第5話 サイカトセツ その二

 シスター・ルーが現れた翌日、大輔の高校の放課後を待って、現在護衛の任務に付いている十勇士と八犬士、その全員が集められた。場所は真田家のすぐ近くに完成したばかりのマンションの一室だ。

 大輔は犬塚信いぬづか しのぶ犬川荘いぬかわ そうに伴われて、そのマンションへやってきた。

 信が一階の入口に設けられた数字キーに暗証番号を打ち込み、三人は中へと入る。

 高い天井のエントランスホールを抜け、一階の一番端の部屋、ドアフォンのボタンを押し、少し待つとドアが開き、中からジャージ姿の三好伊三美みよし いさみが姿を現した。

「よお、三人一緒か、これで揃ったな」

 通された広いリビングには会議用のテーブルと椅子、大型の液晶ディスプレイやノートパソコンが配置され、ちょっとした作戦本部といった趣きだった。

「どうしたんですか、ここ」

 マンションでもかなり高級な部類の、しかも4LDKだか5LDKだかありそうな新築の一室だ、大輔は信におそるおそる聞いてみた。

「借りました、予算を折半して」

 信か笑顔で答える。

「人員も増えてきましたし、さすがに全員が真田家にご厄介になる、というわけにもいきませんから、かといって自宅から通うのも」

「なるほど」

 ならば部屋数は多いにこしたことはないな、しかし家賃はいくらぐらいするんだろう、と大輔は思った。

 

 テーブルにはイングリッシュ・アフタヌーンティー形式の菓子と軽食が用意されていた。テーブルの脇にはメイド服姿の三好清海みよし せいかの姿があった。

「清海さん、大丈夫なんですか?」

 大輔が声を掛ける。

「ええ、幸い骨には異常はありませんでした、軽い内傷だけで、さあ、席へどうぞ」

 着席した大輔たちに、清海がかいがいしく紅茶を注いで回る。着ているのがメイド服だけに、中々に様になっていた。

清海せいかい、お前も早く席に着け」

 十勇士の中でも随一の実力者にして銀髪のクールビューティ、霧隠才華きりがくれ さいかが着席を促す。

「はいはい、只今」

 

 清海せいかが着席すると、才華さいかが口を開いた。

「さて、本日集まってもらったのは、現時点までに判明した情報の共有、それと今後について、だ」

 少しの間を置いて才華は続ける。

「まずは真田大輔氏の処遇について、最終的な諸々の条件の合意にはまだ達していないが、大原則として、どちらかの勢力による独占はなし、という協定が結ばれた」

 僕の自由意思は……と大輔は思ったものの、口には出さなかった。

「よって大輔氏には現状どおりの生活を送っていただき、我々は合同で、継続して護衛にあたる、シフト等で希望があれは早めに申し出ていただきたい」

「はい」

 と、信が手を挙げる。

「どうぞ」

「私達の方で、本日一人増員があります、犬山節いぬやま せつさんが」

 その名を耳にした伊三美の表情がかすかに変化したが、それに気づいた者はいなかった。

「わかりました、犬山氏の容貌や特徴について、この場の全員に周知を」

 おそらくは前日のような間違いを防ぐためだろう、大輔が身長二メートル近い尼僧服の女にあっさり気を許してしまったのも、身長二メートルのメイド服の存在があったからだ。

 最初がヤンキーの特攻服で次がメイド服、十勇士には特殊なドレスコードでも存在するんじゃないか、と思いかけていたところだった。

 大輔だけではなく全員に伝えておけ、としたのは、才華なりに気を遣ったのかもしれなかった。

「えー、犬山さんなんですが、かなり見た目が特徴的というか……」

 信にしては妙に歯切れの悪い物言いだった。

「着てるのは高校の制服、あ、セーラー服で、その辺は私達と同じなんですが……ロングヘアで片目が隠れてて、顔は女優さんで例えると若い頃の梶芽衣子とか……」

 業を煮やしたのか、荘が断ち切るように言う。

「要はスケバンだ、昭和の」

「もう、荘ちゃん!」

「簡潔に形容すれば、それ以外にないだろ」

 それを聞いた伊三美が唐突に大声を出す。

「やっぱりか!」

 才華が伊三美を一瞥する。

「何だ、伊三いさ

「あ、いや、なんでもないっス、すみません」

 才華は大輔へ視線を送り、言った。

「と、言うことです、よろしいですか」

 つまりは、それ以外の見知らぬ女には気をつけろ、ということだ。

 

「では次、ここ数日のうちに起こった、一連の襲撃についてだ」

 才華はリモコンで大型ディスプレイの電源を入れた。

 ノートパソコンを操作すると、ディスプレイに二人の女の顔写真が写し出された。

「まず、八犬士の犬塚氏が対決し、身柄を確保した女、チャン、並びに同日、うちの伊三が確保した女、ヨン、この両名の詳細が判明した」

 どちらも真正面から写された胸部から上の写真、いわゆるマグショット、警察が逮捕時に容疑者の顔を撮影するあれだ。映り込んだ文字などから察するに、日本で撮られたものではないように見えた。

