第2話 異世界召喚は自由研究?
命の危機を二つ乗り越え、再び状況は振り出しに戻る。
いや、振り出しではないか。
僕の下にあった魔法陣の輝きは失われ、さっきまで僕の周りにあった光の壁がなくなった。
自由になった、と言えば聞こえはいいがそれは彼女たちも同じこと。
つまり僕は危険な世界に着の身着のまま放り出されたということだ。
猛獣の檻に放り込まれた哀れな獲物だ。
RPGのケチな王様ですら檜の棒を支給してくれるというのに。
この世界の神様は何をしているんだ。
僕にこの世界を生き抜く能力をくれよ、なんて愚痴りたくなるものの、そんなことを言っても仕方がないことはわかってる。
だってここは現実なのだから。
いや召喚とかいう荒唐無稽な出来事が起こってしまったのだから、能力を授けてくれる神様、とかいうのも現実にありうるのか?
ただ生憎僕は寝て起きたらここにいたのでそんな都合のいい存在とは出会っていない。
ガッカリだ。
そんなことを考えていると、四人での話し合いが済んだのかエルフの少女がコチラに向かって歩いてくる。
その手に黒い首輪のようなものを握って。
あれ、おかしいな。
エルフの娘はさっきサキュバスの娘に食べられそうになっていた僕を助けてくれたんじゃなかったっけ?
エッチな目に遭いそうな僕を助けてくれたんじゃなかったっけ?
なのになんでそんなものを持っているんだ?
彼女は特殊なプレイをお望みだったってこと?
これからアブノーマルなあれこれが繰り広げられちゃうってこと?
獣みたいに激しいあれそれが始まっちゃうってこと?
困惑する僕に対し、エルフの少女はニッコリと笑顔を浮かべおいでおいでと手招きしている。
彼女は首輪を指差しながら僕に向けて何かを言っているようだが話している言葉はわからない。
けれどもあの首輪にはきっと隷属の魔法とかが刻んであるんだろう。僕は詳しいんだ。
僕は彼女たちの玩具として一生を終えるのだろうか。
まあみんな見た目は可愛いし、元の世界では漫画やゲームくらいしかなかったから、そんな人生も悪くないかもしれない。
むしろ惰性で生きていた元の生活に比べて、天国のようなものなのでは?
考えれば考えるほど素晴らしいものに思えてくる。
これもまた他に選択肢がないことから目を逸らす現実逃避といえばそうかもしれないけれども、奴隷スタートな異世界小説なんかもあるし、案外なんとかなるかもしれないと信じよう。
白くて細い指がそっと僕の首に触れる。
丸いレンズ越しに、彼女の翠色の瞳がコチラを優しく見つめている。
何処か花を思わせる甘い香りが僕の鼻をくすぐる。
サラサラの髪が僕の腕を優しく撫でる。
首筋に感じるつるりとした革の感覚。
金属製の留め具の冷たさ。
かちゃりという音をたて、それは僕の首元に収まった。
「ああ、これから僕はどんなプレイをされてしまうんだ……」
期待と共にエルフの少女を見ると、彼女はキョトンとした表情を浮かべている。
どころか、みるみるうちにその顔は顔を赤く染まってしまった。
「ななな、何を言っているんだ、君は⁈」
少女は照れを誤魔化すように早口で捲し立てる。
僕に正面から首輪をつけていたため顔が近く、少し唾がかかった。
というかあれ?
「言葉がわかるようになっている?」
「君の首に翻訳用の魔道具を付けたからな」
まだ少し顔が赤いものの、落ち着きを取り戻しつつあるエルフの少女が答える。
「ああ、これって隷属効果のついた首輪じゃなかったんですね」
「そんなことするわけないだろう! 私たちを一体なんだと思っているんだ!!」
「僕のことを食べようとしているのかと。色んな意味で……」
彼女の後ろに控える少女たちに目をやると、当の二人は各々の思惑を感じさせる視線で応える。
「やめないか、二人とも! いや、すまないね君。君をここに呼び出してしまったのは、なんというか、その、手違いなんだ」
眼前の少女は頭を下げる。
「手違い?」
「ああ。私たちは、その、学校の自由研究で異世界のものを召喚しようとしていてな」
「学校の自由研究で⁈ 召喚を⁈」
なんということだ。
僕はそんなしょうもない理由で召喚されてしまったというのか?
