第14話
雨雲のせいで月明かりすら無い暗い旧校舎の教室、視界はあまり良いとは言えない。しかしそれは璃子も同様、六花はどうにかしてここから逃げるすべを考える。
(できれば璃子に正体はばれたくない。ここから逃げることさえできれば、流石の璃子で私を追いかけることは不可能……。碧に関しては璃子に任せればここに置いて行っても問題はない。悪いけどここで一旦待っててもらうか……)
六花は碧を床におろす。(本当なら窓を突き破って逃げたいところだけど……それだと位置的に碧が危ないか……)
六花は退路を考える。璃子の事だ、何か仕掛けをされている可能性を考えて、出来れば璃子には近づきたくない。ならば璃子がいるのと逆側のドア、魔術で身体能力が向上している今ならばドアを蹴り破ることは容易い。
短い詠唱の後、空を握りしめ、イメージと魔力を結合させる。
(璃子なら多分大丈夫でしょ。とりあえず威嚇の意味を込めて……)
六花は左手から【魔力刀】を出現させる。そしてそれを璃子を目標に大きく振りかぶる。【魔力刀】が手を離れると同時にその場から猛ダッシュする。そして勢いよくドアに向かい跳躍すると、飛び上がった勢いを利用してそのまま飛び蹴りをする。勢いでドアを蹴り破ったかに見えた。
(嘘でしょ……)
蹴り上げたドアは少しゆがんだ、しかし蹴り破るまでは届かなかった。ドア周辺を包むように張り巡らされた細かな結晶、その結晶がドアと隙間を埋め、まるでバリアのように作用して衝撃を殺す。璃子の方はと言うと、おそらく防御系の魔術で攻撃を受け流したと思われる。何事もなかったかのようにこちらを見ている。
(多分、この【結晶化】の
六花は再度ドアを蹴り破ろうと試みる。
「そんな簡単に逃がすと思いましたか?」
璃子はゆっくりと彼女に歩み寄りながら言った。身構える六花だったが、急遽背後に迫る足音、六花は反射的にそちらを向いてしまう。しかしそこには影一つない。これは【音送り】と呼ばれる魔術でその名の通り近くで発生した音を特定範囲内の別の場所に送るものだった。それに気づいた六花は再び璃子の方を振り向く。そこで彼女が目にしたものは【結晶化】発動の瞬間。彼女が手にしているもの。そのシルエットからそれ自体は何の変哲もない、コンビニでも売ってそうなただのボールペンだろう。しかしそれは見る見るうち、魔力によって作り出された結晶に包まれ一振りのクリスタルの槍となった。六花と璃子の距離はすでに槍の間合い、守りに徹するにはあまりにリスクが大きすぎる状況だ。六花は決意を決める。
(ここで使うか……)
六花はコートのポケットに入っていた【花の栞】を握りつぶす。これは六花の切り札、【仮装魔術】の発動条件。花弁は見る見るうちに黒い霧状のオーラに変化して六花を包み込む。彼女を中心に伸びる鉤爪のように湾曲した八本の足、完全に六花を包んだオーラはその形を異形のものへと変えた。
「それがあなたの切り札かしら……」
平静を装う璃子だったがわずかに動揺が見えた。六花は八つある蜘蛛の足のうち、二本を操りクリスタルの槍に対抗する。
(残りの足は移動と守りの補助、あまり複雑な動きは無理だから私にはこれが限界……!)
攻防は拮抗しているように見えるが、身体能力だけならば六花の方が上、わずかに六花が圧し始める。
「あんまり私の事、舐めないでくださいねっ……!」
璃子は攻防の合間、わずかに距離を離し【魔法の矢】を作り出す。六花めがけて放たれる矢は威力はあれど、外殻のような強固な魔力のオーラを破ることはできなかった。しかしその衝撃は強化中の六花と言えど無視はできない威力である。六花の魔力は確実に消耗し、璃子の手数が増えたことにより再び攻防は拮抗する。しかし【結晶化】と【魔法の矢】は共に魔力消費が非常に大きい魔術、いくら璃子と言えど、六花と同様に今はそこまで余裕は残されていないと思われる。
(こっちもそろそろ限界……、攻めるならチャンスは今か……!)
勝負に出た六花は、璃子にもわかるようにわざと大げさに魔力の出力を上げる。身構える璃子は転じて守りの体勢に入るが、それは六花の狙い通りだった。攻撃に使っていない六本の足で真横のドアを突き破った。(別に逃げられれば璃子に攻め勝つ必要はないんだよね)
勝利を確信する六花だったが、そこで一瞬の隙が生じる。六花は距離を詰められ軽く頬を触れられる。
(な……!?)
六花は全身にチクチクと微弱な電撃が走るような感覚に襲われる。そして途端に六花の魔力器官がすべて閉じ、【隠密】、【仮想魔術】全ての魔術が解除される。一瞬の出来事に驚く六花だったが、露わになった六花の姿を見て、それ以上に驚いている人間がいた。
「六花? 六花なの……? 飛んでくる【魔力刀】と見てまさかとは思ってたけど……。ちょっと詳しい話、聞かせてもらっても良いかな?」
「……。バレちゃった。とりあえずその私の首元に向けられてる槍を下ろしてくれると嬉しいかな……」
六花は苦々しく言った。
「とりあえずここは空気が悪いわ、一度移動しましょう。……彼女もあのままにしても可哀そうだしね」
璃子は碧の方を見て言った。雨がやみ、雲の間から月が顔を出す。
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