第7話

 午後八時、お風呂から上がった芽亜はベッドに寝ころんで、今日一日の出来事を思い返す。アスタロトと呼ばれていた悪魔憑きの女、彼女は何者なのだろうか、そして芽亜が気絶している間に何があったのか、六花は教えてくれなかった。「そういえば……」芽亜は六花から渡されたペンダントの事を思い出す。コートのポケットを探してみると、ペンダントは入れっぱなしだった。中央に埋め込まれた石は何色とも言えない半透明で、向きによっては自ら発光しているように見える。見た目は琥珀に近い気がするが、魔法使いが持ち歩くようなものだ。もしかしたら何らかの力を持った特殊な石なのかもしれない。


 五月ならこの石の正体がわかるかもしれないと思い、芽亜はスマートフォンを開くが、予定ではこの後すぐに六花がやってくるはずだ。それならば彼女に直接聞くのが良いだろうと考え、芽亜はスマートフォンを閉じた。そういえば六花に伝えたのは学校名だけで、部屋の場所までは伝えてないが平気なのだろうか。


 窓の外から物音が聞こえたような気がした。何かの聞き間違いかと思ったが、一度耳を澄ませてみると、コンコンと窓を叩くような音が確かに聞こえる。芽亜はまさかと思い、窓の方を見る。外で手を振る女性の姿、多分昨日までの芽亜はこんな光景を見たら腰を抜かしていただろう。しかし今の彼女は違った。芽亜は立ち上がり窓を開ける。冬の冷気が肌にしみる。


「もう、本当に六花さんっていろんな意味で登場の仕方が普通じゃないんだから。お猿さんじゃないんですから、次からはちゃんとドアから入ってくださいね」

 どうやって上ったのかは不明だが、そこには窓に張り付く六花の姿があった。六花は開いた窓から部屋の中に入る。


「流石に夜は寒いね。芽亜が寝ちゃってたらどうしようかと思ったけど、起きててくれてよかったよ。流石に一晩中窓に張り付いてたら馬鹿みたいだもんね」


「もう十分馬鹿みたいですよ。でも、よく私の部屋がわかりましたね。部屋教えてなかったですよね」


「それなら五月に聞いたら教えてくれたよ」


「私より先に五月に連絡してたって事ですか? へえ」

 芽亜は眉間にしわを寄せて不服そうに言った。


「あれ、芽亜さん、もしかして妬いてたりする?」


「もう、そんなわけないじゃないですか。……そういえば六花さん」


「ん、どうしたの?」


「このペンダントなんですけど……」

 芽亜は返し忘れていたペンダントを見せる。


「ああ、それね。折角だし芽亜にあげるよ」


「あげるよって……。これなんか高そうですけど……」


「まあそこそこ? 魔術に使う魔法石が埋め込まれたペンダントなんだ」


「やっぱりそういう類のものなんですね」


「これは星明りの石っていう魔法石でね、魔力を込めることで暗闇で光源として使えたりするんです。あとこの石には霊的な器官を活性化させる効果があってね、魔力の流れが潤滑になったり、感知能力が研ぎ澄まされたりするのだよ。試しにやってみなよ」


「それって魔法使いの人が使う場合ですよね。私じゃできないと思いますが……」


「んー、そうか。……ちょっといい?」

 六花は芽亜の両手を握る。

「目を瞑って」


「え……。あの……はい……」

 芽亜は顔を赤らめて言われた通りに目を瞑る。すると突如、彼女の手に電撃の流れるような痛みが走った。

「いっ……! ちょ、ちょっと、なんですか今の!」

 芽亜は涙目になり手をさする。


「今のが魔力を流す感覚、最初はみたいなビリっとしたりするんだけど、次からはもう大丈夫だと思うよ。ていうか今ちゅーされるかと思った?」

 六花は少し距離を近づけていたずらっぽく笑った。


「お、思ってませんが!?」


「え、でも今、唇突き出してなかった? それに顔が赤いぞ」

 六花は芽亜のほっぺたに手を添える。


「違います違います違います!」


「まあまあ落ち着いて、ていうかあんまり大声上げないほうが良いんじゃないの? 寮の壁ってそこまで厚くなさそうだし、隣に丸聞こえでしょ」


「た、確かに……」

 芽亜はかなりトーンダウンした声で答える。


「それより、忘れないうちにやってみなよ」


「あ、そうだね……」


「あ、ちょっと待って」

 六花は立ち上がり部屋の電気を消す。部屋の中はわずかな月明かりが射すだけになった。

「おっと暗くてよく見えない。芽亜、どこー」


 芽亜はスマートフォンのスイッチを入れて六花に場所を教える。場所を確認した六花は芽亜の正面に座り、その様子を見守る。


「じゃあやってみるね。ちょっと待ってて……」

 芽亜は目を瞑り、先ほど電撃が指先を通った瞬間を思い出す。再び指先に電気が走った気がしたが、さっきと比べるとわずかなものでほとんど気にならない痛みだった。芽亜はペンダントを握る両手にわずかな熱を感じる。


「目を開いて」

 六花が小さな声でささやく。芽亜は閉じていた目を開いた。そこには電気とも炎とも違う、不思議な輝きを見せるペンダントがあった。


「わぁ……綺麗……。これ電池とか入ってないよね?」


「入ってないよ。これで芽亜も魔法使いの仲間入りだね」


「魔法使いになるつもりはないですが……。六花さんありがとね、大切にする」


「どういたしまして、喜んでいただいて何より。それよりもう一度電気付けようか、まだ寝るには早いし」


「それもそうだね。ていうか六花さん荷物とかないの?」


「それなら下に置きっぱなし。今から取りに行ってくるよ」

 六花は窓の外を指さす。


「私を驚かせるためだけになんて二度手間を……。もしかして六花さん、結構浮かれてたりしますか?」


「どうだろう? まあ、楽しみにはしてたかな。まだあんまり知らない子と一緒のベッドで寝るのってなんかドキドキするじゃん? それでは暫くの間、お世話になりますので、よろしくお願いします」

 六花はお辞儀をしたと思うと、顔を上げて芽亜の唇にキスをする。


「ちょ、ちょっと、急に何するんですか! まさか六花さん、私の身体目的でここに来たんじゃないでしょうね……」

 芽亜は後ずさりをするが、そのまま六花に押し倒される。


「ベッドを背後にしたのが運の尽きだったね。これで遠慮なく押し倒せるというものよ」


「ていうか……荷物そのままでいいんですか……?」


「……そうだね。荷物とってくる。それにちょっと下見もしたいから帰ってくるの少し遅れるかも」

 どんな切り替えの早さだろうか、六花は途端に冷静になると部屋を出て行ってしまった。芽亜は悶々とした状態のまま一人取り残され、結局六花が部屋に戻ってきたのはそれから一時間後の事だった。

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