第15話

「六花、あなたホットレモンでいいんだっけ?」

 璃子は保健室のすぐ横にある自販機に硬貨を入れる。


「ん。ありがとう」


 六花は意識を失っている碧を背負い、一旦と保健室に向かった。六花は保健室に入ると碧をソファーに寝かせる。


「それで、どうしてあなたがここにいるのかな? あなたここの生徒じゃないでしょう」

 璃子からしたら当然の疑問だろう。


「璃子だってここの先生じゃなかったじゃん」


「残念でした。一時的にだけど、今は歴とした学校の先生なんです」


「知ってますー。言っただけですー」


「何なのもう、子供じゃないんだから……。子供か……。まあいいわ、一体全体どういう経緯でこんなことになってるの?」


「言いたくない」

 六花は眉間にしわを寄せて突っぱねる。


「どうせ蔵人くろうどでしょ。五十鈴いすずの事、あなたは聞いてるの?」


「なんだ、わかってるじゃん。ご名答。でもこれ以上は教えてあげない」


「そんなことだろうと思った。それでもう一つ、これが本題。あそこで起きた事を教えて。こっちはちゃんと答えてね。あなたの事は一ミリも疑ってないけど、そのくらいは教えて頂戴?」


「蜘蛛に出会った」

 六花は少し考えた後に口を開く。


「蜘蛛……?」


「多分ね。ねえ璃子、あの時私が殺した蜘蛛の、残された子供たちってどうなったの?」


「その子たち自体は蜘蛛の呪いを受けた普通の子供で何か罪を犯したわけじゃないわ。今は協会や修道会うちみたいなところに入ったり、一般の生活に戻って普通の生活をしてる。これは調べればわかるし、私も事件の後の子供たちに会ったことはあるから間違いないわ。……同じなの?」


「確信まではいかないけど、多分そう。私もあの呪いは持ってるからね。まあ対峙したときはまさかと思ったけど。うちの全部は教えてくれないから」


「大丈夫なの? 今回は私に任せて大人しくしててもいいのよ?」


「まあこっちも頼まれてやってることなんでね。きちんと最後まで見届けるつもりですよ」


「こっちは心配して言ってるんだけど? それにあなたいつもボロボロだよね。もう少し自分の体大事にしたら?」


「今私がボロボロなのは半分くらい璃子のせいなんだけど?」


「でもここは違うでしょう? えい」

 璃子が六花の左手をつつく。


「ん……う……」

 六花はおかしな声を上げる。


「あら、そんなに痛かった? なんかあなたにしてはキレが悪いと思ってたけど。よくそれであれだけぶんぶんと振り回してたわね」


「まあ別に力はいらないし、魔術でいくらでも矯正できるからね。それはそれとして今のは酷くない?」


「ごめんごめん。……ねえ、もしかして芽亜ちゃんの魔術師のお友達ってあなただったりするの?」


「そういう事、今回の事も元々は芽亜から頼まれたのがきっかけだしね」


「そうだったのね。彼女の魔術師の友達って五月さんだけの事かと思ってたから、まさかあなたがでてくるとはね……」


「へえ、五月の事は知ってるんだ」


「まあ修道会うちにも出入りしてるみたいだし、私だって一通りは調べてきてるよ。まあ時間も時間だしそろそろお開きにしましょう? あなた的にもこの子が目を覚ます前に戻った方が都合がいいでしょう? 後の事は私がうまくやっておくから」


「そうしようかな。あんまり戻るのが遅いと芽亜に心配かけそうだしね」


「戻るってどういう事? 会う予定でもあったの?」


「ああ、私の部屋に泊まってるんだ。私も現地にいたほうが動きやすいし」


「まあ他人の人間関係に口を挿むつもりはないけど……大丈夫なのかしら……?」

 璃子はいぶかしむ。


「璃子の事なんだと思ってるの? でも芽亜って可愛いからつい悪戯したくなっちゃうんだよね」


「ん……? あれ、ここどこ……?」

 のんびりしすぎたせいか、二人が話していると、碧が目を覚ましてしまったようだ。


「やば……」

 六花は少し焦る。


「あれ、璃子先生? ここ、保健室? ああ、そういえばここの先生になったんでしたっけ……」

 碧も璃子がここの先生になったことは知っているが、まだ意識がはっきりとしない様子だ。


「こんばんわ、碧さん……。なんかあなた廊下で倒れちゃってたみたいよ? 今日は体調がよくない日だったのかしら? ね?」


「あ、なんか言われてみれば廊下を歩いていた記憶は……。駄目ですね、気を付けないと。あの、それでそちらの方は?」


「え、あ、私は……ただの通りすがりの生徒。たまたま君が倒れてるのを見つけてね。私がここまで運んできました」

 六花はそれらしくごまかす。


「そうなんですね。あの、ありがとうございます……」

 碧はそのまま黙り込む。


「大丈夫? もう少しだけ休んで、そしたら寮に帰ろ? 私が送っていくから。立花さんはもう部屋に戻りなさい。あんまり遅くなったら駄目でしょう?」

 璃子は六花にこの場を離れることを促す。


「あー、そうだったー。明日も早いし帰らなくちゃなー」


「あ、あの……」

 碧は六花を見つめる。

「よかったら今度、時間がある時で良いので会ってくれますか? あ、その……変な意味じゃなくて、お礼とか言いたいですし……。あのクラスとか下のお名前って……」


「わかった。すぐには無理かもしれないけど必ず。私は君の事知ってるから、会う時は私から行くね。じゃあ、私早く戻らないといけない用事があるから、またね~」


「あ、あの……名前……」

 六花は聞こえないふりをしてそのまま保健室を出る。


「いやぁ、私って罪な女だねぇ」

 六花は保健室を後にして学生寮に向かう。

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