第6話 サイカトセツ その三
「犬山さんです、予定よりも早く着いたそうです」
すごいなみんな、と大輔は感心していた。
ドアフォンが鳴った瞬間、つまり予定に無い来客があった瞬間に、その場にいた全員が立ち上がり、すぐにでも戦いに移れる姿勢になっていた。しかも、特に声を掛け合ったわけでもないのに、
信が一人の少女を伴ってリビングへ戻って来る。
濃紺のセーラー服に深紅のスカーフ、スカートはくるぶしに届きそうなほど長い。長く伸ばした髪の一部は顔の前に垂れ、顔の左側を隠していた。
おそらくは、先ほどの話に出ていた
「千葉房州は館山の生まれ、
「あ、ど、どうも……真田……大輔です」
年齢に似合わず、時代がかった挨拶を立て板に水とすらすら述べる節に、大輔はおたおたしながらも言葉を返した。
節は立ち上がると、次は清海の前に行き、今度は立ったまま深々と頭を下げる。
「関東合学連・初代大関東、三好清海さんとお見受けいたします、自分は館山
清海が困り笑顔を浮かべながら言った。
「その呼び方……やめていただけます……?」
(しょだいだいかんとう……!?ごうがくれん……!?しーどらごん……!?情報量が多い……)
節が口にした耳慣れない数々の言葉に、大いに困惑する大輔を後目に、節は次は才華の前に立つ。
「十勇士、霧隠才華さんですね、手前は若輩者ゆえ何かと至らぬ点があるかと存じますが、よろしくご指導のほど、お願い申し上げます」
「火遁が巧みと噂にききました、頼りにしていますよ」
「はい」
才華への挨拶も終えた節の前に、伊三美が立った。
「よお、元気そうじゃねえか、アナクロ莫連女」
「……てめえか、まーだ生きてやがったか金髪メスゴリラ」
「ぁ゙ぁ゙ン?」
「ンだコラ?」
伊三美と節、両者の間で、いわゆるメンチの切り合い、ガンの飛ばし合いが始まった。
「……えーと、知り合いなんですか、あの二人は」
大輔は信に聞いてみた。
「私もよくは知らないのですが、何かちょっとした因縁があるみたいですねえ」
「ちょっとって感じじやないですよ、あの睨み合い、なんか背景がぐにゃぐにゃに歪んでるし」
こうした至近距離でメンチの切り合いにおいてはよくあることだが、相手をより強く威嚇するため、また自分はビビっていないことをアピールするために、互いにどんどん前に出る傾向がある。
伊三美と節、両者の顔が近づき、物理的な接触が不可避となるその寸前で、大きな破裂音が部屋に鳴り響いた。
全員が音のした方へと振り向く、音の出所は清海だった。ただ両手を思い切り打ち合わせただけで、爆竹が破裂したような音を出したのだ。
「はい、そこまで」
清海が笑顔で言う。だが伊三美も節も再び互いの方へ向き直り、その場を動こうとしない。
「そこまで、と言いましたよ」
清海が声の高さを一段落として繰り返した。あくまでも柔らかな物言いではあったが、余人に有無を言わせぬ迫力があった。
「着席しろ、二人とも」
才華にも促され、渋々、といった態で伊三美と節が分かれ、離れた席に座る。
「――さて、先ほどの続きだが、守勢に回るのは確かに面白くない、だが、いずれこちらから打って出る機会もあるだろう、それまでは守りに徹する」
才華はそこで言葉を切り、全員の顔を見渡した。
「では解散、犬塚氏は犬山氏に今日の会議の概要を――」
「はい、伝えておきます」
才華は大輔を見つめ、言った。
「大輔様は残ってください、本日より、教育を開始します、お母様にもその旨、お伝えしてありますので」
初日の教育は十勇士に関する基礎知識、その歴史や現在の活動状況、それに指揮官としての基本的な心構え、といったものだった。
「――明治維新によるこの国の政治体制の大きな変化を機に、十勇士は真田家の私的な兵士集団から、より大きな活動、すなわちこの国全体を守る方向へと、舵を切りました、この時、東京警視庁の内部組織として組み込まれた八犬士とは対照的に、あくまでも私的な団体として、影から国家を支えるという基本方針を選んだのです、真田十勇士ではなく十勇士と名乗るようになったのも、その頃からですね」
「つまり、現在の十勇士って、公的な後ろ盾は無くって、私企業からの資金提供で活動している、あくまでも私的な団体ってことですか」
