Vol:5 リセット



背中に流れる嫌な汗を、竜司は感じた。



ゾワゾワと、冷たく、背筋を伝っていく。



聖女のガイドにより、この世界の真理とも呼べる

その一部分に触れていなければ...



破滅コースへ、まっしぐらだった事を、自覚したからだ。



結局は、現実から目を背けたいが為の動機だった。



たとえ、それが、一刻であったとしても、だ。



ーーどう足掻いても、逃げられないのか...。



しかし、夢でどれだけの悠久の時を過ごそうが、

人生を何週もループしようが、一時凌ぎに過ぎない。



結局、現実は、何も変わっていないのだ。



しかも、夢で籠る時間に比例して、

現実とのギャップに苦しむ事になる。



夢は、その人の本心を、都合良くは隠してくれない。



むしろ、白日の下に晒されてしまう。



無慈悲なまでに、本人の目の前に、顕現する。



だから、現実に対するフラストレーションは、

確実に、夢の世界にも、投影される。



まざまざと見せつけられ、たとえ、目を背けても、

閉じていても、消えてなくなる事はない。



そして、自身の置かれた立場を、突きつけられる。



泣いて喚こうが、暴れようが、覆る事はない。



誤魔化しも、小細工も効かない、リアルな世界なのだ。



この事実を自覚しないと、自らを

袋小路に追いやる結果となってしまう。



そこに立ち向かう勇気がない限り...



ある人は、絶望。



また、ある人は、聖女の言葉通り、悲劇的に、

その生涯に幕を閉じる事になるのだ。



夢は、人間が作った、VRテクノロジーの様に、

虫の良すぎる仮想空間に、展開してくれない。



竜司は、改めて、聖女の宣告で、

ギュッと、胸が締め付けられる。



一文字に口をキツく結び、その表情は固く、

閉ざされた様に、暗く、のしかかっていた。



ーーそんなに、甘くないよなぁ...。



たとえ、断ち切ろうとしても、切れる事のない

運命の鉄の輪で、繋がれている事を痛感する。



「現実は、どこまで辿っても、現実ですよ。」



「そこに、酸いも甘いも、辛いも苦いも、ありません。」



「それを、勝手に解釈し、決めてしまうのが、人間です。」



しかし、聖女は、どこまでも冷静だ。



「それに囚わてしまうと、感情は不安定になり、

夢に呑み込まれてしまうので、気をつけて下さい。」



ピシッと、鞭を打つかの様に、竜司が誤った方向に

向かわない為に、軌道修正の啓発である。



「まずは、現実を、先入観を抜きに、受け入れる事です。」



「それから、竜司さんの身に起きた出来事に対し、

どうするかを、選択すればいいのです。」



竜司は、頭はもちろん、心も、

納得しつつあるのは、理解している。



しかし、まだ心のどこかで、現実を認めたくない。



グッと、胸に込み上げくる、少し油断すれば、

噴火する様に、飛び出しそうな抵抗感もあった。



それは、すでに、燃え尽きた、焚き火の残り火である。



だが、近くに燃えやすいモノがあれば、直ちに、

燃え移り、再び、炎上する危険性を孕んでいた。



だから、余燼も、鎮火する必要がある。



相手に抱かれた第一印象を覆らせるのが難しい様に、

一度、頭や心に根付いた、考えや見方を変える事は、

困難な作業である。



それでも、竜司は、すでに、身をもって知っている。



夢では、何が起こるかのか分からないし、

これまでの常識は、一切の通用がしない。



だからこそ、これからの旅は、変化が問われる。



信じがたいモノが立ち塞がってきても、

根本から、否定されても、挫折しても、

一切をリセットし、新しい自分になる。



その勇気を持って、飛び込める心でいられる事。



強いから変われるのではなく、変われるから強いのだ。



ーーフゥ...。



目を離した隙に、大きくなるかもしれない、

偏見や固定概念という、思考のゴミ。



それを清算する様に、竜司は、深呼吸をした。



「大丈夫ですよ。」



「ここにいれば慣れていきますし、

この世界にいる限り、その胸のつかえも、

いずれ、取り除かれる事になりますから。」



聖女は、竜司の複雑に絡まった思考や感情の糸を

ほぐす様に、いずれ、解消される事を予言した。



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