「両名は香港の黒社会、いわゆる香港マフィアの人間だ、九龍会という組織に所属している」

 才華がパソコンを操作し、ディスプレイに新たな写真を映し出した。

「九龍会は新興の組織だが、ここ数年で急速に勢力を拡大した、現在の組織の長は史竜媚し りゅうび、広東式に読むとシー・ロンメイだな」

 おそらくは遠距離から望遠レンズで撮影したのだろう、黒い高級車から降り立つ黒いスーツの女が、やや画質の荒い画像で映し出されていた。

「次に昨日、八犬士の犬川荘氏が対決し、打ち負かしたき木子中心きね まなか、こちらは都内の高校に通う学生だと判明した」

 通学途中の様子の隠し撮りだろうか、制服を着て、友人らしき女の子と談笑しながら歩く少女の姿が写し出された。

「次、同じ日に犬川氏が遭遇した女性、林小豹りん しょうひょうだが、調査の結果、該当する可能性の高い人物が一人浮かんだ、これについては後ほど説明する」

 才華はパソコンを操作して、修道服の女性を映し出した。

「そしてこれが、昨日うちの清海せいかいが対決したシスター・ルーことルイーズ・ウィズダム、北関東で活動している、ある修道士会に所属するシスターだが、一昨日に突然姿を消し、警察に捜索願が出されていた」

「香港マフィアに普通の学生にシスター、パッと見は所属も背景もバラバラだね」

 と、伊三美が言った。

「そうだ、一見するとな」

 才華が答える。

「一連の襲撃を結びつける要素は何か、現在主に情報の収集と分析を担当しているうちの穴山と八犬士の犬坂警視、二人が中心となって調査を行い、ある結論にたどり着いた、鍵になったのは最初の二名の“跳澗虎ちょうかんこ”と“白花蛇はっかだ“という名乗りだ」

 才華が再びパソコンを操作する。ディスプレイには中国と思しき場所の、時代がかった雰囲気の建物が映し出された。

「今から十年ほど前、中華人民共和国江西省の竜虎山付近で大規模な火災があったことが、当時の衛星により観測されている」

「江西省の竜虎山……つったら」

 伊三美が何かに思い当たった。

「道教の聖地ですね」

 と、信が後に続ける。

「そうだ、中国当局より公式な発表はなかったが、衛星写真の分析ではかなり広範囲な建物の焼失が確認されている、そしておそらくその中には――」

「江西省竜虎山……伏魔之殿ふくまのでん!」

 と、荘が言った。

 

「あの、伏魔之殿ってもしかして……」

「『水滸伝』でお馴染み、唐代に百八の魔星を封じた、あの伏魔之殿です」

 大輔の問いに清海が答える。

「北宋末期に一度封印が解かれ、百八の魔星はあの国の全土に散り、人の体に宿った、その後の展開は『水滸伝』に記されているとおりだ、その後、百八人全員が亡くなった折に再度封印の儀が執り行われたのだが……」

「封じた施設が燃えてしまった、ということですね」

 才華の言葉を信が受け、結んだ。才華が頷く。

「つまり、一連の襲撃者たちは、百八の魔星を宿した者たちということですか?」

 荘が尋ねた。

「その可能性が高い、渾名以外にも符合する点がいくつかあった、例えば犬川氏が遭遇した林小豹、この女では?」

 才華がディスプレイに女の顔を映し出す。

「……そうです」

「やはりな、林小豹は偽名だ、本名は林冲雪リン チョンシュエ、人民解放軍でも最強を謳われる第八十二軍集団、その元武術教官だった女だ」

 写真が切り替わり、武術の試合中の動画が映し出される。

「軍が主催の武術大会で何度も優勝している、模範試合の名目で解放軍の屈強な男たちと対戦しても、常に無敗だったらしい、教えているのは主に散打だが、今どき武芸十八般、その全てに通じているとのことだ」

 動画の中でも、屈強な男達が木偶のように打たれ、投げられ、転がされていた。

「それほどの人物が、なぜ軍から退いたのですか?」

 信が質問する。

「故郷の祭で妹に絡んだゴロツキ連中を叩きのめした、そのリーダー格が党の高官の息子だった、暴行の容疑で収監され、取り調べの合間にその高官の息のかかった者に襲われ、これを殺害、その刑の服役中に脱走して姿をくらまし、この国に現れた、というわけだ」

