第11話
目を開き最初に見えたものは見覚えのある天井だった。芽亜は思考を巡らせる。ここは彼女が通っている学校の天井だ。横になったまま視線を移動させると、周りが白のカーテンで囲まれていて、ここが保健室だという事がわかった。芽亜は記憶を思い返す。それは体育の授業中だった。芽亜は突然気分が悪くなり倒れ、五月が保健室まで付き添ってくれたが、丁度その時は先生がいないタイミングだった。五月は先に芽亜をベッドに寝かせて、先生を呼びに行ってくれた。そこまでは覚えていたが、その後すぐに眠ってしまったのだろう。その後の記憶がない。
「おや、お目覚めかな」
物音に気付いたのか、先生が芽亜の様子を覗きに来る。その先生の顔を見て芽亜は驚いた。
「あ、あれ? 日下さん? ……ですか?」
芽亜は呆気にとられる。
「嬉しいな。覚えてくれてたんだね。こんにちは、芽亜ちゃん」
彼女の話によると、前任の養護教諭が突然、家庭の都合で辞めることになり、一時的に手の空いていた彼女に話が来たらしい。
「実は私、養護教諭の免許持ってるんだ。だから一時的ではあるけど、暫くはここに来れば私に会えるよ」
「そうだったんですね。……ちょっとびっくりです」
「多分ただの貧血だから心配ないと思うけど、今日のところはここで少し休んだら寮に帰りなさい。芽亜ちゃん、随分痩せてるけど、しっかりご飯食べてる?」
「はい……。一応、毎日食べてます。……でも実は私、朝が少し苦手で、それだけならいいんですけど、最近はお昼もなんかぼーっとしちゃって。今までそんなこと無かったんですけどね。でも夜は元気なんですよ。変ですよね」
芽亜は苦々しく笑う。
「まあ、学校の授業が終わってから元気になるっていうのはみんなそうかな? 私もそうだったし。ねえ、芽亜ちゃんのご両親ってどんな人?」
「両親ですか……? えーと、実は私、両親の顔見たこと無くって、物心ついた時から親戚のうちでお世話になってたんです。それで、親戚の家族の方はみんな私にやさしくしてくれたんですけど、なんとなくあまり迷惑をかけたくないな、みたいな事を思い始めて、そうしたら自分の中だけで勝手に家に居づらくなっちゃって、寮のある学校を探して中学からここに居るんです。あ、でも今は違うんですよ。長期休みの時に戻ると、みんなすごいやさしくしてくれて暖かいんです。高校に上がる時も、寮生活をやめて家に戻ってきたらって言われたんですが、一度自分で決めたことだし、こっちで大切な友達もできたので、わがまま言ってここに残っちゃいました」
「そっか。いい出会いがあったんだね。……」
その後少し目線を下にして考え込む様子の璃子。
「日下さん? じゃないですね。今は日下先生ですね。どうしたんです? 私なんか変なこと言いましたか?」
芽亜は彼女の様子を疑問に思う。
「芽亜ちゃん、これを見て」
璃子は一本のボールペンを胸ポケットから取り出す。
「ボールペン?」
芽亜は言われた通りにボールペンを見つめる。すると見る見るうちにペンは結晶に包まれて、最後には細長いクリスタルの結晶のようになった。芽亜は言葉を失う。
「私、実は魔法使いなんだ。芽亜ちゃんのお友達にもそういう人っているんじゃない?」
「え、え、あの。わ、わかんないです!」
「警戒しなくても大丈夫よ。別になんか探りを入れてるわけじゃないから。……まあ、その反応で十分だけど。あー、今の質問は大して重要な事ではないの。芽亜ちゃんは自分の何者なのか、知ってるのかなって」
璃子は意味ありげな言い回しをする。
「何者か……? 古鳥芽亜です……。て事ではなくて……ですよね。多分……。えーと、私は、うーん?」
芽亜はいまいち璃子の質問の意図がわからなかった。
「ごめんね。ちょっと失礼するね」
璃子はポケットから医療用のLED瞳孔ペンライトを取り出す。
「璃子先生ってポケットから沢山ペンが出てきますね……」
「出てくるのはペンだけじゃないよ?」
意味ありげにニヤリと笑う璃子に、芽亜は少しだけたじろぐ。
