Vol:6 イヤな予感



ーーイヤな予感しかしないけども..。



聖女の『大丈夫』は、大丈夫にならないのではと、

心のツッコミを入れる竜司だが、その言葉に、

救われる様な気持ちもあった。



彼からしてみれば、得体の知れない、

サイコパスではあるが、これ程、頼もしく思える

存在に出会えたのは、生まれて初めてだった。



それは、決して、家族でさえ、感じる事がなかった。



今まで、野晒しにされ、時には、無防備に

投げ出され、深い傷を負わされてきた。



人間不信になっても、おかしくない程の、重い傷だ。



けれども、どれだけのキズを、その身に刻んできた中、



「変わりたい」



ずっと、変わらない、矛盾した信念だけは、持ち続けていた。



竜司自身、無自覚ではあるが、長年の月日を経て、

ようやく、その芽が出てきた所である。



これまでの彼の歩んできた年表を一新し、

新たな物語は、始まったばかりだ。



「それでは、実地訓練から、始めていきましょう。」



聖女は、竜司の準備が整った様子を観て、そう告げた。



ーー始まる。



ここから彼の、覚醒が始まっていく訳だが、

まだまだ、この世界の事に関して、無知も同然。



まずは、本番前の手慣らしという事で、

聖女からの、レッスン兼実践練習が始まる。



「今、私達がいる場所は、東ヨーロッパの国の街並みを

参考に、デザイン、設計された、空間となっています。」



「当然、人種は、欧米人が、大多数を占めます。」



「仮に、そこにアジア人が一人だけ、その場合にいたら、

どうなりますでしょうか?」



聖女からの質問に、竜司は、考えた。



ーーあからさまだよな...。



まず、ヨーロッパの国々の人から見たら、

アジア系の自身は、外国人である。



しかも、一人だけ、ポツンといたら、目立つだろう。



それが、現実であれば、大体は、観光で、後は、

ビジネス関係の出張できたと、思われるだろう。



それから、ヘタをすれば、スリや強盗などの

犯罪のターゲットやカモにされる、危険性もある。



少なくとも、自分の国にいる時と比較すれば、

一際に、注目を浴びやすくなるのは、確かだ。



「竜司さんの見当は、概ね、正しいです。」



聖女は、竜司の考えに、大筋で、肯定した。



ーーこの感じは、中々、慣れないなぁ..。



口を開いて、言葉を発する前から、

予め、己の思考をスキャンした様に話す。



聖女にしかできない、唯一無二の、

コミュニケーションスタイルには、

未だ、ぎこちなさを感じる竜司である。



竜司のぼやきをスルーして、聖女は、授業を進める。



「ですが、夢の世界となると、勝手が違ってきます。」



「以前、夢は、人の潜在意識や心が投影したモノを、

現象として現す、と言った事を覚えていますか?」



ーーそういえば...。



ふと、聖女との話を思い出し、竜司は、軽く、頷いた。



「これから、竜司さんは、他人の潜在意識に、

潜入していきますが、不法入国の様なものです。」



「もし、相手が、自分とは明らかに、

異なる者が入ってきたと、察知した場合、

徹底的に、それを排除する動きになります。」



「誰も、自分の部屋に、見ず知らずの赤の他人が、

土足で入り込むのを、快くは思いませんよね?」



ーーついさっき、あなたもやったんじゃ..。



一言一句違わず、文字通りの行いをやってのけた、

先刻の聖女だが、無粋なので、竜司は、グッと、

言いたくなるのを堪えた。



しかし、同時に、その話の内容の先が、

うっすらと見え始めており、彼の全身には、

悪寒が駆け巡っていた。



事実、そのイヤな予感は、的中する事になる。


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