「なるほど、彼女が『水滸伝』の天雄星てんゆうせい林冲りんちゅうにあたるわけですね」

 清海がつぶやいた。

「そうだ、シスター・ルーの方でも、符号する点が見られた、これは警視庁経由で全米の捜査機関に問い合わせた結果だが――」

 才華がシスター・ルーの過去に起こった出来事について、かいつまんで説明する。

「肉屋を撲殺、か、こっちは天孤星てんこせい魯智深ろちしんってわけだ」

 伊三美が言った。聞いたのは事件の概要だけだったが、それでも内心の不快は抑えきれないようだった。

 ふと、気付いた様子で伊三美が才華に問いかける。

「だけど、以前に開放された時、魔星が宿ったのは北宋の人間だけだったんでしょう?今回はえらく国際的なんじや……」

 伊三美の疑問に才華が答える。

「これは何人かの有識者の意見も交えた推測だが――前回は千年近く前の出来事だ、当時のあの国の多くの人々にとっては、世界というのは大陸のごく一部、中華と呼ばれる部分が全てだった」

 才華はそこで一度言葉を切り、続ける。

「その後、千年の時を経て、あの国に住む人々の世界観も大きく変化し、広がった、そうした集団の意識の反映ではないかと見られている」

「百八の魔星を宿した人間が、今度は世界中にいる可能性があるってわけか……」

 そう言うと伊三美は腕を組んだ。

  

「一連の襲撃者たちが、百八の魔星を宿した人物であるとして、大輔さんを狙った意図は?」

 清海が才華に問いかける。

「不明だ、その最終的な目的も、可能性としては何か事を起こす前に、我々の指導者を手中に収めることで、我々の妨害を阻止しょうとしたのかもしれないが――」

「だとしたら、やり方が迂遠うえんに過ぎますね」

「そうだ、わざわざ藪をつついて蛇を出すも同然だ」

 才華は頷いた。

「これは推測だが、百八の魔星はまだ組織化されていないのではないかと私は見ている、これには良い面も悪い面もある」

 荘が口を開いた。

「小数の精鋭を持って敵の中枢を叩く、十勇士お得意の戦術が使えないということですね」

「その通り、それが悪い面だ」

 信も意見を述べる。

「その反面、数を頼んで押される心配もない、ということですね、今のところは」

「そうだ、十八対百八、単純計算でもその戦力比は1:6、もし一点に戦力を集中しての決戦ということにでもなれば、かなりの苦戦は免れないだろう」

 才華が、良く出来た生徒を見る教師の表情を八犬士の二人に向ける。へえ、そんな顔もするんだな、と大輔は思った。

「まあ、今みたいな調子で一人づつ来てくれるってんなら、いくらでもやってやりますよ、アタシは一人やったから後五人、何なら後十人くらいでも」

 全員の士気を気遣ってか、あえて気楽さを交えた調子で伊三美が言った。

「その意気や良しだ、伊三いさ、だが――」

天罡星てんこうせい地煞星ちさつせいの能力差も考慮すべきですね」

 才華の発言を清海が引き継ぐ形で言った。

「現時点で天罡星と手合わせしたのは二人、それぞれに意見を聞きたい、まず清海せいかい――」

「ルーさん一人について言えば、矛は向こうが上、盾はこちらが上、ですね、ただ――」

 清海が片袖を肘までめくり、腕を見せる。そこには痛々しい青痣があった。

「私の“金剛身こんごうしん”を貫いた打撃がありました」

 才華の顔色が微かに変わる。伊三美が息を呑む気配が伝わって来た。

「聞いたことがあります、三好家家伝の金剛身、噂では弾丸をも止めるとか」

 信が言う。

「ふふ、私の能力ちからの詳しい性能は明かせませんが、ルーさんの打撃は、とにかく尋常ならざる威力であるのは確かです」

 あの金属の塊がぶつかり合うような音、その正体は清海さんの能力のせいだったのか、大輔は合点がいった。

「犬川氏のご意見も伺いたい」

 才華が話を振り、荘が答える。

「徒手格闘では明らかにあちらが上でした……ですが、こちらも手の内を全て見せたわけではありません、次の機会には必ず――」

「雪辱のお気持ちは良くわかります、が、これは試合ではありません、状況が許すのであれば、複数人を持って当たることも考慮していただきたい」

「承知しました」

「この点はこの場の全員にも念を押しておきます、可能であれば必ず複数を持って敵に当たること、よろしいか」

 才華の言葉を受け、全員が無言で頷いた。


「……しかし、ずっと後手のままってのも、面白くないっすね」 

「確かに、後手に回るのは面白くないが、当面は敵の動きを見た上で対応して行くしかない、後の先というやつだな、だが、いずれは――」

 伊三美と才華の会話が、ドアフォンの呼び出し音に遮られた。

「私が出ます」

 信が席を立つ。

 ドアフォンを介して、訪問者と二、三言会話すると信は全員に伝えた。

「犬山さんです、予定よりも早く着いたそうです」


 第五話 終

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