「そうです、現在の十勇士を資金面でバックアップしているのが、真田家、海野家、望月家による六文会を中心として運営されている真田グループと、豊臣家の豊臣グループです――」
「あの、十勇士の皆さんの“能力”って……」
「十勇士には代々、家伝の能力が伝えられており、それは星を受け継いた者に発現します、
「
才華は頷いた。
「身体の強度と硬度、その両方を上げる能力です、具体的にどれほどまで上げられるか、どれくらい持続できるのか、十勇士を率いる者としては知っておく必要がありますが、今はまだ――」
「それだけの信用を得ていない、そういうことですね」
「はい、例えばあなたが口を閉ざしていても、敵の手に落ち、拷問にかけられたり、自白剤を使われたりする可能性もあります、能力の全容が明らかにされてしまえば、それは十勇士各々の生命にも関わります、それぞれの十勇士から、真に命をあずけるに足るという信頼を得られれば、どの十勇士も
「才華さんの能力も――」
「はい、まだ明かすわけには――だいぶ時間が経ちましたね、この辺で少し休憩しましょうか」
休憩時間となったのを機に、大輔は先刻の会議でちょっと気になった事を訊ねてみることにした。
「あの、さつきの会議で、
「ああ、任務中はそちらの呼び方をすることが多いのです、男名前ではありますが、それに本名だと私が
「あ、なるほど」
「だから任務中は私の事も
「わかりました、才……蔵さん」
「ふふ、結構です」
と、才華は微笑みを浮かべる。
唐突に態度も表情も和らげた才華に戸惑いながらも、大輔はもう一つ、気になっていたことを訊いてみることにした。
「現在の十勇士って、全員が女……の人……なんですか?」
「そうです」
「学校で習った最初の十勇士は全員が男だったし、なんとなく男ばっかりなイメージがあったんで」
「……そうですね、歴史的に見ても、これまでの歴代の十勇士はほとんどが男でした、稀に女が加わることもありましたが」
才華は言葉を切り、小さくため息を漏らした。
「全員が女、というのは我々の代が初めてです、八犬士が全て女ばかりという事実も併せて、何か大きな異変の前触れではないかと見る者も」
「それに百八の魔星の人たちも」
「そうです、今のところ確認された魔星を宿した者たちは全て女、その全員が女だったとしても、私は驚きません」
二人の間にしばしの沈黙が訪れる。
「――さて、あと半時ほど学習を続けて、本日は終了としましょう」
その夜、真田家、大輔の部屋。
夜もふけてベッドに入った大輔の脇には、今夜の当番である伊三美が控えていた。
伊三美と信が初めて大輔の前に姿を現したあの日以来、十勇士のいずれかが夜を徹して大輔の傍らで寝ずの番をするのが、すっかり習慣となっていた。
八犬士の信と荘は大輔と同学年ということもあり、昼間に学校内での警護を受け持つ形となっている。二日続けて突然の転校生、しかもどちらも美少女とあって、クラスの雰囲気は未だにザワついていた。
傍らに若い女性が居る状態での就寝、初日は緊張やら何やらでほとんど眠れなかったが、慣れとは恐ろしいもので、大輔はその翌日から普通に、いや、むしろ普段よりも熟睡できるようになっていた。
(我ながら、環境への順応力の高さが恐ろしい……)
ふと、大輔の頭に、伊三美と犬山節の昼間のやり取りが思い出される。二人の間の因縁とやらについて、思い切って訊いてみることにした。
「あの、伊三美さん、質問いいですか?」
「なんだい?」
「犬山さんとは、前からお知り合いなんですか」
「あー、まあな」
「それに犬山さん、清海さんの事も知ってたみたいですけど、何か“ごうがくれん”とか“だいかんとう”とか何とか……」
「そのへん説明するとなると、ちょっとばかり長い話になるけど、いいか」
「あ、はい」
「関東合同学生連合会、略して関東合学連、当たり障りのない名前を名乗っちゃいるが、その実態は関東一都六県全ての、いわゆる不良連中を束ねる大組織だ、で、姉貴はそこの初代総長、大関東ってのはその敬称みてえなモンだよ」
「へえ……ってええ!?清海さんが!?総長!?」
