第10話

 五月は夕食のチキンカレーを食べ終えると芽亜よりも一足早く、自分の部屋に戻っていた。暫し日課の読書の時間を取り、三十分ほど過ぎた。鞄の中にタブレットを放り込み芽亜の部屋に向かう。部屋の中では芽亜と六花が待っていた。


「やっほー。元気してた?」

 六花はベッドの上で漫画を読みながらくつろいでいる。


「お陰様で。あなたも本とか読むのね、何を読んでるの?」

 五月はあまり本の内容には興味はなかったが社交辞令程度の気持ちで聞いてみる。


「部屋の本棚の奥にあったえっちなやつ」

 芽亜は六花の返答を聞いて直ちに本を没収する。


「い、いつの間に見つけた……!?」


「いつの間にって言っても、表に見える本のすぐ裏に並べてあったから隠してるもなんもないでしょ」


「あなた達、相変わらず賑やかね。あ、本当ね。今まで全然気づかなかったわ……」

 五月が本棚から漫画を五冊ほど抜くと、その裏にはTL漫画が並べられていた。


「別に隠すようなもんでもないでしょ。五月だって読むよね?」

 と六花が言う。


「まあ、全く見ないことは無いわ……」

 五月は少し返答に戸惑うも、ここで過剰に反応するのも良くないと思い素直に答える。


「ほら。返して」

 六花は取り上げられた本を奪い返す。

「でも私が話を振っておいて言うのもあれだけどさ、五月も結構お年頃って感じだよね」


「そうかしら。まあ、自分の中では年相応な方だと思ってるけど、あまり言われた事は無いかもね」

 と五月が言った。


「私の今までのイメージは、不愛想美形眼鏡みたいな、そんな感じ」


 六花も淡々とした口調でひどい言い草をするものだ。五月は少しだけむっとして

「あなた喧嘩売ってるの?」

 と一言。


 対する六花は

「美形は褒め言葉でしょう!」

 と迫真の一言で返す。


「まあ、それはそうだけど、それ以外の部分よ」

 悪意で言ったことではないのは理解できたが、五月はまだ少し不服のようだ。


「ねえもう、二人ともいつまで喧嘩してるのさ! 全く、なんでTL本の話からそこまで話が脱線するの!」

 見かねた芽亜が二人の間に割って入る。


「まあそうね、このくらいにしておきましょう。それにしても、随分といじったのね」

 五月は部屋を見回していた。


「え、そうなの? ど、どこが?」

 芽亜にはまったくわからないらしい。


「でも別に変なものを仕掛けたわけじゃないよ。主に組み込んだのは気配や声を外に漏らさないための結界。そうでもしないと夜、芽亜の声が結構大きくてさ」

 六花は事の経緯を説明する。


「そ、そんなのしょうがないじゃん。大体あれは六花さんが悪いし」

 芽亜は反論する。


「あ、あなたたち、私の前で平然とそういう話するのはやめてほしいんだけど……」

 五月は少し顔を赤らめる。


「何を勘違いしてるかわからないけど、普通に話声の事だからね。あんまり魔法使いとか大声で言われても困るでしょ? 五月の思ってるような事じゃないよ」

 六花は壁をコンコンと叩くジェスチャーをする。


「え……。わ、わかってるわよ! だから!秘密にしておいたほうが良いわよね!?」

 五月は珍しく焦った様子を見せる。


「別に五月には秘密にしなくて良いでしょ」

 予想外の反応だったのか、六花は少しだけ楽しそうに見える。


「五月ちゃん、急にどうしたの?」

 相変わらず芽亜は話が分かっていない様子。


「からかうのもこのくらいにしておこうかな。五月も聞きたいことがあって来たんでしょ?」

 六花は言った。


「そ、そうなの、じゃあ始めましょうか……」

 五月は気を取り直し、何とか冷静さを取り戻すと、鞄からタブレットを取り出した。


「何それ?」と画面をのぞき込む芽亜。


「これは有馬さんから送ってもらったんだけど、この学園で起こった魔術的な関与があったと思われる事柄をまとめたものなの」

 五月は画面をスクロールさせて大まかに見せる。件数は現在になるほど多くなり、今年からは年間にするとかなりの数になっていた。


「今回の碧だけじゃなかったんだ……。確かにこれは見覚えがある……」

 芽亜も表の名前には思い当たる節があるようだ。

「でも、なんかうちのクラスは少ないみたいだね」

 芽亜は続けて言う。


「まあ、その辺のばらつきはあまり宛にならないかも。これって初等部から高等部全体の中での話だから。内容自体は碧に起きた事と大体一緒で立て続けに起こる謎の体調不良。事柄自体はシオン修道会でも把握していたんでしょうけど、去年から件数が増えて修道会もやっと重い腰を上げたって所でしょうね」


