Vol:8 心のドア



「また、今、お伝えした、逆の事をするのも可能です。」



「つまり、ある情報や価値観、アイディアなどを、

知らず知らずの内に、相手に植え付ける事です。」



「いわば、洗脳やマインドコントロールの類です。」



「平和を愛する人に破滅願望を与え、争いを好む

性格に変えたり、DVやパワハラ性質の人物に、

愛を与え、穏やかに変える事も、できます。」



「こちらの思惑通りの精神操作が、可能です。」



「ちなみに、竜司さんの調教は、このタイプです。」



「すなわち、こちらの方向でやってもらいます。」



聖女は、サラッと、より物騒な内容を明かした。



ーーこれは...。



ーートンデモないものに、巻き込まれた...。



竜司は、事の重大さを認識し、引き返せない

ルートにいる事を痛感して、背筋が凍った。



ーーまだ、盗む方がマシなのかよ...。



唖然と立ち尽くす、見た目は大柄の白人で、

中身は、東洋人の竜司は、いささか滑稽であった。



100歩譲って、相手の情報を盗む事は、是としよう。



某怪盗アニメに、颯爽と登場する、キャラクターに

通じる行為をするモノだし、まだ、良い方だろう。



予告状を出す、出さないは、自由であるにしても、

義賊としての面もあるし、分かりやすい。



しかし、それとは、異なり、こちらの意図する内容を

相手に仕込むのは、困難を極める。



例えば、『お金よりも愛が大切』という考えを、

相手に、受け入れてもらうとしよう。



しかし、相手が、『愛よりも、お金が最優先』と、

全く逆の立場や価値観を持っていた場合、



互いの話が平行線を辿るのが、目に見えてしまう。



モノ別れの結果に、終わってしまうのが、大半だろう。



しかも、気心を知れた間柄でもない人物と、

その様な心や精神に関わる重要な話を吹っかけても、

無視をされるか、曖昧にされるのが、オチだ。



仮に、万が一、説得して、こちらの要求を呑ませる事に、

成功したとしても、人の考えは、そう簡単には、変わらない。



また元の考えに戻り、己の信条に、固執してしまうのだ。



相手の心のドアをノックしたとしても、

必ず、開けてくれる保証は、どこにもない。



それを決めるのは、相手であり、こちらが決める事ではない。



もし、容易に、お互いの主張を、認め合え、

まるで、真の友として、理解し合えるのならば...



ほんのちっぽけで、些細な痴話喧嘩から、

戦争までに至る、あらゆる争い事は無くなり、

平和な世の中になっているだろう。



それらの不穏な文字も、辞書から消えているだろう。



しかし、現実は、天国ではなく、地獄の一面を見せている。



竜司の生きている世界では、大なり小なりの

いざこざが、絶えず、はびこっている。



「この難業を乗り越え、世界を救ってみせよ!」



と、無理難題を、押し付けられている様なものだ。



ーーいっそ、魔王を倒せ。



ーーそう言われた方が、どれだけ気がラクだったか...。



嘆きにも近い、竜司の心の声が、

RPGゲームの主人公がいかに、温室育ちの、

箱入り息子なのか、ヌルゲー的なモノを感じさせた。



それ程、到底、埋められないギャップを、実感したのである。



しかし、それは、自分を慰める為の気休みに、過ぎない。



その事を分かってはいても、現実から逃れられずには、

いられなかった竜司に、かけてあげられる情けがない。



この世界で、彼を理解できるのは、聖女以外いないのだから。



「ちなみに、承知しているかとは思いますが、

後者の方が、圧倒的な難易度を誇っています。」



ーー言われなくても、わかってますよ!!



ーー自慢する事でも、ないですし!!



聖女の補足説明に、躍起になって

言い返したいものの、コミュ障で、チェリーな

竜司にとって、こちらも、無理ゲーそのものである。



ーーこれは、詰んだのか...?



開始早々、絶望モードを味わされ、

おまけに、クソゲーを好む程変態的な気質も、

持ち合わせていない竜司には、ハードルが高過ぎた。



ヤケになりそうな彼に、聖女は、一応のヒントを与えた。


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