「ああ、でも私たちは人間を召喚するつもりはなかった。ただ異世界の珍しい物品を召喚しようとしていたんだが……」
「じゃあなんで?」
「それは、その……」
エルフの少女は滝のような汗を流しながら目をキョロキョロと動かしている。
さてはこの娘、雰囲気に反してポンコツだな?
「私たちはちゃんと、召喚陣で対象を指定していたんだ。物品が召喚されるよう、危険物が召喚されないよう、対象の魔力量が規定値以下のものが召喚されるように」
「……ってことはつまり?」
なんだそれ。
つまりそれは……。
「魔力を持たない人間のことを想定していなかった。本当に申し訳ない」
俺が
「なんだそれ⁈ つまり僕は君たちの自由研究で、しかも魔力を持っていないからって物と間違えられて召喚されたってこと⁈」
「すまない……」
「すまないって、僕は元の世界に戻れるんだよね?」
「それに関しては手を尽くす」
「ってことはまだ方法はないってこと? そんなぁ……」
なんてことだ。
僕は世界を救うため、とかのかっこいい理由ではなく、彼女達の自由研究のために、誤って召喚されてしまったらしい。
いや本当なんて傍迷惑な……。
「まったく、そんなキャンキャン吠えないでよ。盛りのついた犬じゃあるまいし。なんならアタシが慰めてあげようか?」
スッとエルフの少女の横からサキュバスの少女が出てきて僕に見下すような視線を向ける。
「そんな、やめないか」
「だってぇ、ペット用の首輪を付けて弱いのがキャンキャン言ってたら揶揄ってあげたくもなるじゃない?」
「ペット用の、首輪……」
「そ、それは」
「そう、それはペット用の首輪。人語を介さない動物との意思疎通を目的として開発された翻訳装置。まあ、お兄さんにはピッタリだったみたいだけどね」
笑いながらコチラに近づいてくる少女。
「ほらポチ、可愛がってあげる。こっちへおいで」
「僕はポチなんかじゃない! 僕の名前は」
「名前は?」
遮るようにサキュバスの少女が口を挟む。くそ、僕のことを舐めているな。
「僕の名前は、ポチだ!!」
口にしてから気付く。あれ、僕は今なんて……。
「アハハ。やっぱりポチじゃない。お似合いの名前ね、ぽーち♡」
笑いながら頭を撫でてくる少女。
なんだ、一体どうなって……。
「サキ、そこまでにしないか」
「えぇ〜、いいでしょ、エル〜」
「良くない、私たちのせいで呼び出してしまったんだ。そんな意地悪をするんじゃない」
「は〜い」
サキと呼ばれた少女は渋々と引き下がる。
「すまない、君が付けているその首輪、実は他にもいくつか機能があってね」
「機能?」
「そ、その首輪を付けている間は、最初に呼ばれた名前を自分の名前として話しちゃうの。元々ペット用だし、そのほうが都合が良いでしょ」
「都合がいいって……」
「重ね重ね申し訳ない」
再び頭を下げるエルと呼ばれた少女。
「まあそもそもその首輪を付けている時、元々の自分の名前を喋れないんだけどね」
「え?」
「だってそうでしょう。そもそも動物を想定した装置なんだから、名前を話せることを想定していない。だからその首輪をつけたら、まず最初に名前を付けてあげるの」
「そんな……」
「だからアタシがあなたにぴったりの名前を付けてあげたの。感謝してよね、ポチ」
ニッコリと笑う彼女が悪魔に見える。
いや、悪魔か。
サキュバスか。
「まあおにーさんは珍しいニンゲン? って種族っぽいから、アタシたちがたっぷり可愛がってあげる。ね、みんな?」
サキは後ろを振り向き話しかけると、各々違った表情を浮かべている。
エルは困ったような表情を、アルラウネの少女はボーッとした表情を浮かべ、そしてワーウルフの少女はコチラをやはり獲物を見るかのような目で見つめていた。
いや、本当に大丈夫かこれ?
ともかく、こうして僕の異世界生活は始まった。
ペットとなった僕の明日は一体……。
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