第13話
すやすやと寝息を立てる芽亜を横目に、六花は外に出る準備をする。
(夕ご飯食べに行くって言ってたけど、起こしたほうが良いのかな?)
六花は少し考えたが、折角気持ちよさそうに寝ているのに、それを無理に起こすこともないだろうと思い、そのまま寝かせることにした。六花は夜の帳のコート、それにいくつかの魔法石のアクセサリーを身に着ける。一応、荷物の中にはアゾット剣もあるが、そんなものが必要な事態にならないことを願い、今回は部屋に置いていくことにした。
(魔力の慣らし運転もできてるし、夜回りしてきますか)
闇の中、夜の帳は見る者の視認性を低下させて、そこに【隠密】の魔術を重ねることにより、自身の周囲の音をかき消し、術者の気配を限りなくゼロに近づける。それはたとえ暗闇の中でなくても、夜であれば十分に機能するもので、それを使って六花はこの学園内を自由に歩き回っていた。午後六時、学生寮の生徒たちは夕食を食べるのに学生寮に向かう時間だ。何人もの生徒とすれ違うが、誰一人六花の存在に気付かない。たまに霊感の良い人間が何かの気配を感じるも、姿そのものは無く、気のせいかとすぐに忘れてしまう。
ふと窓に目をやると雨が降っている。六花は何かの気配を感じて後ろを振り返る。そこにいたのが彼女がこの学園で名前を知る数少ない人間の一人だった。
(あれ? あの子……碧って子だよね。どう見ても食堂と違う法学に歩いてるけど、もしかしてこれってまずい事態だったりする?)
五月に連絡を入れようか考えるが、準備ができていない状態でここの生徒である彼女を危険に晒すことは避けたい。ひとまず自分だけで様子を確認することにした。
碧は寮の渡り廊下を越えて、教室等の学校設備がある本館に向かう。そしてそこを通り過ぎて旧校舎にたどり着く。もしかすると彼女には一人肝試しをするという隠れた趣味があるのかもしれないが、普通に考えれば明らかにおかしい。夜のせいか、旧校舎周辺には独特の妖気も感じる。真っ暗な木造の校舎を歩く碧と、その後ろをつける六花。碧がとある教室の前で立ち止まる。教室に鍵は付いていないようで、そのままガラガラと引き戸を開く。暫く廊下で待機するも彼女が教室から出聞くる様子は無い。幸い引き戸は開けたままだったので、六花は恐る恐る中をのぞき込む。机も椅子も、壁際にいくつかあるだけで、教室内はほとんど何も置いていなかった。そして教室のど真ん中で倒れている碧を見つける。六花はとっさに駆け寄る。
(直接的な怪我や外傷はない……。魔力の痕跡はわずかに感じるだけ、多分気を失って寝てるだけだ)
六花は一安心する。ほんの一瞬ゾクッとするような不快感が体中を巡る。夜の帳を纏うことで感覚が敏感になっているのだろう、ほんの一瞬の危険信号に気付いた六花は周囲を見回す。
(アゾットを置いてきたの失敗だったかな……?)
六花は碧を教室の教壇の方に寝かせ、魔力器官を開き臨戦態勢に入る。六花の体中を魔力が巡り、六花の目が見えざる何かを捉える。相手も六花と同じく、何らかの手段で認識は阻害され、まるで目の前に
(子供……? まさかここの学生だったりしないよね……)
六花は闇夜に映し出された影からその正体の断片を見て取る。六花が影に目を取られていると、相手の一撃が飛んでくる。長い鉤爪のような足、それは六花にとって見覚えのあるものだった。攻撃をかわした先で何かに手をからめとられる。
「糸……本当に縁があるよね。まあ、多分君と会うのは初めてだろうけどさ」
六花は魔力を練り、左手から【
(投げるか……?)
立花はおおきく振りあげた右手を止める。いくら威力をセーブしたとしても、この【魔力刀】が体に当たればタダでは済まないだろう。もしも目の前の相手が六花の思っている通り、この学園の生徒だとしたらその行動には抵抗があった。思考の合間、一瞬だけ相手の敵意が途切れたのを感じた。六花は魔術による肉体の【強化】を行い、瞬時に碧の元に駆け寄ると彼女を拾い上げて飛ぶ。相手の攻撃で木製の教壇が粉々に砕ける。
(やっぱり碧を狙ってきた。けれど今のはあてる気が合ったのか……?)
「…………はぁ。逃げられたか」
暫しの沈黙の後、相手の気配が完全に消えたことを確認する。立花は拍子抜けするが、それもつかの間の事だった。
「何かおかしいと思って来てみましたが……。そう簡単に尻尾を出すとは思いませんが、とりあえず大人しく捕まってもらっても良いですか?」
笑顔を見せる魔女。考えてみれば、こうして対峙するのは初めてかもしれない。そこにはシオン修道会十三の魔女の一人、日下璃子の姿があった。
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