「今から六〜七年前の話になるかな、きっかけは姉貴が高校生ン時に、同級生の一人が他校の不良からカツアゲかなんかされてたとこに出くわして、まあ止めようとしたわけだ」
「清海さんらしいですね」
「ところがよりによって、その
「あー、それは……」
「なんせ姉貴もまだ若かったからな、幸いにも、金剛身も拳法も使わないだけの理性はかろうじて残ってたらしいんだけど、その場の
「うわー」
「んでその翌日から『○○をやったのはオメエかー!』みたいのがやって来るわけよ、引きも切らずに、そうは言っても身に降る火の粉だ、姉貴も払うしかねーわな」
「なるほど」
「んでまあ、隣の番長をやっつけて、その隣の番長もやっつけて、そのまた隣の番長もやっつけて、とかやってるうちに、気づいて見たら都内の主だった不良はあらかたやっちまった」
「ちょっと古いですよ、それ」
「それで、姉貴の人徳ってのもあるのかな、ぶっ飛ばした連中が、妙に慕ってくるというか懐いてくるというか、んで、すっかり担ぎ上げられちまったわけよ、東京の
「はー」
「そうなるとまあ、姉貴が何を言っても何をやっても、だいたい好意的に解釈してくれるんだよな、例えば姉貴が『子分なんてお断りします、お友達ならけっこうですよ』とか言うだろ、そうすると『姉さんはワシらのような者でも、五分の付き合いをしてくれるらしいぞー!』とか、『なんという心の広いお方じやー!』とか、『ワシは……ワシは……一生あのお方についていくぞー!』とかみてえなこと言ってな」
「あはは」
「んで、あの手の連中の呼び方っつ―のが、
「ははは」
「その時期たまたま、まあシンクロニシティってやつかな、関東のあっちこっちで、でっけえチームとか族とかが、他県の制覇を狙って動き出してるみてーな状況もあってな、あっちのチームをやったら今度はこっちの族が、ってなふうに次々と懸かって来るわけよ、ドラゴンボールかよ!みてえな感じで」
「うーん」
「そうやって、もっぱら懸かって来た連中を返り討ちにしてるうちに、気づいて見たら今度は関東の
「ほー」
「そんで倒したチームの頭連中とか、主だった所を集めて結成されたのが、関東合学連、で、その総長に据えられた姉貴のことを、誰が言うともなしに“大関東”って呼ぶようになったってわけだ」
「なるほど、そういうことだったんですか……」
「それで、その後姉貴の高校卒業をもって合学連は解散、こっからがアタシの話だ、少し厳しい環境で自分を鍛えたかったこともあって、高校進学を機に家を出てな、どうせならこの身一つで、姉貴と同じところまで行けるかどうかやってみようと思い立ってな」
「それはまた……」
「最初は骨のありそうなのを何人か集めてチームを立ち上げて、まあそっから色々あったけど、一年と少しで関東のあらかたはシメたんだ、ところが最後の最後に房総の外れまで来た所で立ちはだかってくれちゃったのがあの女、犬山節よ」
「あ、それで……」
「数で言やあ、こっちの方が圧倒的だったけど、あいつらも中々にしぶとくてな、このまま数に任せて揉み潰すってのもダセえ気がしたんで、
「タイマン、ですか……」
「もちろん互いに能力は使わず、頼りは腕っぷしだけの喧嘩よ、ところがあいつ、あの
「……」
「とはいえ
「……」
「んならもう一回やり合って決めるかー!オウやったるわー!とか言ってたら、今回の件が始まっちまってな、最終決着はウヤムヤのまま、ってワケよ」
「……」
「まあ、今にして思えば、南房総・
「……」
「ってオイ……なんだよ、静かになったと思ったら」
大輔は安らかに寝息を立てていた。幼子のような安心しきった寝顔に、見ている伊三美の頬もつい緩む。
伊三美はきょろきょろと周囲を見回し確認すると、寝ている大輔の耳に自分の顔を近づけ、ささやく。
「おつかれさん」
そして寝ている大輔の頬に、軽く唇をつける。
「……おやすみ」
大輔の側を離れ、窓際に座り、外へ目をやる。表情は戦士のそれになっていた。
夜明けまでは、まだしばらくの間があった。
第六話 終
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