出すと不安な気持ちの方が勝るのも事実だ。
「もちろん、君自身に不快な想いをしてほしいわけじゃない。だから君自身の望まぬことはしないよう、こちらも配慮しよう。どうだい、呑んでくれないか?」
僕をじっと見つめるエルの瞳は真摯で、確かにコチラをきちんと尊重しようという意思を感じる。
そしてこれを断ったところで、この世界で他にあてがあるわけでもなかった。
結局のところ、僕は彼女達のもとで元の世界に戻るその日まで過ごすしかないのだろう。
「まあ仕方ないですね。だってそうしないと、元の世界に帰れないって言うんでしょう? 協力します、協力しますよ」
すると不安そうなエルの表情がパッと笑顔に変わる。
「本当か? 本当の本当にいいのか?」
「さっきも言いましたけど、他に選択肢はないんでしょう? だから研究には協力します。そのかわり、きちんと僕を元の世界に送り届けてくださいよ」
「もちろんだとも、よろしく頼むよ、ああ、ええっと」
エルは少し悩んだように目を巡らせている。
まあ、ここは僕が折れるところだろう。
「いいです、ポチで」
「いいのか?」
「だって不便でしょう。そうしないと。だからこの世界では、僕はポチでいいです」
「そうか、じゃあポチ、よろしく頼む!!」
僕の手を取りブンブンと嬉しそうに振るエル。
初見の印象とのギャップを感じながらも、感情表現が豊かでこちらの方が僕は好きだ。
「ああ、それと」
「なんだ?」
「ああ、いや、あはは」
「なんだ、言ってくれ、ポチ」
笑顔で聞いてくれる彼女に、僕もまた笑顔で答える。
「彼女達からちゃんと僕を守ってくださいね」
見ると蚊帳の外に置かれていた三人が、コチラをすごい形相で見ている。
三者三様に僕のことを狙っているようだ。
さっきはなんだか良い雰囲気だったので指摘しづらかったが、実はずっとプレッシャーをビシバシ感じていた。
元の世界に帰る以前に、彼女達に襲われるのが先じゃないか?
僕はこれから、本当に彼女達と暮らしていけるのか?
いけるんだよな?
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