ペンライトを芽亜の動向に近づけてライトを点灯させる。何かを確認できたのか、納得した様子の璃子。続いて彼女は芽亜の頬を包む。芽亜は顔を真っ赤にする。
「大丈夫、とって食べるわけじゃないから、ちょっとだけ確認させて」
何かをじっくりと観察するように芽亜を見つめる璃子、対して芽亜は動揺からか、ずっと目が泳いでいた。
「芽亜ちゃん、口開けてもらってもいい?」
璃子は言った。
「あ、はい。あー」
理由はわからないが芽亜はとりあえず言われたとおりにする。
「特殊な瞳孔の反応、日に弱い、犬歯の部分に魔力が通った痕跡はないが牙を使わない。つまり血を吸わないゆえに常に貧血。ほぼ間違いなさそうね。芽亜ちゃん、あなた吸血鬼よ」
「へ」
沈黙する芽亜。
「でもショックを受けないでね。混血の人ってそのまで珍しいわけじゃないから、吸血鬼なんて数もかなり多いしね。血の濃い吸血鬼って日の光の影響をほとんど受けないんだけど、芽亜ちゃんはかなり貧弱みたいだし、かなり吸血鬼の血が薄いんでしょうね。でもそれに死ぬこととかは無いから安心して、魔力が高い以外はただの人間と変わらないからそんなに気にしないで今まで通り過ごして大丈夫よ」
芽亜はあまりに突然の宣告に言葉が出ない。
「大丈夫? すごい面白い顔してるけど?」
「何が何やら……」
「さっきのお友達に魔法使いがいるって聞いた理由なんだけど、多分芽亜ちゃんって今までは吸血鬼の力が覚醒してない状態だったと思うの。多分最近になって強い魔力の影響を受けたんでしょうね。そういうのが原因で血が覚醒するってよくあるのよね」
芽亜は自分の周りの人間の事を思い浮かべる。
「た、確かにそれはあるかもしれません……」
「そうだ、丁度良いものがあるな。ちょっと待っててね」
璃子は奥からやたらと色の暗いカーディガンを取り出す。
「これね、私が着てたおさがりで申し訳ないんだけど、これは夜の帳っていう特殊な素材でできたものなの。これは名前の通り、夜を纏う効果があってね。吸血鬼みたいに昼が苦手な場合はこれを着てれば大分楽になると思うよ。良かったらあげる。サイズ大丈夫かな?」
芽亜はカーディガンを受け取る
「き、着てみてもいいんですか?」
「どうぞどうぞ、まあ効果が個人差がありますが」
「なんかすごく良い匂いがします……」
「え、ちょ、ちょっとやめてよ、恥ずかしいんだけど」
璃子は苦笑いする。「一度洗濯してから渡そうか……」
「何言ってるんですか! だ、駄目ですよ、もったいない!」
迫真の芽亜であった。
「……芽亜ちゃん、やっぱりそれ返してもらっていいかな……」
「え、嫌です、もう手放しません」
芽亜は着ているカーディガンを両手でがっしりと掴む。
「ま、まあ気に入ってくれたなら良いんだけど……。あのね芽亜ちゃん……」
璃子は少し思い悩むそぶりを見せるが、すぐに決心がついたのか言葉を言葉を続ける。
「今から話すお話は私と芽亜ちゃん、二人だけの秘密です。詳しくは言えませんが、今この学校では少し良くないことが起きてます。狙われているのは常人よりも魔力が高いけれど魔法使いではない無抵抗な人間、碧さんもそう。だから芽亜ちゃん、きっとあなたも危ないと思う。もし何か変なことが起きたり、気付いたりしたら、お友達を頼ってもいいけど、私に相談してくれていいからね」
やはり璃子がこの学校にやってきたのは、そういう理由だったらしい。
「……ありがとうございます」
芽亜は六花の事を伝えようか一瞬迷うが、それは最初に手を差し伸べてくれた彼女を裏切ることになるだろう。芽亜はそれ以上、何も言わなかった。魔力の高い自分が狙われる可能性がある。この言葉に少しの恐怖を覚えるもそれと同時に、もしかしたら私にも何かできることがあるかもしれないと、芽亜の心の中で小さな決意をさせたのだった。
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