第2話
文芸部員である
「うわっ。すご。よくもまあそんな小さな画面に器用に描けるもんだよね。私こういうの詳しくないけど、道具とか色々必要なんじゃないの?」
五月は芽亜の横の席に座り、彼女のスマートフォンを覗き込み言った。
「無理無理、そんなの高くて買えない。絵の方はメインじゃないし、今の私はこれで十分だよ」
「持ってる人はいう事もかっこいいねえ。小説の方はどうなの?」
「そっちは数日止まってる。でもいいんだ。行き詰ったときはイラストガンガン描くようにしてるんだけど、それで新しいアイデアが思い浮かんだり、面白いイメージが湧いてくるから」
「なるほど、私も共同制作者として芽亜のことを見習わないとね」
「共同制作者ってあんた何もしてないでしょ?」
五月はスマートフォンを眺めている。電子書籍で何か小説を読んでいるようだ。
「そんなこと無いよ。この前も芽亜のイラストのためにモデルで色んなポーズとってあげたし。それにそんなこと言ったら五月だっていつも読書してるだけじゃん」
「私はあれよ……。アドバイザー……的な」
「いるそれ? 五月ってインテリ眼鏡キャラと見せかけて結構ポンちゃんよね。どこか抜けてるというか、本の読みすぎで頭が固くなってるのかしら……。そうだ、私の漫画でも貸そうか、最新の流行を取り入れるのもクリエイターには必要なものだよ」
碧は鞄から漫画を取り出して五月に渡す。
「この漫画って二、三年前に流行ってたやつじゃない? 最新の流行はどこいった……」
「五月はわかってないね。名作はいつ読んでも名作なんだよ」
「はいはい……面白いから私も読めってことね」
「そういうこと」
文芸部はこの三人で活動しているが、まともな活動をしているのは芽亜だけで、他の二人の主な活動内容は読書のみでほぼおまけのような存在であった。これには理由があり、元々この学校に文芸部は存在しなかったが、文芸部として活動したいという芽亜の願いを二人が聞き入れて、人数合わせとして入ったのが始まりだった。他に部員もいなく部活動として成り立っているか怪しいところだが、芽亜のイラストのモデルをしたり、三人で他の作品の話をしたりして彼女の作品に生かしたりと、一応部活らしい活動もゼロではないようだ。三人で仲良くやってるのを見るに、彼女たち自身もこれ以上は求めていないのだろう。
「そういえばあなた、先週はほとんど休んでたじゃない。体調は平気なの?」
五月は碧の両側のほっぺたをふにふにと触る。
「私も色々と不安定なお年頃ですし、そういう時もありますよ。今は休んでたお陰でだいぶ良くなったから、全然心配ご無用さ」
碧は胸を叩いて言った。
「本当に? あんまり無理しないでよね。次は買い物三人で行こうね」
芽亜が碧に抱きついて言った。
「ちょっと君たちくっつきすぎ、恥ずかしいんだけど」
碧は思わず笑みがこぼれる。静かに時間は流れ、教室のスピーカーから下校のチャイムが鳴る。「もうそんな時間か」と下校の準備を始める三人。
この学校は小中高の全寮制で、三人一緒に同じ寮に戻る。夕食を済ませて自室に戻った芽亜は一人考え事をしていた。碧は自身の体調を大したことがないと言っていたが、芽亜の目には違って見えた。先日の買い物は芽亜がおかしな場所に迷い込んでしまったが、その時だって本来は三人で行く予定だったのだ。碧も楽しみにしていたのに直前になってのキャンセルは気になった。そんなことのあった次の日に部活にやってきたのも、自分たちに心配をかけないためではないかと勘繰ってしまう。一度部屋に様子を見に行こうとも思ったが、余計に気を遣わせるかもと思い、その日はメッセージを送るだけにした。
翌日、碧は学校を休んだ。今朝、寮母さんに話を伺ったところ、昨晩また体調を崩してしまったらしい。どうやら今は学校医の人が来てくれて、安静にしてるようだった。お昼になり、芽亜と五月は学校を抜けだして碧の部屋に向かう。二人が部屋に着くと、丁度中から学校医と思われるコート姿の女が出てきた。
「あら、碧さんのお友達の方?」
「はい。彼女が昨晩からまた体調を崩したと聞いて」
女の問いに五月が答える。
「もしかして芽亜さんと五月さんかしら。どっちがどっちかな」
「え、なんで名前を?」
芽亜は不思議に思い、問いを返す。
「碧さん寂しかったのかしら、ずっと二人の話してたの。診察はすぐ終わったんだけど、お陰でこんな時間になっちゃった。それじゃ碧さんの事、後はよろしくね」
二人を見た碧は恥ずかしいやら気まずいやらで、いつもより少しだけしおらしく見えたが、今は元気になったようで芽亜たちは少し安心した。碧によると学校医の先生は日下璃子というらしい。碧の体調は入院するほどではないが万全でもないため、暫くは通って様子を見に来てくれるらしい。
その後、碧の安否を確認すると二人は授業に戻り、そして放課後になった。
「ねえ芽亜、この後大丈夫?」
五月は少し気難しい顔をしてるように見えた。
「うん。平気だよ。どうしたの?」
「ちょっと気になることがあって、内容は部屋で話す」
芽亜と五月は中学時代からの付き合いになるが、五月の部屋に部屋に入るのは初めてのことだった。部屋の中は実に質素で、備え付けの家具以外はハンガーラックがある程度で無駄なものが殆ど無かった。「ごめんなさい、余計な椅子が無いからベッドにでも腰かけて」芽亜は言われた通りベッドに腰掛け、五月は勉強机の椅子を持ってきて座る。
「まず何から話そう……。そうだね、私の事から話したほうが良いかな」
「改まって何さ」
「私、魔法使いなんだ」
「へ、何の話?」
魔法使いとは急に話が飛んだものだ。流れ的に冗談で言った雰囲気でもないだろう。言葉の意味はわかるが、それはゲームや物語に出てくる架空の存在で、そもそも五月の言う魔法使いが物語に出てくる魔法使いと同じものを指しているのかもわからない。まずはそれが何なのか、具体的に知る必要があるだろう。
「急に言われても意味わからないよね。ちょっと待ってて実際に見てもらった方が早いと思うから」
五月が部屋のクローゼットを開けると、その中にはいくつのも変わった装飾が施された本といかにも魔法使い的なブローチやペンダントが並べてあった。わざわざハンガーラックを使っていたのはこれが理由だったみたいだ。五月はその中からダイヤモンドのような宝石が埋め込まれたペンダントを手に取る。
「それでは魔法を使います。と言っても、見てわかりやすい魔法って難しくて、今からやる魔法もあまり得意ではないんだけど、とりあえずちゃんと見ててね」
芽亜の理解が追い付かないまま話は進み、とりあえず現状を見守ることにした。五月は手に取ったペンダントを両手で握り、ボソボソと聴きとれない言語の呪文を唱え始める。詠唱が終わり静寂に包まれる。そしてじっと見ていた五月の身体が目の前からパッと消えてしまった。芽亜の感想は驚くというよりも、今何が起きたのかと言う疑問だった。芽亜はこの瞬間まるでその現象が当たり前の出来事のように感じていた。
「これが魔術による隠蔽と錯覚、実際の私は椅子からベッドに移動しただけだけど、その場と対象の人間に
五月はいつの間にか芽亜の横に座っていた。
「びっくりもびっくりだよ。頭がおかしくなったわけじゃなかったんだね」
言葉に棘はあるが素直な驚きを五月に伝える。
「私の練度じゃ力不足で長い時間は無理だし、そもそもこの部屋にある結界の補助前提だから外じゃ使えない欠陥魔術なんだけどね。それよりもごめん、もう限界だ……」
五月は力なく倒れ、芽亜はそのままベッドに押し倒される。
「へ。五月さん!? ちょっと大胆すぎるんじゃない!? ……て、ものすごく顔色悪いけど平気なの?」
「別にそういうのじゃないから……。慣れない魔法使ったから完全にマナ切れ、少ししたら立てると思うから安心して……」
魔法の代償か、その身体は少しだけ冷たく感じる。
「ならよかった……。でもさっきから五月の吐息がずっと当たっててさ、今すごいえっちな気分になってるんだよね。こんな時にごめんなんだけど……」
先ほどから芽亜の心臓の鼓動が速くなっていたのは五月も気付いていただろうが、わざわざいう事も無かったかもしれない。
「……離れて。今すぐに私から離れて」
「押し倒したのは五月なのに! そんなこと言うならもう逃がしませんー」
芽亜は逃げようとする五月を両腕でがっちりと掴んで拘束する。
「ぐ、力が出なくて逃げられない……」
しかし五月と目が合うと突如として芽亜の意識が飛ぶ。その後芽亜は体力の戻った五月によりたたき起こされる。
「あ、あれ……? 五月何かした?」
「さあ、どうでしょう。意識も戻ったみたいだし本題に戻るね」
「もう話し始めるんだ……」
「実はね。お昼に碧の所に来てた学校の人の事見たことがあるんだ。向こうは私の事なんて知らないだろうけどね」
「前にもうちの学校に来たことがあるってこと? 学校医ってくらいだし、そのくらいはあるんじゃないかな?」
「そうじゃないの、見たのは確かに学校だけどここじゃない、魔術学校っていう魔法使いたちが通う学校で見たの」
「ここで魔法使いが関係するのね……」
「私の家が魔法使いの家系で、ここを卒業した後は魔法使いの学校に通うつもりなんだけど、卒業前に体験みたいな感じで、長期休みの時に何度かそっちに勉強しに行ったことがあるんだ。そしてそこにいたのが彼女ってわけ」
「人違いって事はないの?」
「あの人って魔法使いの間だとちょっと有名人なんだ。だからそれは無いと思う」
「なるほど。そんな人がどうして碧の様子を見に来たのかっていうのは確かに気になるね。でもその人って悪い人なの? 違うなら私たちが心配するようなことじゃないんじゃない?」
「それは一理ある。でもやっぱり気になっちゃってさ。力になってくれそうな人に心当たりもあるしね」
「もしかしてそれって六花さんのこと?」
芽亜が思っていた通り五月は彼女について何か知っていたようだ。
「知ってるって言っても、私も顔を見たのはこの前が初めてだったけどね、彼女は彼女で有名だから」
「わかった。早速連絡してみるよ。善は急げってね」
芽亜は自身の部屋に戻ると机の引き出しを開け、六花から貰った名刺を取り出す。不真面目な考えかもしれないが、もう一度彼女の会えると思うと、芽亜は少しだけ嬉しい気持ちになった。
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