第6話

 芽亜は錠剤を口に含み白湯で飲み込んだ。媚薬の効き目はまだ切れていないので体はまだ火照ったままだが、終わりがあると思えばまだ耐えられる。


「あ、ありがとうございました」

 芽亜は有馬と呼ばれていた男にお辞儀をする。この探偵事務所と同じ名前という事は、どうやらこの男がこの事務所の経営者らしい。身長は百八十センチ近くあり、横で束ねた長い黒髪は少しチャラついている印象を与えるが、それと同時に女性的な色気を感じさせる容姿でもあった。


「十分もすれば薬の毒は抜けてくると思うよ。……六花ちゃん、法に触れるようなことになるのは勘弁してね……」

 有馬は苦笑いをした。


「はーい。でもどうせ来るならもう少し早く来てくれればよかったのに」


「どうやらそのようだね。部屋が散らかってるとは思ったけど、今日はご近所さんとのいざこざではなかったみたいだね」

 男は本棚からファイルを一つ取り出し、短い言葉で呪文を唱える。手に持ったファイルのページがひとりでにペラペラとめくれて開く。


「有馬先生、この女性は?」

 五月はファイルを覗き言った。


「どうやらこの子がさっきまで来ていたお客さんだったようだね。僕のクラスの生徒だった子で、六花ちゃんにとっては魔術学校の先輩になるかな」

 どういう仕組みかはわからないが、魔法でそんなこともわかるらしい。芽亜はファイルの内容が少し気になったが、今聞くことでもないだろうと思いやめた。


「とりあえず簡単に自己紹介だけしておこう。僕は有馬蔵人ありま くろうど、ここを経営している探偵で、それとは別に、六花ちゃんも入っている魔術学校で教師もしているんだ。探偵だけじゃ中々生活が厳しくってね。守月さんには何度か魔術の手ほどきをしたことがあってね、この探偵事務所の名前を見てもしかしたらって思って連絡をくれたんだ」

 彼が先生と呼ばれていたのは探偵の先生というのと、魔術学校の生成と言う意味があったらしい。


「そうだったんですね。五月もそうならそうと言ってくれればいいのに……」

 芽亜は眉間にしわを寄せて五月に言った。


 飲み込んだのは媚薬の解毒剤、六花には何度か同じような前科があるらしく、それを見かねて事務所に常備してあるようだ。


「ごめんって。私から有馬先生に言って話聞いてくれるかわからなかったからさ。まあ結果としてこんな形になりました」


「それなら仕方ないか……。そういえばひとつ気になってたんですが、私の記憶だとここの窓ガラスが盛大に割れてた気がするんですが、でも目の前にある窓ガラスはどう見てもまったくの無傷で、これは私の記憶違いでしょうか? もうすでに新しいのに交換したってことは流石に無いですよね……」


「ああ、この窓ね。実はこれ、ガラスに見えるけど少し特殊な素材でね。なんて説明したらしいかな、しいて言うなら透明な形状記憶金属ってところかな。ほら、よく見ると反射の仕方がガラスとは違うだろう?」


「なるほど……。光の反射は私にはあまり区別がつきませんが……。言われてみれば少し違和感が有るかも? これも魔法なんですか?」


「まあこれは魔法と言ってしまうと怪しい品ではあるんだけどね。半分くらいはそうなのかな? あんまりのんびりしてると時間も遅くなっちゃうから、そろそろ要点だけ話そうか」


 芽亜たちは少ないながらもお互いの情報を彼らに話す。


「基本的に魔法使いだからと言って、あまり名前を偽ったりはしないものだから、おそらく日下璃子と名乗った彼女は本人なんだろうね。まあどういった経緯で彼女が関わることになったのかは不明だけど、もし今後も彼女が来るようなことが続くようなら、確実に何かあるだろうね。まあでもさすがに現時点では情報不足かな。守月さんは碧さんの周りで、何か他に霊的なものを感じるとかって事は無かったのかい?」


