第16話

 六花がこの学生寮に来て三日目の朝、肌から伝わるぬくもりの有難味も少し薄れてくる頃、六花は自身の体を頭を乗せて寝ている芽亜の体を撫でる。


(重……。襲われてるの完全に私の方じゃん……)

 少し時間が経ち、六花の意識もはっきりとしてくる。そこで六花は現在のおかしな状況に気が付いた。


(ちょっと……この子何やってるの……)

 そこには寝ぼけているのか六花の首元に噛みついている芽亜の姿があった。


「私は食べてもおいしくないよ。芽亜、そろそろ起き……。あ、ちょっと待って……ん」

 首元にちくりと痛みが走る。

(噛みつかれたのはわかるんだけど、今の痛みって……。ん……。そういう事か?)

 ここにきて突如、今まで気にはしていたが放置したままだった芽亜の謎な部分が解決に導かれる。六花は芽亜の行動に心当たりがあった。初めて出会った時、あの街に来るからには彼女に霊的な才能があるのはわかっていた。また魔法使いでないにもかかわらず、きっかけだけで星明りの石に明りを灯せたのはそれだけ魔力の才能に長けている血が混ざっているという事。璃子が彼女に夜の帳のカーディガンを渡した理由。それは彼女が何らかの理由で陽の光に弱く、そこから彼女の正体を導き出したという事。さらに彼女が好意を持っている相手に対して行った今の行動。彼女はそんな事をする人々に心当たりがある。


(この子吸血鬼ヴァンパイアだったのか……。別に珍しくもなんともないけど)

 六花は考える。この事実を本人は知っているのだろうか。(とりあえず本人から話を振られるまでは黙っておいたほうが良いかな。でもこれ、完全に吸われちゃってるよね……。このまま放置しておいていいのかな……。もう少し吸血鬼の勉強もしておけばよかった……)

 少し首元を吸う力が強くなる。

「あ……。ちょっと芽亜……駄目だって……あんまり強く吸わないで……」

 痛みはないが、全身から力が抜けて六花は骨抜きにされる。


「ふえ……?」

 六花の情けない声に気付いて芽亜が目を覚ます。呼吸を乱して自分の事を抱きしめている六花を目にして彼女がどう思ったかは想像に難しくないだろう。暫し六花の息遣いだけが部屋に響く。


「ご、ごご、ごめんなさい! ち、違うんです。これは、なんか寝ぼけてとんでもないことを……! た、確かに夢の中ですごい良い気分にはなってたんですが……」


「そういう夢は見てたのね……」

 六花は呼吸を乱しながら苦笑いする。

「ねえ、もう一度してみてよ。できるでしょ……?」

 六花は足を絡ませて芽亜の頭を撫でる。芽亜は言われるがままに再び首元に噛みつく。二人はお互いに相手の鼓動が速くなるのを感じる。六花の意識は曖昧になり、次第に目の前が真っ白になっていく。

「これ……痕になっちゃうね。まあいっか」

 虚ろな表情の六花、暫くの沈黙が続く。我に戻ったのか、芽亜は口づけていた唇を離す。


「へへ、今度は私の番だよね」

 ふらふらとしながら体勢を変えて、今度は六花が芽亜の上になり迫る。


「り、六花さん!? ちょっと、ズボン脱がさないでください!」

 一瞬にしてあられもない体勢にされる芽亜。


「力で私に勝てると思ってるの? 流石に今日は逃がさないよ」


「お、落ち着いてください! 話せばわかります!」


「さっき散々私の事おもちゃにしたくせにそんな事いうの?」


「だ、だって、最終的にやれって言ったの六花さんじゃないですか!?」

 芽亜はあまりにも理不尽な一言に反論する。


「それはここまでやっておいてそれはないんじゃない?」

 六花は目を細め不敵な笑みを浮かべると、芽亜の内ももに唇で触れる。


「ひゃい!」


 これからというところでドアをドンドンとノックする音が部屋に響く。

「芽亜ー。朝食の時間よ。起きてるー?」

 ドアの向こうからは五月の声が聞こえた。


「出なければ寝てると思って諦めるよ。早く続きしよ」

 内ももに触れる唇が徐々に鼠径部に近付く。


「今日は私もいるよー」

 これは碧の声だろうか。一瞬六花の動きが止まる。


「隙あり!」

 芽亜は後ろまわりをして六花の拘束から逃れると、そのままベッドから落下する。

「うぐっ」

 着地には失敗したが、芽亜は体勢を立て直すと、下までずりおろされたズボンをはきなおす。

「ご、ごめん六花ちゃん、ご飯いってくる!」


「ちょ、ちょっと待ってよ」


「部屋の中までは覗かれないだろうけど、碧もいるんだから布団の中で大人しくしてて!」

 芽亜は六花を布団の中に押し込むと、部屋着姿のまま五月たちと食堂に向かった。


「……とりあえずシャワー浴びよっかな」

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