Vol:14 帰っても地獄、帰らなくても地獄



一旦、因縁のマンションから、目を離し、

踵を返した、竜司。



背中越しからでも伝わる、建物の威圧感を

ヒシヒシと感じながら、歩き始めていく。



「フゥゥ...!」



とりあえず、問題の先送りではあるものの、

プレッシャーからは解放され、一息ついた。



それは、気休め程度で、仮初の休息にしか過ぎない。



竜司は、否応なく、理解している。



それでも、一度、休止せずにはいられなかった。



まるで、深い海底に潜る余力があっても、

途中で、息苦しいと錯覚し、余分な酸素を得ようと、

水面へと再浮上して、顔を出す。



このまま潜り続けても、溺れそうで、

暗いの海の底が恐ろしく、追い込まれていた。



だが、いつまでも悠長でいられないのも、わかっている。



また、グイッと、直に、潜水させられ、

息継ぎも許されない、苦行が、待ち受けている。



「重いなぁ..。」



竜司は、自身のかかる負荷に対して、ゲンナリと

ぼやきながら、負の遺産から遠ざかっていく。



ーーさぁて、どうすっかな...。



ひとまず、歩き出したはいいものの、

特に、当てがあって、進み始めた訳ではない。



苦悩に満ちた、不快なゾーンから脱出すれども、

どう足掻いても、居心地が悪いポイントにいる事に

変わりはないからだ。



この世界には、コンフォートゾーンがない。



ーーそういえば...。



ーーアソコってあるかな...?



イヤな思いが膨らんでいた一方で、ふと、

竜司は、とある場所を思い起こした。



すでに、どこにあるかは、例え、古びれた

記憶であっても、鮮明に覚えている。



あとは実際に、その目で、確認するだけなのだが、

10歩進めただけで、それがあるのを、視認できた。



ーーやっぱり、あった。



そこは、彼が、幼い頃に、よく遊んでいた公園。



地蔵公園という名称が付けられてはいるが、

実際には、お地蔵さんはいない。



しかし、彼にとっては、墓石の様に、

地面に足を固定し、くっつけてでもいたい、

避難所でもあった。



家や小学校で受けた、イジメの辛さからの現実逃避。



17時に、夕方のチャイムが鳴り響き、

周りの同じ年代の子供たちが帰宅する中、



竜司だけは、家路につくのを、躊躇していた。



また、何の言葉を浴びせられ、どんな仕打ちをされるのか。



その恐怖に、怯えながら、時を過ごさないといけない、

尋常ではない、苦痛が待っていたからだ。



しかも、門限が設定されており、

もし、定刻通りに帰らなければ、

暴力が振るわれるのも、必然。



帰っても地獄、帰らなくても地獄。



まさに、板挟みの状態だった。



まだ幼かった竜司は、足を震わせ、すくんでいた。



いつも、公園の中央にある、時計の進む

長針を事あるごとにチラチラと見てしまい、

遊びに、夢中になれなかった。



結果、門限が迫っても、帰られない状況が続き、

日常的に、両親からの虐待を受けていた。



リスタートも、やり直しもできない、詰んでいた幼少期。



竜司にとって、ドス黒い闇の一つであり、

生涯に渡って、墓まで持っていきたい記憶だ。



その場所は、わずか徒歩1分程度で、到着した。



ーードクン...。



わずかな、移動時間と距離なのだが、

竜司の心臓が一段と上がるのを感じた。



ギュッと、自然と身体にも力が入る。



無意識に、当時の出来事が想起され、胸が苦しくなる。



その幻の痛覚を感じたまま、いつも遊んでいた、

公園の入口から右手側にあるブランコを見つけた。



そこは、少年竜司の、定位置であった。



懐かしくもある、その場所に、竜司は、

ゆっくりと、座り込み、辺り一帯を眺めた。


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