「はい。私があまり感知を得意じゃないのもあると思うんですが、今のところは全く」


「古鳥さんはどうだい?」


「あ、あの、私は魔法使いとか全然わからなくって……。ごめんなさい」


「……。そうなのかい。なるほど。……それで六花ちゃんはいつまでそうして不貞腐れてるんだい?」


 有馬はソファーでそっぽを向いている六花に話を振る。


「……別に不貞腐れてなんかないですけど、私的になんか面白くないんですが」


「まあまあ、僕も今回はサポートに回るつもりだし」


「先生は璃子が出てくてるから動きにくいだけでしょ」


「まあ、それも多少あるかなぁ……。でも僕が横やり入れるのもね……」


「わかりましたよ。で、どうします? 情報収集とか色々あるでしょう?」


「そうだね。暫く六花ちゃんには学校の方に行ってもらおうかな」


「……どういうことですか?」


「二人が通ってる学校って、学生寮があるんだろう? 君の魔術ならばれずに忍び込むなんて簡単だろ?」


「ああ、そういう事……。わかりました。じゃあ学校の場所はこっちで調べるから、二人は先に寮に戻って良いよ。……そうだな、行くなら芽亜の方かな」


「え、どういう事ですか? それに私の方って?」


 芽亜はいまいち話が呑み込めないでいる。


「私、暫く芽亜の部屋でお世話になるから。ゼロとは言えないけど、バレることはほぼ無いから心配しないで」


「あなた、あの状況の後で芽亜の部屋に行くつもりなの?」


 五月は少しだけ険しい顔をした。


「そ、そうですよ! 私の意見も聞かないで!」


 芽亜も便乗して抵抗する。


「私は別に五月の部屋でもいいよ。なんならもう一人のお友達の碧って子の部屋にする?」


「……。芽亜、頼んだわ」


「五月ちゃん!? 私を売る気か!」


「まあ五月の場合、少しならともかく、同じ魔法使いの私が何日も自分の部屋にいるのは嫌でしょう?」


「まあ割と……」


 五月の反応をを見る限り、嫌だという事は事実らしい。


「魔法使いってそういうものなんだ……。わ、私は別に構わないんだけど……。でも六花さん、また急に襲い掛かったりしないでよね」


「今はもうだいぶ冷めちゃったから、その辺は心配しなくていいよ。まあ、求められたら私は抵抗はしないけど」


「そ、それじゃあまるで私が求めてるみたいじゃ……!」


「どうだろうね。まあ、暫くよろしくね。少し私の方もしないといけない準備があるから、行くのは夜遅くなると思う。でもなるべく今日のうちには行けるようにするよ」


「わ、わかった……」


 探偵事務所を後にしたふたりは帰りの電車で揺られていた。


「六花さんがうちの寮にやって来るなんて、なんか予想外な感じになっちゃったねぇ」


「私には芽亜が楽しみにしてるように見えるけど?」


 五月がからかうように言う。


「そ、そんなことないよ。ていうか五月ちゃんさっきからちょっと楽しんでない? まあ別にいいけどさ」どうだろう? と五月はジェスチャーで返す「……あ、そうだ、それよりさ、五月ちゃんは魔人って呼ばれてる魔法使い知ってる? 六花さんは悪魔憑きとも言ってたかな」


「ええ、知り合いにはいないけど、悪魔憑きなら何度か見たことあるわ」


「普通に見たことあるとか、そういう感じなんだ」


「うん。普通の悪魔憑きはね。でも魔人って呼ばれているような人は私は見たことがない。私も詳しくは答えられないんだけど、そう呼ばれている人は基本的にちょっといわくつき。……もしかして今日襲ってきた魔法使いってそれだったの?」


「うん。六花さんはそう呼んでた」


「まあ、あの子なら追い返しても不思議じゃないか……。そのことについては本人に直接聞いてみるのがいいんじゃない? 私が勝手に言うのもあれだし、お話しする時間ならいっぱいあるでしょ?」


「うん。そうする。まあでも確かに、六花さんが来るのちょっとだけ楽しみかもね。あ、変な意味じゃないよ、違うからね」


「わかってるって。ほら着いたよ」


 駅を出る二人。帰り道はすっかり真っ暗になってしまったが、こうして二人で歩く夜道には不思議と怖さは感じなかった。

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