片目の蜘蛛

第8話

 学生寮の一階にある食堂、寮生たちはここで朝晩バランスの取れた食事を摂り、毎日の健康を維持していた。朝の八時ちょっと前、芽亜は少し遅れて食堂にやってくると朝食のプレートを受け取り、適当に開いてる席に座った。すると芽亜のすぐ後ろにいた小柄な生徒が隣に座る。


「古鳥ちゃんおはよ~。お肉と野菜のプレートにご飯とお味噌汁、今日もおいしそうだねぇ。これで今日一日頑張れる気になるよ~」

 この癖っ毛の彼女は芽亜と同じクラスで寮のお隣さんでもある中原青奈なかはら せいな、ふわふわとした話し方や小さな体型はまるで小動物のようだ。


「おはよう、青奈ちゃん」

 芽亜は笑顔で挨拶を返す。青奈は席に着くなり急に声のボリュームを下げて周りに聞こえないような小声で芽亜に耳打ちする。

「ねえねえ古鳥ちゃん、もしかして彼氏とかできた?」


「か、彼氏!? い、いないよ!? ど、ど、どうしたの急に!」


「え、でもさぁ、昨日の夜ずっと電話してなかった? 私も盗み聞きするつもりはなかったんだけど~、結構大きな声だったからさ~。何を話してるかは全くわからなかったけど、電話の相手、かなり親密な感じだったよねぇ。どう考えても彼氏でしょ」

 彼女もまさか部屋に他の誰かがいたとは思っていないだろう。


「ち、違うんだよ。あの子は。そもそも女の子だし!」

 芽亜は両手をブンブンと左右に振り否定する。


「女の子……。てことは彼女? そうかそうか~」

 勝手に納得されてしまい、あらぬ誤解を与えてしまった。


「朝から何騒いでるの、古鳥さん困ってるじゃない」

 もう一人、クラスメイトが彼女たちの元にやってくる。彼女は青奈の額に手刀を繰り出す。


「うげ、ひどいなぁ。私が馬鹿になったら委員長のせいだからね」

 委員長と呼ばれる彼女は八式絹依やしき ぬい、同じく芽亜のクラスメイトで、その呼び名の通りクラス委員をしている。長い黒髪に色白の肌をしていて、少しクールなところを含めて、雰囲気は六花に似ている。


「ごめんごめん。ほら青奈、元気だして」


 絹依は青奈の額を撫でる。


「これくらいじゃ足りませんなぁ。もっと甘やかしなさい」

 青奈はまだ少しだけ不服そうだ。


「でもさ、ちょっと気になるね、今の話。古鳥さん、その彼女どこで出会ったの?」

 委員長と言っても年頃の少女である。絹依は意外と興味津々な様子だ。


「もう、絹依ちゃんまでからかって。二人とも変な誤解しないの、彼女はただのお友達ですー」


「まあ、からかうのはこの辺にしておきましょうか。そういえば守月もりつきさんがいないみたいだけど、古鳥さん何か聞いてる?」


「わかんない。昨日会った時はそんな様子は無かったけど、どうしたんだろう」


「古鳥ちゃんはともかく五月がいないのは珍しいよねぇ。どっか悪いのかねぇ」


「青奈ちゃん!? わ、私そんなに寝坊しないから! 週に一回……か二回くらいだし……」

 芽亜は顔を真っ赤にして訴える。


「大代さんもずっとやすんでるし、私たちも体調管理には気を付けないとね。ごめんなさい、やることがあるので先に教室行くわね」


「え、絹依ちゃん食べるのはや……」

 絹依は颯爽と食堂を出ていく。


「委員長はたくましいねぇ。私には無理だなぁ~」


「まさに超人って感じだよね……」

 ストイックな絹依に心底する二人だった。


 芽亜は朝食を終えて青奈と別れた後、五月の部屋までやってきた。芽亜が部屋のドアをノックすると、部屋の中から何かが落ちたような大きな物音がした。ドアが開き五月が出てきたが、その顔を見るにあまり元気とは言えない様子だ。


「あー、ごめん。完全に寝てた。準備、今すぐするから」


「五月、大丈夫? あとさっきすごい音してたけど、何かあったの?」


「……ベッドから落ちた」

 腰を抑えているのを見るにお尻から落ちたのだろうか。五月は顔を赤くして恥ずかしそうに言った。芽亜は荷物を取ったら迎えに行くと五月に伝え、一度自分の部屋の戻る。ベッドの上では六花がすやすやと寝息を立てて眠っている。同じベッドで寝ることになり、どうなる事かと思っていた芽亜だったが、結局六花は一晩中起きて何かをしていたようで、彼女が目覚めるのと入れ替わりにベッドに入り、只今絶賛睡眠中という事である。


「六花さん、私、授業行くんで、お留守番お願いしますね」

 芽亜が寝ている六花の顔を覗き込むと、一瞬だけ六花の片目が開く。


「んー……わかった。いってきますのちゅー」

 六花は寝たままの状態で両手を広げて芽亜にキスを求める。


「朝からは無しです。それじゃ、いってきますね」

 今朝から変な気分になったんじゃ授業どころではなくなってしまう。芽亜は部屋の鍵を閉めて再び五月の元へと向かった。部屋の前についてドアをノックしてみるが反応が無い。仕方なくドアノブに手をかけてみると部屋の鍵を閉めていなかったようでそのままドアが開いた。


「寝てるし……。もう、二人そろって仕方ないなぁ」

 芽亜はスマートフォンを開き碧にメッセージを送る。

「五月が寝不足でダウンしてます。心配なので、もしよかったら様子を見に行ってあげてください。これで良いかな。それじゃいってきます。あとおやすみ」

 音をたてないように静かに部屋のドアを閉める。思ったよりも時間を取られてしまったので、少しだけ早歩きで教室に向かった。



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