「ねえ五月、一ついいかな? そのシオン修道会って何なの?」


「この学園を経営している大元で、協会と呼ばれる魔術結社に属する組織の一つよ。有馬さんや六花、この前の日下って人もそのシオン修道会の人間よ。ただここは魔術に関係する学校ではなくて、芽亜みたいに一般の生徒もいれば、私のように魔術師の者や、魔術師の家に生まれたけれど魔術とは関係なく育てられたなんて人間もいるわ。だから基本的にここは魔術とは関係の無い学校と思ってもらって結構よ」


「へえ……初耳……」


「別に修道会の名前は隠されてるわけじゃないから、調べれば出てくるわよ。魔術結社って部分は当然隠されてるけどね、そして次が本題、ここの理事長の話よ」

 五月はタブレットを操作して別のページを開く。

「この学校の理事長、芽亜も見たことがあるでしょう? 彼女も修道会の魔術師の一人なの。そして今回の不可解な出来事の始まりが、彼女がここの理事長に就任した四年前と一致するの。どういう事だと思う?」


「無関係って事はなさそうだね。でもさ、今までの出来事はともかく、今回も関係してるとは限らないんじゃない? 今のところ休んでるの碧くらいだし……」


「それは芽亜が知らないだけ。言ったでしょう? 学校全体の話だって。両隣のクラスでも、上級生や下級生の間でも、原因不明の体調不良は結構出てるんだ。目的はわからないけれど、目に見えない何かの力が働いてるのは確かかもしれないわね」五月はタブレットを鞄にしまい、ほんの少し険しい表情を浮かべる。


「もしかすると、この学園自体が、大規模な実験場なのかもね。これだけ沢山の生徒がいて、全寮制であることによる、ある種の閉鎖空間になっていて何かの実験をするにはもってこいの環境だよね。修道会もある程度は見て見ぬふりするだろうけど、犠牲を出されたらそれは困るだろうしね。璃子みたいなのが送り込まれたって事は今回はそれだけ本気って事じゃないかな?」

 六花の説明はやけに納得のできるものだった。


「ただの優しいお姉さんだと思ってたけど、あの人ってそんなにヤバい人だったの?」

 芽亜は六花の言葉を少し疑う。


「修道会で二番目に若い現役の魔女だからね。有望も有望よ」

 六花は言った。魔女という呼び名はシオン修道会にいるものなら必ず耳にする。魔術師でない芽亜はピンと来ていないようだったが、曲がりなりにも魔術師である五月にはその呼び名が意味するものを十分に理解したようだった。


「とりあえず、敵対はしたくないわね」

 五月の表情がこわばる。


「そゆこと。私は璃子に手を貸すつもりはないけど、こっちはこっちで犯人を見つけましょうって事。これからどうなるかわからないし、二人だって、クラスメイトが危険に晒されるのは嫌でしょ?」

 六花の言葉にうなずく二人。

「まあ、実際に動くのは私に任せてよ。こう見えて私、結構やり手だからね」と六花は自慢げに言う。


 話がまとまり本日は解散の流れになったが、五月がこの後、碧の部屋に顔を出すという事で、芽亜も一緒に行くことになった。留守番は六花に任せてその場を後にする二人。碧の部屋に向かう途中で五月は突然、自室の前で立ち止まった。


「どうしたの? ここ五月の部屋じゃん」

 芽亜は疑問に思い理由を問う。


 一旦五月の部屋に入る二人。五月が話し始める。

「碧の部屋は行く。でもその前に一つだけ聞いてほしい話があるの。正直、私は六花の事をあまり信用はしてない。正しくは、全ては信用してない。彼女が私たちを助けてくれるつもりなのは、多分本当だと思う。だけど、どう考えてもこの件は修道会に任せればいい話だし、なんで六花や有馬先生がこんな厄介ごとに首を突っ込もうかと思ったのかがわからないの。でも勘違いしてほしくないのは、疑って入るけど、敵だとは思ってないって事。ただ、何か隠してることがあるのかなって思ったの。話はそれだけ、今の話は頭の片隅にでも置いといて。それだけ。ごめんね、早く碧のところに行こう」


 芽亜は「うん」とだけ返事をする。


 五月は心の内を心の内を明かして、ほんの少しだが気が楽になった気がした。芽亜がなにも反論しなかったのも、もしかしたら同じように思うところがあったのかもしれない。それが正しい選択なのかはわからないが、今はできることをしよう。五月は心の中で思った。


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