第9話
一日の授業がすべて終わり、芽亜は開放感から椅子に座ったまま体を大きく伸ばす。五月はと言うと、結局お昼まで眠り続けていたようで、お昼休みが終わる直前になってやっと教室に姿を見せた。芽亜が五月の席に目を向けると、五月もこちらを見て胸の前で小さく手を振っている。芽亜は荷物をまとめて五月の元に駆け寄る。
「五月ちゃんお疲れー」
「お疲れ様。はぁ、今日は散々だったわ。とりあえず一度部屋に戻って落ち着きたいかも」
二人は教室を出て学生寮に向かう。廊下を歩きながら会話する二人。
「流石にあれだけ寝たら元気になったみたいだね。今朝なんて目の下クマで真っ黒だったもんね」
「次からは気を付けなきゃね。でも芽亜も部屋に来たなら起こしてくれればいいのに。まあ二度寝した私が悪いんだけど、目覚めたら碧が部屋にいてさらにびっくりしちゃった」
「だって五月ってば部屋の鍵開けたまんま寝てるんだもん。教室に行く前に寮母さんに伝えようとも思ったんだけど、気持ちよく寝てるみたいだし、それで起こされるのも可哀そうかなって思って。碧ならきっとそのまま珍しい五月の寝顔でも眺めてるだろうと思ったし。あ、私も拝ませてもらいました。五月の寝顔可愛かったよ」
「あなた、なんかあいつの影響受けすぎじゃない……?」
「それって六花さんの事? そうかなぁ。私はそんなつもりないけど」芽亜は眉にしわを寄せて少し考える。「やっぱりそんな事ないよ」
「まあ別にいいけど。部屋を開けたままにしてたのは私の落ち度ですから」
「この前六花さんも言ってたけどさ、やっぱり魔法使い的には部屋に入られたりするのって危なかったりするの?」
芽亜はまわりに話が聞こえないように、五月に耳打ちする。
「まあ、突然の来客もあるし、別にそこまで危ない仕掛けとか見られちゃまずいものがあるわけではないけど、勘の良い同業者とかには入ってほしくないかも。私も魔法使いなのはなるべく隠しておきたいし」
「なるほどね。そういえばさ、碧は元気そうだった?」
「私も目を覚ましてからすぐに教室に向かったから、大した会話をした訳じゃないけど案外元気そうだったよ。日下って先生に言われた通り、暫くは部屋で安静にしてなきゃいけないみたいだけど、本人は早く授業に戻りたいって言ってたわ」
「そっか、それならよかった。そういえばさ、寝不足みたいだったけど昨日の夜何やってたの?」
「ちょっと有馬先生からお借りしたものに目を通しててね。気になることがあったから、それ見てたら朝になっちゃったの。それも後で話すわ。そういえばあの狂犬、本当に来たの?」
「五月って六花さんの事、実は嫌いだったりする?」
芽亜はいぶかしむ。
「別にそういうわけじゃないけど……。で、どうなの?」
「昨日は私の部屋に来てからはずっと持ち物を開いてなんかやってたな。高そうな宝石とかお札みたいなの沢山並べてた。結局朝まで続けてたみたいで、私が今朝、部屋を出るときには寝ちゃってたよ」
「本当にここに来てたのね。……というかあなた大丈夫なの? そのなんていうか、色々あったじゃない……」
五月は少し気まずそうに言った。
「えっと……。昨日はそういうのは無かったかな……。私的にはもう少し相手してくれてもいいんじゃないかなって思ったりしたけど……」
もじもじとしながら言う芽亜を呆れたようにみる五月。
「はぁ。余計な心配だったみたいね。今夜、夕食の後にお邪魔じゃなかったら芽亜の部屋に行ってもいい? 彼女にも聞きたいことがいくつかあるし」
「うん。私は大丈夫。六花さんにも伝えておくよ」
五月の部屋の前で一旦別れる二人。芽亜は今朝のお礼を言おうと思い、碧の部屋に向かった。ドアをノックするとすぐに碧が出てきた。
「ごきげんよう、芽亜。おかげで今朝は珍しいものが見れたよ。あ、よかったら上がって言ってよ」
芽亜は、五月の言っていた通り元気そうな碧を見て少し安心する。
「折角だし、お言葉に甘えようかな。では、お邪魔しまーす」
芽亜が部屋にあった青い狸のぬいぐるみと戯れていると、碧が紅茶とクッキーを用意してくれた。
「実はちょっと期待しておりました」
「知ってますとも」
碧は笑顔で返す。
「なんか思った元気そうでよかった」
「うん。実際今はかなり健康体。まあちょっと運動不足が心配なんだけどね」
「大丈夫、全然大丈夫だよ。そういえば碧、急に体調崩したじゃん? なんか心当たりとかあったりするの?」
それとなく聞いてみる。
「それが本当に突然って感じでねぇ、全く。ただね……これ信じてもらえるかわからないんだけど。たまに、たまになんだけど、日にちの感覚が曖昧になる時があるんだよね。ていうよりも、急に記憶が飛ぶっていうか」
(記憶が飛ぶ……?)不穏な言葉に少しだけ驚く芽亜。「私もたまにある。寝すぎちゃったりしたときかな。今お昼? 夜? みたいな。案外自分の体の危険信号って気付かないもんなのかもね。ねえ碧、何かあったら私に言ってね。私も何かあったら、今日みたいに碧を頼るから」
「ありがとう。じゃあ早速お願いしちゃおうかな。良かったらまた明日もお話聞いてくれると嬉しいな。またお紅茶とクッキー用意して待ってるから」
「うん。碧がよくなるまでいてあげる。でも毎日クッキー食べてたら太っちゃいそう」
「じゃあ早く良くならないとね。ていうかこの後すぐ夕ご飯だね。あんまりクッキー食べてたらまずいかも」
それを聞いた芽亜はクッキーを食べる手を止める。しかし紅茶を一口飲んだ後、もう一枚だけと次のクッキーに手を出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます