花葬する魔法使いと、血を吸わないナイトメア

藤宮紫苑

花葬する魔法使いと、血を吸わないナイトメア 1

臆病な悪魔憑き

第1話

 雨が降る。分厚い雨雲のせいだろう。日暮れ前すらまだだというのに、空はまるで墨をぶちまけたような灰色に染まっていた。芽亜は画面が真っ暗になったスマートフォンの電源を押すが、明かりがつくことは無く反応は無い。電源はとっくに切れていた。


 冷たい雫が彼女の頬を撫でる。とうとう雨が降ってきた。芽亜は持っていた傘を差そうとするが、肝心の傘が無いことに気付いた。元々持っていなかったのではないか? そんなことは無い。先ほど怪しい空模様を見て確認したのだから間違いない。少なくともその時までは、傘は彼女の手元にあった。


 芽亜はスマートフォンを鞄の奥にしまい、屋根のある場所まで走る。幸い雨の勢いはそこまで激しいものでは無かったが、傘無しで歩けるほどやさしくも無い。芽亜はいつ止むともしれぬ雨を見上げてため息をついた。


 灰色の空から雨が落ちる。彼女の聴覚を雨音が支配する。辺りに他の音は無く、雨音だけが鳴り続けた。一つ不可解なことに気付く。日暮れ前とは言え、彼女の元居た場所は少なくとも賑やかな場所であった。それが今いる場所はどうだろうか? 大きな通路には人一人としていない。気が散っていたのだろうか、今の今まで気が付かなかったが、その状況はあまりに異様だった。


 行き慣れた場所で道に迷う。無いことは無いだろうが、果たして本当にただ道に迷っただけなのだろうか? 周辺の雰囲気は見覚えがあるようにも思える。けれどやっぱりそこはまるで知らない場所で、例えるなら異世界にでも迷ってしまったような、そんな感覚を覚えた。


 迷い込んだ知らない場所。スマートフォンはバッテリー切れで、誰かに道を聞こうにも、肝心の誰かがいない。通りは完全なシャッター街で開いている店一つとして無い。人通りも少ないなんてものじゃ無い。完全に無だった。


 雨が強くなる。始めは少しくらいは濡れてもいいと思っていたが、雨がここまで強くなってくると、傘無しで歩き回るのは少し躊躇する。判断が少し遅かった。


 どのくらい時間が経っただろうか。街灯の明かりは少なく、お世辞にも明るいとは言えない。時間が経つにつれて空の闇は段々と広がり、冷たくなる肌が不安を煽る。


 そんな時だった。突然彼女は現れた。


「雨宿りですか?」

 芽亜は急な一言に心臓が飛び出そうになる。声の主は芽亜の真横に立っていた。ぼーっとしていたのだろう。彼女の存在に気が付かなかったことに関しては深く気に留めなかった。しかし彼女自身に対してはその限りでは無かった。異様な空間に長くいたせいで過敏になっているのだろうか。芽亜は彼女の事がとても異様なものに見えたのだ。何がそう感じさせたのか、はっきりとはわからない。ただ一つ。彼女の目に関しては特別異質なものに感じた。


 芽亜は事の経緯を彼女に話した。すると彼女は不思議なことを話し始めた。


「芽亜さんみたいな人、この街では珍しくないんですよ。よくいるんです。迷い込んじゃう人。でもここに迷い込むってことは、そういう素質があるんでしょうね」

 芽亜は彼女のいうことをいまいち理解できなかったが、何か怖いことを言っているように感じた。

「そんなに怯えないで。帰りましょう、あなたの良く知っている場所に。ちゃんと最後まで送ってあげるから。約束ね」

 彼女は優しく微笑むと小指を出してゆびきりを求める。芽亜は咄嗟に応じてしまったが、冷静になってみると少し恥ずかしさを感じる。彼女に悪気は無いんだろうが、まるで迷子の子供の扱いだ。


 二人の足音と雨の音だけが響く。暫く歩いていると、女性は突然立ち止まる。


「どうしたんですか?」

 信号があるわけでも無く特に立ち止まる理由は見当たらない。芽亜は不思議に思った。


「ごめんなさい。私が連れて行けるのはここまでみたい。約束、守れなくてごめんなさい。でも安心して。あなたを助けてくれる人がすぐに来るから」

 女性は持っていた傘を芽亜に手渡すと雨など気にしない様子で芽亜を置いて歩き出した。芽亜はすぐに追いかけようとしたが、不思議なことに一瞬目を離した間に彼女の姿は無くなっていた。


 それからすぐのこと、精神が研ぎ澄まされているのか、ただの考えすぎか、芽亜は何者かの視線を感じた。現れた人影はフードを深く被っていたが、シルエットからして芽亜と同じくらいの年齢の少女だと予想できた。あの人が言ったことが真実ならば、彼女が芽亜を助けてくれる人物なのだろう。あまりに都合がよすぎる展開だが、芽亜はそれを疑わなかった。


「珍しい。こんな時間に知り合い以外に会うなんて」

 落ち着きのある声は一見大人びていたが、間近で見た彼女の見た目にはどちらかというと幼さを感じる。


「あの私、道に迷ってしまって……。通りかかった人に道案内をしてもらってたんですが、さっき突然いなくなってしまって……。その直前に彼女が、すぐに私を助けてくれる人が来るって言ってたんです」


 少女は芽亜の言葉を聞くと、被っていたフードを取る。

「へえ、その人預言者か占い師だったのかな? そうだね、助けてあげる。よくいるんだよね、ここに迷い込んでくる人」


「でもここに迷い込んでくるって事は、素質があるんですよね?」

 芽亜が少女に続けるように言った。


「預言者さん、もしくは占い師さんが言ってたのかな? でもそうだね。確かにそういう素質があるんだろうね」

 少女は芽亜の目を見つめて言った。


「でもそういう素質って、どういう事なんですか? そこまでは教えてもらえなくって……。……くちゅん」

 芽亜は大きくくしゃみをした。


「なんか最初に見た時から顔が赤い気はしてたけど……」

 少女は芽亜の額に右手の甲を付ける。

「やっぱり、ちょっと熱っぽいね。うち近いから寄ってきなよ。家が近いならそのまま送ってった方が良いんだろうけど、道に迷うくらいだからそういうわけじゃないんだろう?」

 彼女の問いに芽亜は小さく頷いた。


 少し小さめの傘は、二人で使うと雨に濡れないようにするのが精いっぱいのサイズだった。少し寒気もあった芽亜は六花の方に身体を寄せて密着させる。通りは相変わらず人っ子一人いなかったが、よく見ながら歩くと、意外にも街灯の数は少なくないことに気付く。これだけ建物が並んでいるなら当たり前と言えば当たり前だが、どうやら誰もいないゴースト街というわけではなさそうだ。


「そうだ、さっきの素質が何とかって話だけど。ここに来れるような人には色々な原因があるけど、今回の場合、しいて言うなら悪魔に憑かれる素質って所かな? 私の目は普通の目だけど、そういうのはわかるんだ。君、多分呪われてるよ」

 少女は唇を耳にくっつきそうな距離まで詰めて言った。あまりに突拍子もない言葉だったが、彼女の言葉にはなぜか説得力があった。


「つまり悪魔に連れてこられた……とでも言いたいんですか?」


「おや、疑ってるね」


「ここが不思議な場所だっていうのは感じるんですが……急にそんなこと言われても……」


「そりゃそうでしょうね。と、そうこう言ってるうちに着いたよ。わが家へようこそ」


 そこは三階建ての古びたビルだった。


「この二階に住んでるんだ。元々は私を引き取った人が探偵のまねごとをしていた時に事務所として使ってたんだけど、今はやめちゃってそのまま自宅として使ってるんだ」


 確かに二階の窓はよく見る探偵事務所のそれだった。わずかに事務所の名前が書かれていた形跡があるが、なんて書かれてるかまではわからなかった。ビルにはエレベーターが無く、二人は階段を使い二階まで上がる。


「そういえばさっき、あなたを引き取った人……みたいな話をしていましたが、一緒に住んで売るのは本当のご家族では無いんですか?」


「私の家族、色々と複雑でね。ていうか私もよく知らないんだけど。あ、そうそう、古いビルで階段が少し急になってるから気を付けてね。あ、そういえばさ、まだ名前も聞いてなかったよね」


「そうですよね……私もさっきから思ってって……。あの……私は古鳥芽亜ことり めあ。コトリが苗字でメアが名前です」


「コトリメア……か。可愛い名前だね。よろしく、芽亜。私は立花六花たちばな りっか、魔法使いだよ」

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花葬する魔法使いと、血を吸わないナイトメア 藤宮紫苑 @sio_n

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